2026年10月1日、カスタマーハラスメント対策が全国の事業主に義務づけられる。改正労働施策総合推進法の施行によるものだ。
ところが、東京都が2025年10月に都内企業に実施した調査では、防止対策に取り組んでいる企業は38.5%にとどまっていた。取り組んでいない理由の1位は、正当なクレームとの判断の難しさだった(※1)。
行政がその線引きをどこまで示すのかを、国に先行して条例を施行し、カスタマーハラスメント対策を進めてきた東京都に聞いた。
知っている企業は83.8%、動いた企業は38.5%
東京都カスタマー・ハラスメント防止条例の施行は2025年4月1日で、国の義務化に1年半先行する。罰則は置かず、顧客等、就業者、事業者それぞれの責務を定めた理念型の条例だ。都の調査では、事業者に責務があることを知っていた都内企業は、83.8%にのぼる(※1)。
施行から1年余りの変化について、東京都は企業や団体と接するなかでの実感を語った。
「団体や企業等と意見交換を行う中で、カスハラについて社会的に関心が高まっており、組織として対応するという考え方が浸透してきているように感じています。一方で、カスハラ防止対策に取り組む企業は、企業規模が小さいほど低くなる傾向があるとともに、業種や業態によっても取組状況にばらつきがあります」
そのばらつきは、条例の施行後、2025年10月に行われた都の調査に表れている。その内訳を見ると、従業員1,000人以上は82.3%、2~4人は23.8%。3倍以上の差がある。業種別では医療、福祉の62.0%が最も高く、顧客と接する時間が長い宿泊業、飲食サービス業は44.9%、卸売業、小売業は39.1%にとどまった(※1)。
一般論と断ったうえで、東京都は2つの事情を示した。
「宿泊業や飲食サービス業、小売業は顧客との接点が多い一方で、中小規模事業者の割合も高く、人員や時間に余裕がない場合があります。接客を重視する業種ほど、顧客対応との線引きに慎重になる傾向もあります」
この2業種だけで、調査に答えた企業の4分の1にあたる1,209社を占める。
判断の難しさとノウハウ不足が課題
取り組んでいないと答えた企業は、調査対象4,727社のうち2,843社にのぼる。
理由として最も多く挙げられたのは、正当なクレームとの判断の難しさで29.6%。ノウハウ不足の23.8%が続く。費用不足は5.8%、人材不足は14.1%にとどまった(※1)。
判断の難しさには、守る対象が2つあることが大きく関係している。顧客からの正当な意見や要望は受け止める。同時に、行き過ぎた言動からは就業者を守る。東京都は、この判断に企業が難しさを感じているとみている。どちらも切り捨てられないため、線を引く作業そのものが止まる。
もう一つの理由について、東京都はこう続けた。
「これまで組織的な対応方針やマニュアルを持っていなかった企業も少なくなく、具体的な対応方法が蓄積されてきていないことが、ノウハウ不足につながっていると考えられます。東京都ではこうした点も踏まえ、指針や各団体共通マニュアルにおいて、判断の考え方や例を示しています」
企業が行政に求める支援でも、条例や法改正に関する情報発信が39.6%で最も多かった(※1)。
国と都の指針を材料に、基準は自社で組み立てる
都の条例は、「顧客等から就業者に対し、その業務に関して行われる著しい迷惑行為であって、就業環境を害するもの」をカスタマーハラスメントと定めている。
国の指針は、その言動を2つの軸で見る。1つは要求の中身だ。契約にないサービスを求める、不当な損害賠償を迫るといったものが当たる。もう1つは要求の仕方で、土下座の強要や、居座って引き下がらない行為が挙げられる。どちらか一方が度を越えていれば、該当することがある。
正当な理由があり、伝え方も相当と認められる範囲なら、顧客の申し出は妨げられない。都の指針では、「顧客等の要求内容に妥当性がないと考えられる場合でも、就業者が要求を拒否した際にすぐに顧客等が要求を取り下げた場合、就業環境が害されたとは言えない可能性がある」としている。
難しいのは、目の前の一件が該当するかどうかの判断だ。この点について、東京都の答えは次のとおりだった。
「カスハラに該当するか否かは、業種、当事者間の関係性、行為に至った経緯、行為の継続性など、総合的に勘案して判断されます。一律に線引きはできないと考えており、都において具体的な事例を挙げることは困難です。業界団体ごとや企業等において、それぞれの業態や実情を踏まえた判断基準を予め整理し、基本方針やマニュアル等を策定していただくことが重要と考えています」
