「管理職にはなりたくない」――。ここ数年、若手社員の管理職志望率の低下が各種調査で報じられ、人事業界では「管理職は罰ゲーム」という言葉まで聞かれるようになりました。業務量や責任の重さもさることながら、多くの管理職をもっとも疲弊させているのは、経営と現場の間で生じる「板挟み」ではないでしょうか。
3月決算の企業にとって、10月は下期のスタートです。組織改編や異動にともない、決定事項を現場に伝える機会が増える時期だからこそ、「伝え方」を見直す価値があります。本稿では、組織マネジメント理論「識学」の観点から、板挟みを解消し、日々の判断を速くする伝え方をご紹介します。
なぜ、管理職だけが疲弊するのか
会社の決定を部下に伝えたとき、「なぜですか」「納得できません」と返された経験はないでしょうか。このとき多くの管理職は、良かれと思って「上が決めたことだから」「自分も正直どうかと思うんだけど」と、決定を「翻訳」してしまいます。実は、この一言こそが板挟みの入り口です。
上司自身が決定に確信を持っていないように映れば、部下は「交渉の余地がある」と判断し、確認や要望のやり取りが増えていきます。気づけば一日の大半が「調整」で消えていきます。しかしこれは、管理職個人の力量の問題ではなく、組織の「構造」から生まれる現象です。構造の問題である以上、運用を変えることで、抜け出す道があります。その鍵となるのが、識学でいう「位置」の理解です。「位置」とは、組織の中でそれぞれが担う役割と責任の立ち位置のことです。
部下と上司では、判断に使える情報が違う
係・課・部・会社という構造は、それぞれの「位置」の責任者が、その責任を果たすために意思決定を行う仕組みです。ここで見落とされがちな事実が一つあります。部下が、上司と同じ情報をもとに判断の良し悪しを評価するのは難しい、ということです。
これは、上司が偉いからではありません。「視座が違う」からです。課長には課長にしか入ってこない情報があり、部長には部長にしか見えない全体像があります。意思決定に使われる情報量がそもそも違う以上、部下がその決定の背景を100%理解するのは、難しくて当然です。にもかかわらず、限られた情報から決定の是非を推測して、やきもきする。これは本人にとって、成果にも成長にもつながらない不要な労力です。コントロールできない「決定そのもの」ではなく、決定されたゴールに向かって「自分はどう動くか」に思考を使う。この状態をつくることが、管理職と部下の双方を迷いから解放します。
判断が速くなる、3つの伝え方
【1】決定は「決定」として伝える
謝罪や言い訳を添えず、「何が決まったか」「いつから何が変わるか」「期待する結果は何か」の3点だけを伝えます。理由を聞かれたら簡潔に答えつつ、「決定は変わらない」という前提は崩しません。この一貫性が、部下の意識を「不満の表明」から「新しい前提でどう結果を出すか」へと切り替えさせます。冷たいようでいて、部下を最短で次の行動に進ませる、もっとも誠実な伝え方です。
【2】「どこまで決めていいか」の線を先に引く
部下が「これは自分で決めていいのか」を判断できなければ、すべてが上司への確認案件になります。「この範囲までは自分の判断で進めてよい」「ここを超える場合のみ事前に相談する」というように、責任と権限をセットで言語化します。体制が変わる異動・改編の時期は、その絶好の機会です。線が引かれた瞬間、部下は確認のためではなく、結果を出すために動き始めます。
【3】例外の報告ルートを一本にする
どれだけルールを整えても、想定外は必ず起きます。そこで、「想定外が起きたら、まず直属の上司に事実のみを報告する」とルートを一本に固定します。これだけで、関係者全員へのお伺いが消え、現場の停滞時間は減っていきます。
課内で決めておきたい、2つのコミュニケーションルール
あわせて部下側の発信にもルールを設けると、管理職のストレスの二大源泉である「丸投げ質問」と「反発・疑念」が、建設的な対話に変わります。次の2つを、次回の課内ミーティングでそのまま共有してみてください。
ルール(1) 質問には、自分の意見(想定回答)を添える
「この件、どうしましょうか」という丸投げの質問をやめ、「私は○○と考えますが、この進め方でよいでしょうか」という形に統一します。上司はYES/NOと修正点を返すだけでよくなり、部下には「自分で考えて決める」訓練が日常業務の中で積み重なっていきます。
ルール(2) 疑念は、発生元に直接確認して解消する
決定や指示に疑問があるときは、それを伝えた本人(上司)に確認します。疑問や不満は、同僚や後輩との間で広げるのではなく、解消できる相手に直接持っていきます。これは管理職自身も同じで、組織の意思決定への疑念は、部下の前で口にせず、自分の上司に確認して解消します。疑念は「下に漏らす」のではなく「上で解消する」。この一方向のルールが、組織全体の信頼を守ります。
2つのルールに共通する原則は、「モヤモヤを、解消できる場所に持っていく」ことです。質問は意見とセットで上司へ、疑念は発生元へ。行き先が決まっているだけで、課内から感情的な摩擦が減り、前に進むための会話が増えていきます。
おわりに――管理職の一日は、こう変わる
伝え方とルールが整うと、まず「どうしましょうか」の往復と、決定を蒸し返す議論が減ります。管理職の仕事は、終日の調整業務から、「上がってきた結果を評価し、次を決める」という本来の役割へと戻っていきます。そして何より変わるのは、部下です。迷いの時間が減った分だけ試行回数が増え、成長が速くなります。「あの上司のもとだと育つ」という評価は、伝え方の明確さから生まれるのです。
管理職を罰ゲームにしているのは、個人の能力不足ではなく、「誰が何をどこまで決め、どう伝え、疑問をどこで解消するか」という設計の曖昧さです。「迷いがなくなれば、人はもっと成長できる。」それは部下だけでなく、管理職自身にも当てはまります。下期のスタートにあたり、まずは次に決定事項を伝えるその瞬間から、試してみてください。
文/識学コンサルタント/大賀達雄
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