■連載/ヒット商品開発秘話
高価格帯のオーブントースターが家電量販店の店頭を賑わせ続けている。現在人気を博している1台が、シャープの『ヘルシオ トースター』。2024年12月の発売から約1年半で、累計出荷台数が5万台を突破した。
『ヘルシオ トースター』は、同社のウォーターオーブン『ヘルシオ』と同じ過熱水蒸気(100℃を超える温度に加熱された水蒸気)で調理する技術を採用。食パンやフランスパン、ロールパン、クロワッサンなど、さまざまな種類のパンを好みの食感に焼き上げる「おいしさ食感マイスター」を搭載しており、過熱水蒸気の量を調整することで仕上がりのふわふわ度を3段階で設定できるようにした。5段階から選べる焼き加減と組み合わせることで、「サクッ」「ふわっ」「もちっ」など、好みに応じて15通りの食感が楽しめる。市販の揚げ物や焼き物などの惣菜や冷凍食品を、できたてのような美味しさに自動でリベイクすることも可能だ。
過熱水蒸気の量を変えてパンの食感を変える
『ヘルシオ トースター』はかつて発売されていた2016年10月に発売された『ヘルシオ グリエ』の後継に当たる。『ヘルシオ グリエ』は2017年10月に2世代目、2019年11月に3世代目、2021年10月に4世代目が発売されてきたが、2世代目以降は売れ行きが伸び悩んで存在感が示せず、苦戦を強いられていた。
2023年9月、同社は『ヘルシオ グリエ』のリニューアルを決断。デザインや名称を刷新し、強みの過熱水蒸気技術に磨きをかけてパンを美味しく蘇らせることにフォーカスすることにした。
「過熱水蒸気を使ってパンを焼いたり揚げ物を温めたりする機能は高く評価されていたので、この機能をより多くの方に使っていただけるようリベンジしたいという思いをずっと持っていました」
こう振り返るのは、Smart Appliances & Solutions事業本部国内キッチン事業部商品企画部 課長の吉田麻里さん。『ヘルシオ グリエ』は惣菜の温めなどパンを焼くこと以外の機能も訴求することからウォーターオーブン専用機と呼んだが、後継機種はトースターとして打ち出すことにしたため、商品名は『ヘルシオ トースター』とし、パンの美味しさに直結する過熱水蒸気機能を新たに検討することにした。
強みの過熱水蒸気技術に磨きをかけるといっても、最初はなかなかいいアイデアが出てこなかった。転機が訪れたのは2023年10月。生活者を対象に実施したヒアリングなどの結果から、食感の好みが幅広いことが浮き彫りになった。ここで吉田さんは、過熱水蒸気の量を変えることで食感を変えるアイデアを思いつく。
ただ、このアイデアに対する社内の反応は冷ややか。「過熱水蒸気の量を変えても、食感は変わらないのでは?」といったことを言われ一笑された。
まだ仮説の段階だったこともあり、諦めなかった。一緒に提案してくれたスタッフとともに、過熱水蒸気の量を変えてパンを焼いて検証してみることにした。
実験の結果、食感に変化が認められた。他の人たちはどう反応するかを確かめたく、営業スタッフなどにも食べてもらったところ、食感が変わることを実感してもらえた。明らかに食感が変わることが広く理解され、吉田さんの提案は「イケるかもしれない」と評価が変わっていった。
こうして同社は2023年11月、過熱水蒸気の量を調整して好みの食感に焼き上げる「おいしさ食感マイスター」を、『ヘルシオ トースター』に搭載することを決めた。
フランスパンは焼くのが難しい
開発で最も工数を要したのが、自動で焼き上げるためのプログラムづくり。理想的な焼き上がりを実現するため、プログラムを組んでは焼いて検証することをひたすら繰り返さなければならなかった。パンごとに食感と焼き色の組み合わせも考慮しなければならなかったので、煩雑を極めたといってもいい。
自動メニューで焼けるパンは食パン(6~8枚切り)、厚切り食パン(4~5枚切り)、フランスパン、ロールパン、クロワッサン、ピザトーストなど。ニーズが高い冷凍パンにも対応している。揚げ物や焼き物のリベイクも自動でできるようにした。
フランスパンは時間の経過に伴い水分が抜け固くなってしまう特性が一筋縄ではいかなかった。「フランスパンの神様」フィリップ・ビゴ氏の店として有名な『ビゴの店』に話を聞きに行ったりもしたほどだった。
とくに冷凍フランスパンを温めるのが難しかった。冷凍のフランスパンを、ヒーターを使ったオーブントースタで焼くと外が黒焦げで中が冷たく、食べられる状態にならない。「外側を焦がすことなく中が温められる、バランスの取れた加熱を実現するのはすごく難しいものの、過熱水蒸気のすごさをいかんなく発揮できるメニューでもありました」と吉田さんは振り返る。
デザインコンセプトは「キッチンの相棒」
機能とともにこだわったのが、デザインであった。デザインコンセプトは「キッチンの相棒」。理想とする食感を叶えるために寄り添ってくれる存在と位置付けた。
