厚生労働省の2025年の調査では、仕事上のストレスの内容として「対人関係」を挙げた人が32.9%にのぼり、前年から6.8ポイント増えた。
ただ、職場でもっとも消耗させるのは、露骨に敵対してくる相手ではないかもしれない。友人のように振る舞いながら、陰では足を引っ張る「フレネミー」だ。仲が良かった同僚が昇進した途端、関係が変わるのはなぜか。自律神経と感情の研究を手がける医学博士の板生研一氏に聞いた。
フレネミーが生まれるのは、相手が「近い」から
フレネミーはフレンド(友人)とエネミー(敵)を掛け合わせた造語で、学術用語ではない。それでも言葉として広まるだけの土台が、人間には備わっているという。
「根底にあるのは社会的比較です。これが人間の行動の根底にある。特に、まったく別の人に対してよりも、自分により近い人に対して起きやすい。年齢や立場、能力や学力、仕事の局面なら同じ役職や同期ですね。厄介なのは、単に嫌いな人なら、なるべく関わらないようにすればいいと割り切れることです。
ところがフレネミーは表面上は仲良くしていて、実は裏でその人を下げるようなことをやっている。フレンドだと思いきやエネミーが混在している。その扱いにくさゆえに、言葉になるぐらい注目を集めているのかなという気がします」
比較の材料として、職場でもっとも分かりやすいのが昇進だ。
「名刺にも書かれて対外的にも発表される、いちばん見える化されやすい部分なので、これは非常に大きい。給与の額は直接見えるわけではないので意外と分かりにくいかもしれませんが、昇進までいかなくても、希望していたプロジェクトのメンバーに入れてもらえる人とそうじゃない人。こういったものもフレネミーの温床になります」
絶縁しないのは「はじかれたくない」から
では、なぜ敵意を抱えながら、関係を切らずに笑顔で接するのか。
「人間は集団行動で進化してきた生き物なので、集団からはじかれることは、古来は生存の危機に直結していました。村から追い出された瞬間に獣に襲われる、というイメージです。会社でも、業務上どうしても話さないといけないことはあるし、その人しか持っていない情報を聞きに行かないといけない場面もある。辞めて転職しない限り、組織の中である程度うまくやることは求められるので、完全に敵として認識してしまうわけにもいかないんです」
ただ、その笑顔は無償ではない。
「自分の持っている感情と、表している態度や表情が一致していないというのは、体にとってすごくストレスなんです。だから、そのストレスの吐け口が必要になってくる。対面ではいい人ぶってしまうけれど、陰ではその人を悪く言ってしまう。そういう矛盾した行動も、ストレス行動の一つと言えるかもしれません」
受け手にとっては、露骨に嫌な相手よりも厄介になる。人がストレスを感じる状況のひとつは「分からない」ことだからだ。
「とことん嫌なやつなら、嫌なことをされても意外性がない。フレンドに見えて実はエネミーというのは、不確実性が高まるという意味で、もともと嫌なやつよりタチが悪いんです」
分かれ目は「解釈」にある
仲が良ければフレネミーにならない、というわけでもない。板生氏によれば、その昇進が予期しないものだったときほど、気持ちの反転は起きやすい。ただし、同じ事実を前にしても、そこから先は人によって分かれる。
「ストレスの理論でよく言われるのが、事実があって、次に解釈があって、その次に感情が来るというモデルです。解釈をどちらに向けるかで、次の感情が嫉妬に行くのか、モチベーションを上げる方に行くのかが変わる。『あいつは昇進したけれど、それは自分にもチャンスがあるという意味だな』とポジティブに再解釈できる人もいれば、『俺はダメなんだ、能力がないんだ』とネガティブになる人もいる。そこがいちばん大きな分かれ目です」
無意識に反応してしまう人もいる。衝動性が高い性格の人は、昇進の一報を耳にした瞬間に嫉妬のスイッチが入るという。そこで板生氏が挙げた対策は、間を置くこと、日々のマインドフルネス、そして目線を上げることの三つだ。
「雑念が浮かんだら呼吸に意識を戻す。それを1日10分、15分と繰り返していると、衝動性がある程度抑えられて、物事にすぐ反応しなくなる。エビデンスもある程度出ています。
もう一つは、視点をもう一段上位に向けることです。近視眼的に見ると、目の前のポストに仲のいい人が昇進して自分には何もない、という事実が重くなってしまう。でも5年後、10年後のキャリアプランで考えたとき、その会社で昇進することがゴールへの最短距離ではないかもしれない。違うルートで達成できれば、それはその人にとっては勝ちじゃないですか」
先に昇進した側にできること
一方、昇進して「冷たくなった」と見られる側にも、やれることはある。気を使ってよそよそしく距離を置けば、かえって相手に悟られてしまう。
「事実は事実として受け止めつつ、相手へのリスペクトを忘れないことが基本です。立場が変わった事実はどうしようもないけれど、あなたという人へのリスペクトは変わっていませんよ、と。
ただ、それも過度にやりすぎると不自然になる。だから、こいつはこいつでいいところがあるな、と心の底で本心から認めているかどうかが大事なんです。人間の感情は薄まっていくので、変化が起きた直後の対応だけ気をつけて、それを一貫していれば、だんだん自然になってきます」
自分がフレネミー化していないか、点検する方法も聞いた。仲のいい相手の成功を聞いて、イライラしていないか。相手の小さな失敗を聞いて、同情ではなく、少しほっとしていないか。心に手を当てて思い当たる節があるなら、少し立ち止まって一呼吸おいてみるといい。
【識者プロフィール】
板生研一
MBA/医学博士。WINフロンティア株式会社代表取締役社長兼CEO、東京成徳大学経営学部特任教授。一橋大学法学部卒、英ケンブリッジ大学MBA、順天堂大学医学部大学院博士課程修了。SONYを経て起業し、自律神経計測アプリ「COCOLOLO」を開発。現在は自律神経・ストレス・感情などの行動神経科学と、行動変容を促すゲーミフィケーションの研究・実践に取り組む。著書に『なぜ、クリエイティブな人はメンタルが強いのか?』(クロスメディア・パブリッシング)など。
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