都の指針は、判断にあたって考慮する要素として、行為の目的、行われた経緯、態様や頻度などを挙げている。
企業が詰まっているのは、理解ではなく実務
基準を組み立てる企業のために、都は総合相談窓口を設けている。
2025年度に寄せられた相談は1,380件。うち846件が事業者から、303件が働く側から、226件が顧客からだった(※2)。窓口には社会保険労務士や産業カウンセラー、消費生活センターの相談員経験者が置かれている。
最も多い事業者からの相談について、東京都はこう説明する。
「事業者からは様々な相談が寄せられています。なかでも、『カスハラ対策のメンタルケアについて外部委託や、専門家の選定基準を相談したい』など、カスハラ防止対策に関する質問が多いです」
働く側からの303件には、目の前の一件をどう扱うかという相談が含まれる。マンションの組合員から執拗な要求を繰り返されて困っている、という例が公開されている。都はこれに対し、該当するかどうかは組織として議論し判断するのが妥当だと助言し、管理規約の確認や顧問弁護士、外部機関への相談も挙げた。
顧客から届く226件は、対応を受けた側からの訴えになる。定期購入する商品の苦情を伝えたところ、カスハラだとして一方的に契約を打ち切られた、という例が公開されている。
都の支援は、窓口だけではない。マニュアルを整備し、録音や録画の環境整備などの取組を実施した中小企業等には、定額40万円の奨励金が出る。2025年度の申請は4,982件で、3か年で10,000件という想定の半数近くに達した。
国の指針が求める10項目と、都の指針が示す取り組みの一例
国は、改正法に基づく指針で、事業主が講ずべき措置を10項目示している。一方、東京都は都の指針に基づく取り組みの一例として、こう答えた。
「都の指針に基づくと、人員に余裕のない中小企業であっても、まずはカスハラから従業員を組織として守るという基本方針を明確にし、従業員に周知することが重要です。そのうえで、相談先を決める、発生時の対応手順を整理して従業員へ周知するなど、防止対策に取り組んでいただきたいと考えています。東京都の指針や各団体共通マニュアルには、業種や規模を問わず参考となる取組例が示されています」
国の指針が求める10項目は、5つに区分される。方針の明確化と周知、相談体制の整備、事案が起きたあとの事実確認や被害者への配慮と再発防止、特に悪質な事案への対処、相談者のプライバシー保護と不利益取扱いの禁止である。都が一例として挙げた基本方針の明確化と周知、相談先の設定、発生時の手順の整理は、このうち方針の明確化と周知、相談体制の整備にあたる。
国の指針では、基本方針とは、カスハラには毅然とした態度で対応し、労働者を保護するという姿勢を明確にすることを指す。相談窓口はあらかじめ定め、労働者に周知する。発生時の手順にも例がある。管理監督者にその場の対応方針を仰ぐ。労働者を一人で対応させない。犯罪に該当し得る言動は警察へ通報する。本社や本部へ情報を共有する。いずれも、現場の一人に判断を負わせないための取り決めだ。
措置義務に罰則はない。ただし改正労働施策総合推進法は、勧告に従わない事業主について、厚生労働大臣がその旨を公表できると定めている。
事業者は、全国どの都道府県にもある労働局の雇用環境・均等部(室)に、改正法や指針を問い合わせられる。厚生労働省は業種別の対策マニュアルと策定手順例を、ポータルサイト「あかるい職場応援団」で公開している。
東京都は最後にこう語った。
「10月の法改正に向けて、措置義務として示された内容を着実に推進するとともに、都としても、働く人と顧客等が互いに尊重し合える環境づくりに向けて、各事業者に積極的な取組をお願いしたいと思います」
東京都の条例は、国の義務化に1年半先立って施行された。都の調査では、対策に取り組めない理由として、正当なクレームとの判断の難しさが最も多く挙がっている。国の指針が示す10項目を土台に、自社の実情に応じた方針と体制を整えることが、10月1日から全国の事業主に求められる。
※1 東京都産業労働局『令和7年度 カスタマーハラスメントに関する実態調査 報告書』(2026年3月)より ※2 東京都『令和8年度 カスタマー・ハラスメント防止対策推進会議 事務局資料』より
取材・文/宮﨑駿
顧客からの度を越えた要求や理不尽な言動によって、従業員が精神的負担を抱える「カスタマーハラスメント(カスハラ)」が深刻化している。サービス業に限らず、法人営業や…




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