外観上で特徴的なのが、楕円形の覗き窓。潜水艦や飛行機の窓をイメージしたという。窓の縦横比はスマートフォンのディスプレイと同じで9:20となっており、なじみやすい印象を与えるものになっている。
正面から庫内をのぞきやすいよう、ドアを6°傾斜させたのも特徴。本体を横から見ると、ドアが後ろに倒れたようになっている。
また、本体正面サイズに白銀比(1:1.4)を適用した。白銀比は日本人が本能的に「美しい」「落ち着く」とされている縦横比のことで、古くから多くの建築や美術などのほか、コピー用紙やキャラクターデザインにも生かされている。
こだわりのポイントは他にもある。まず、4本の脚は生き物のような温かみのある佇まいを意識し、開き気味にして踏ん張って立っているかのように見えるようにした。ドアを開閉するための取っ手、自動メニューの選択や仕上がりの調節をする際に操作するつまみは、金属を削り出していくつもの試作をつくり、触れた時の感触や指への当たり具合などを検証して決めた。大量につくった試作は、『ヘルシオ トースター』の新発売をアナウンスする発表会の会場に並べ、細部にこだわってつくったことを示すのに生かした。
悩んだのが、背面の処理だった。隠れて見えないところなので無塗装でも十分だが、どこから見ても美しく見えるようにすることにこだわり、本体と同色の塗装を施すことにした。
デザインはフォントやアイコンにも及んだ、液晶画面に表示されるフォントとアイコン、天面に印字されているメニューのフォントとアイコンは既存のものでなく、キッチンの相棒として親しみを感じてもらえるような独自のものをつくった。
カフェのパンがいつもより美味しくなった
『ヘルシオ トースター』の発売から半年間の売上は『ヘルシオ グリエ』の4代目が発売されてから半年間の売上より、8倍多いという。「8倍も多く売れると思いもしませんでした」と吉田さん。これほど売れるとは考えられていなかったことからカラーはブラックしか用意していなかったが、商品の評判の高さや要望の多さから2025年6月にホワイトを追加した。
販売では食感が変わる体験を重視。小売店が企画して店頭での実演を実施するほか、同社も体験イベントを実施している。
同社主催の体験イベントで直近に実施されたのが、2026年7月に大阪の人気ベーカリーカフェ「foodscape!STORE」(大阪市北区)とコラボして実施したもの。同店のメニューのパンを『ヘルシオ トースター』で温めて提供したほか、同店内および同店があるOAPプラザ1Fの桜広場で『ヘルシオ トースター』で温めたパンの試食を提供した。イベント終了後も、「foodscape!STORE」と姉妹店の「foodscape!BAKERY」(大阪市中央区)の2店舗に、『ヘルシオ トースター』を設置。店内で購入したパンを、購入者自身で温めて食べられるようにした。
イベント当日、「foodscape!STORE」に食事に訪れた常連客の中には、パンを食べた時に「パンがいつもより美味しい」と驚いた人もいたほど。同店のスタッフも「普段とパンが違う」といった反応を示した。
取材からわかった『ヘルシオ トースター』のヒット要因3
1.独自機能がパンを美味しく焼くことに生かせた
ウォーターオーブン『ヘルシオ』に搭載されている過熱水蒸気発生装置「ヘルシオエンジン」を搭載。シャープ独自の過熱水蒸気技術をさらに磨き、パンを美味しく焼くのに生かせた。
2.こだわり抜いたデザイン
「キッチンの相棒」のコンセプトの下、細部にこだわり本体をデザイン。ハンドルやつまみといったパーツ、窓の形状のみならず、フォントやアイコンなども独自にデザインしたものを採用。オープンキッチンの普及もあり、置きたくなるものに仕上がった。
3.体験で購買意欲を高める
唯一無二といってもいいフワフワになる焼き上がりは、体験してみないとわからない。小売店の店頭や体験イベントで実際にパンを焼き試食する機会をつくって食感や美味しさを体感してもらい、購買意欲を高めることができた。
吉田さんが一番印象に残っているユーザーの声が、「パンの耳を残していた子どもが残さなくなりました」というもの。トースターで焼いた食パンの耳は子どもにとっては固く感じられ苦手であっても不思議ではないが、『ヘルシオ トースター』だと耳まで柔らかく焼けることから残さず食べられるようになるみたいだ。
取材時に『ヘルシオ トースター』で焼いたフランスパンとクロワッサンを試食させてもらった。フランスパンは食感が外サクッ中フワッで、クロワッサンは生地に折り込まれたバターの香りが漂ってきた。これが、ベーカリーの窯から出てきた焼きたて直後の状態なのかもしれない。
取材・文/大沢裕司
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