値上げラッシュが止まらない。帝国データバンクの価格改定動向調査によれば、家庭用を中心とする9月の飲食料品値上げは4965品目に上り、単月では2026年最多となった。原材料費や人件費、さらにはエネルギーコストの上昇によって、食品メーカーや外食企業は価格の改定や商品容量の変更など、対応に追われている。
飲食料品の値上げのニュースが続く中で、それに逆行するかのごとく「値下げ」や「価格維持」を打ち出す外食チェーンやコンビニも少なくない。
『串カツ田中』では、「無限ハイボール」を税込110円で提供するほか、一部のサワーや酎ハイを税込495円から税込319円に値下げするなど、低価格を打ち出している。また『日高屋』は新メニューの投入とともに、主力商品の価格については、当面値上げしない方針を示している。『くら寿司』も最低価格の商品を110円に値下げした。さらにコンビニでも各社が看板商品の「おにぎり」を値下げしている。
コスト上昇が続くなかで、なぜ外食チェーンは値下げに踏み切るのか。そこには、単に安さで勝負するだけではない、現在の消費マインドに合わせた価格戦略が見えてくる。

値下げの背景にあるのは、消費者の節約志向の高まりだ。食品や日用品の価格が上がれば、家計の負担は重くなる。外食の回数を減らしたり、注文する品数を絞ったりする人もいるだろう。飲食企業にとっては、値上げによって客単価を引き上げたとしても、来店頻度が落ちれば売り上げ全体が減少しかねない。
そこで重要になるのが、消費者に「この店に行こう」と思ってもらうきっかけだ。例えば居酒屋チェーンの「ハイボール110円」「ビール半額」といった施策は、価格の安さがひと目で伝わる。値上げのニュースが続くなかで、身近なメニューが安くなることは消費者の印象にも残りやすい。
さらに、値下げそのものがニュースとなり、SNSなどで話題になれば、広告宣伝の効果も期待できる。価格を下げることは、商品の販売促進だけでなく、企業やブランドへの好印象を生み、来店や購買の動機をつくる手段にもなるのだ。
また、居酒屋のビール値下げやコンビニのおにぎり値下げの施策は、時代の流れを上手に利用した施策だ。10月1日からの酒税改正でビールの酒税が引き下げられ、一部の小売店ではビールの販売価格が引き下げられている。またコメの価格も下落が続いており、消費者はコメが安くなっている実感がある。
居酒屋のビールは、ビールそのものは下がっているが、生ビールの提供に必要な炭酸ガスボンベの価格は上がっており、値下げがしにくい商品になっている。またコンビニのおにぎりも、コメ以外の具材や海苔、あるいは包装資材に輸送コストなど、コメの価格が下がっただけではなかなか値下げできない事情がある。
それでも消費者のマインドが「ビールが減税になった」「コメが安くなった」となっている以上、それに逆らうことは得策ではない。利益を減らしてでも安売りをして購入回数や利用回数を増やす。そしてビールに合う料理を頼んでもらったりおにぎり以外の商品を買ってもらったりと、他の部分で利益を確保する狙いがあるのだ。
もちろん、値下げによって利益が減るだけでは、企業は経営を維持できない。そこで外食チェーンなどは、すべての商品を一律に値下げするのではなく、商品ごとに価格を組み替える戦略をとっている。
例えば『くら寿司』は2026年9月4日から、最低価格帯の商品を税込115円から110円に引き下げる一方、従来115円で提供していた「サーモン」や「ゆず塩かつおたたき」など一部商品を120円に改定した。最低価格を引き下げながら、別の商品では値上げを行っているのだ。

これは、一部商品の安さを目立たせつつ、メニュー全体で利益を確保する価格設計と考えられる。消費者が価格を比較しやすい定番商品は安く見せ、原材料費などの上昇が大きい商品は価格を見直す。こうした調整によって集客と収益の両立を図っていると考えられる。
値下げした商品はあくまでも目玉であり、来店を促すためのツールで、利益を得るためのものではない。話題になったり、消費者が喜んだりするメニューを安く設定し、それ以外の商品で利益を確保する。何を安く見せ、何を適正な価格で販売するのか。メニュー全体を通じて収益を設計することが、値上げ時代には欠かせない価格戦略となっている。
さらに酒税改正によって「家飲み」が加速しており、来年4月からは飲食料品の消費税が減税となるなど、外食離れが進む懸念も指摘されている。外食チェーンが高いイメージを払拭すべく値下げに躍起になっている背景には、外食産業における危機感もあるのだ。
しかし、すべての飲食店がこの値下げの手法を実行できるわけではない。大手チェーンは、大量調達による仕入れ交渉や物流の効率化、店舗運営の標準化などによって、コストを抑えられる場合がある。店舗数が多ければ、商品開発や広告宣伝にかかる費用を分散させることも可能だ。
その一方で、個人経営や中小規模の飲食店は、仕入れ価格の上昇を吸収できる余力が限られる。集客のために値下げをすれば、ただでさえ圧迫されている利益がさらに減る恐れもある。
大手チェーンの値下げが話題になるほど、地域の飲食店が相対的に割高に見えてしまう可能性もあり、今のような値下げ競争が広がれば、資本力や経営効率の差が、企業間の競争力の差として表れやすくなるだろう。
だからこそ、規模の小さい飲食店は大手と価格競争をすべきではない。大手にはできない独自の魅力を打ち出して、価格ではない価値を訴求していくべきなのだ。

値上げが続くなかで、値下げや価格据え置きは、それ自体が消費者へのアピールになる。しかし、原材料費や人件費などの上昇が続く以上、すべての商品を恒常的に安くすることには限界がある。
今後は、全商品を一律に値上げする、あるいは一律に値下げするという単純な動きではなく、商品ごとに価格を見直す傾向が強まると考えられる。目玉商品で来店を促し、他の商品では付加価値に見合った価格を設定する。原材料や調達方法を見直して、品質を維持しながら価格を抑える取り組みも重要になるはずだ。
ただし、安さだけを前面に押し出しても、消費者が継続的に来店するとは限らない。値下げをきっかけに店を訪れたお客様に、料理の品質や接客、居心地のよさなど、価格以外の価値を感じてもらえるかどうかが問われる。
値上げが続く時代に、値下げは単なる価格競争への回帰ではない。消費者が何にお金を払い、何を節約しようとしているのかを見極め、限られた価格訴求の機会をどう生かすかという経営戦略だ。
これからの外食市場では、値下げをした店が勝つとは限らない。消費者が「この商品なら買いたい」「この店なら行く価値がある」と感じる価格を、どれだけ巧みに設計できるか。その力が、値上げ時代の集客と収益を左右することになりそうだ。
文/山路力也




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