人口減少が進む秋田県男鹿に、わずか4年半で10の拠点を生み出し、年間5万人以上の人を呼び寄せるベンチャー企業がある。「稲とアガベ株式会社」だ。
彼らがつくるのは、「クラフトサケ」。日本酒の伝統的な米と米麹をベースに、ハーブやフルーツ、スパイスなどの副原料を醸造過程で共に発酵させるお酒のこと。2021年、旧男鹿駅を活用した醸造所から生まれた「クラフトサケ」は、日本のみならず、アメリカ、フランス、中国など11カ国で展開されている。
さらには、クラフトサケの醸造にとどまらず、レストラン、食品加工場、ラーメン店、ホテルなど、4年半で10拠点を立ち上げる。過疎化が進む地方都市で、なぜこれほどの事業展開が可能なのか。そのビジネスモデルと挑戦の裏側に迫る。
人口減少率東北No.1のまちに、年間8万人を集める
稲とアガベが本社を置く秋田県男鹿市は、実はここ5年間の人口減少率が約14.5%と、東北地方でもトップクラスに過疎化が進む地域である。稲とアガベ代表取締役の岡住修兵氏が2021年に創業した当時、男鹿駅前には人通りがなく、「まちを歩いているだけで注目される」状態だったという。
「僕はコンテンツ(酒づくり)だけじゃなくて、やっぱり文化を創らないと、男鹿のまちっていうのは本当の意味で未来に残っていかないと思ってます。今いる場所から人がいなくなる可能性もあるわけですよね。そうなってしまったら、せっかく作った醸造所もいつかゴミになっちゃう。自分の人生を賭けてつくったものがいつかゴミになるなんて、そんな悲しいことないじゃないですか。だから僕たちがチャレンジできることは全部やろうって決めています」(岡住氏)
そんな強い危機感から、岡住氏は単なる酒造にとどまらない「まちづくり」へ舵を切った。
特徴的なのは、地域課題を自社の事業機会へと変えるアイデアと圧倒的なスピード感。「ないならつくる」「必要としている人がいるからつくる」。そんなシンプルな考え方で、ラーメン屋、ホテル、スナック、ピザ屋…創業からわずか4年半で立ち上げた自社拠点は10箇所になる。
これらの拠点はすべて「男鹿駅から徒歩15分圏内」に集約されている。 酒蔵を訪れた観光客が、ラーメンを食べ、昼はカフェで過ごし、夜は中華やピザで酒を交わし、スナックに立ち寄ってホテルに泊まる。酒を「地域のメディア(=誘客のきっかけ)」として位置づけ、訪れた人にまちを回遊してもらう狙いだ。
「例えばアジアに輸出を始めたらアジア人が来てくれるようになったり、欧米に輸出を始めたらアメリカ人が来てくれたり。やっぱりお酒を飲むと、それをつくっている場所に行ってみたくなるんですよね。お酒って人を引き付ける力があるという仮説が、今実証されつつあります」(岡住氏)
さらに彼らの動きに呼応するように地元の事業者や新規参入者が9拠点を新設・復活させ、エリア全体で19拠点が誕生した。これは、人も店の数も減り続ける一方だった男鹿のまちでは驚異的な変化と言える。
「元々あった銀行や飲食店など、5拠点は閉まってしまったんですが、14拠点は勝ち(プラス)ですね」(岡住氏)
その発言は、自社の利益だけでなく「まち全体」を見ている表れだろう。
結果として、2025年には自社が運営する施設だけでも年間5万人以上が来場。2026年には8万人の来客が見込まれている。
「見積もりの倍で買い取る」農家支援
稲とアガベの取り組みで興味深いのが、「関わる全員が儲かる構造」を設計している点にある。現在、秋田県の米農家の平均年齢は70代に突入しており、後継者不足は深刻を極めている。米の取引価格が低迷すれば、離農は加速する一方だ。 そこで稲とアガベでは、契約農家が提出してきた米の見積もりに対し、「その倍の価格で買い取ります」という提示を行って取引をスタートさせた。“農家にとって”適切な価格で米を仕入れることで、農家が安心して次世代に事業を継承できる収益基盤を提供している。
■廃棄物ゼロを目指すアップサイクルビジネス
酒造りの過程で大量に発生する「酒粕」の処理も、日本酒業界の大きな課題だ。秋田県内だけでも年間約400トンもの酒粕が廃棄・産業廃棄物処理されている現状がある。
稲とアガベは、この課題を解決するために食品加工場「SANABURI FACTORY」を設立。酒粕をアップサイクルした植物性のマヨネーズ風調味料「発酵マヨ」を開発・販売している。さらに、グループ会社が元鉄工所の建物をリノベーションして「早苗饗(さなぶり)蒸留所」を開設し、酒粕を蒸留して製造するジンやスピリッツの生産も開始した。
農家から米を高値で仕入れる→醸造所でクラフトサケを造る→出た酒粕でジンや発酵マヨを製造する→残りかすを肥料化して再び農地へ返す
この循環型ものづくりを徹底することで、環境負荷を減らすと同時に、これまで処分費用がかかっていた廃棄物に価値を与え、新しい商品へと生まれ変わらせている。
規制の壁を越え、「男鹿をお酒の聖地」へ
稲とアガベの挑戦は、酒類業界全体の構造改革へと広がっている。現在、日本の酒税法では、国内向けの「日本酒」の製造免許は新規発行が原則認められていない。岡住氏のような志を持つ若手が新しく日本酒造りを始めようとしても、参入障壁が極めて高いのが実情だ。
稲とアガベが副原料を入れた「クラフトサケ(その他の醸造酒)」からスタートしたのも、もとは新規免許が取得できないという規制があったからだ。しかし、実際に作ってみるとその表現の幅や可能性に魅了され、岡住氏は「クラフトサケをワインやビールに並ぶ新たな醸造酒文化に育てる」ことを目指す。
2022年には、稲とアガベを含む6つの醸造所共同で「クラフトサケブリュワリー協会」を設立。クラフト酒への新規参入醸造所は、わずか3年ほどで全国30社以上に急増した。
さらに岡住氏は、政府や行政への働きかけも積極的に行っている。2026年8月には、男鹿市の酒造りを軸とした地域活性化構想「地場産業成長プラン」が政府に認定され、規制緩和に向けた議論が大きく前進している。
「フランスのブルゴーニュ(ワイン)やスコットランドのアイラ島(ウイスキー)のように、世界中の人たちが聖地だと認めて、『一生に一度は行きたい』まちにしたいなと思ってます」(岡住氏)
和食ブームを背景に、稲とアガベの海外輸出量は2025年の1万本から2026年には3万本へ拡大し、輸出先もアメリカ、フランス、中国など11カ国に広がっている。面白いのが、単に和食店に置かれるだけでなく、現地のローカルレストランで「新しいペアリングの酒」として採用されるケースが増えているという。
「ワインやビールには5000年、日本酒には2000年の歴史があります。クラフトサケはまだ生まれて数年の新しい文化。もしかしたら、僕たちが作っているものが、2000年先の未来まで残る文化になるかもしてない。今は、そのうちの5年目なんです」(岡住氏)
1本1万5000円。アジアの知恵を重ねた最高級クラフトサケ「ASIAN WISDOM SAKE」
2026年9月、稲とアガベの新たな挑戦が形となった。最高級クラフトサケ「ASIAN WISDOM SAKE」(720ml/税抜15,000円、限定1,000本)だ。15,000円という稲とアガベ史上最高価格の本商品は、大丸東京店のイベントスペースで9月16日(水)から29日(火)まで開催される単独ポップアップストアの目玉として登場する。
「ASIAN WISDOM SAKE」のコンセプトは、「One Asia in a Bottle – アジアの叡智を、ひとつのボトルに。」。 使用されている原材料は以下の5つの国・地域の象徴的な素材だ。
日本:日本の山野に自生するホップの近縁種「唐花草(からはなそう)」
韓国:甘・酸・苦・辛・塩の5つの味わいを持つ「朝鮮五味子(ちょうせんごみし)」
中国:キンモクセイの花の香りを生かした「桂花茶(けいかちゃ)」
台湾:シナモンとミントのような清涼感を併せ持つ最高級茶葉「紅玉紅茶(こうぎょくこうちゃ)」
インドネシア:甘くスパイシーな香りを放つスパイス「クローブ」
「文化の価値を測るものさしが西洋に偏りがちななかで、『アジアの美とは何か』を問い直したかったんです」(岡住氏)
異なる食文化や技術を受け入れ、独自の解釈と工夫で新しいものへと育てるアジア特有の創造性を、日本の酒造りを土台にして1本のボトルに融合させた。
ひとつの酒蔵から始まった男鹿の熱狂は、今や国や世界までも巻き込み始めている。まずは東京で彼らのお酒に出会い、次はぜひ秋田の男鹿へ足を運んでみてほしい。そこにはきっと、新しいまちの姿があるはず。
【取材協力】
稲とアガベ株式会社
取材・文 / 岡のぞみ
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