「もし可能であれば〜してほしい」。一見すると単なるお願いのように聞こえるこの言葉は、法的にも「業務命令」になるのだろうか。令和8年熊本地震で発生したイオンモール熊本の爆発事故では、上司からこのような言い回しで依頼を受けた従業員が、一度避難した館内へ戻り爆発事故に巻き込まれたと報じられている。職場で日常的に交わされる曖昧な依頼は、どこまで会社の指示として扱われるのか。弁護士に聞いた。
「もし可能であれば」は業務命令になる?
では、今回の事件ように上司が「もし可能であれば」と、あくまで本人の判断に委ねるような言い方をした場合、それでも法的には「業務命令」とみなされるのだろうか。アディーレ法律事務所の大垣優希弁護士は、「業務命令に当たるかどうかは、単に『もし可能であれば』という言葉が使われたかどうかで決まるものではありません」と指摘する。
重要なのは、従業員が実際にその依頼を断ることができたのか、そして、その行為が実質的に会社の業務として行われたものだったのかという点だという。
「職場には、上司から部下へと指示や命令が伝わる指揮命令系統があります。上司からの依頼は、形式上は『お願い』であっても、部下にとっては断りにくい『指示』として受け止められることが少なくありません」
今回のケースについても、報道されている内容が事実であることを前提とすれば、単なる個人的な判断として片付けられない可能性がある。
災害直後という混乱した状況の中で依頼を受ければ、「会社にとって重要な売上金を誰かが保管しなければならない」「近くにいる自分が対応しなければならない」と従業員が考えることも不自然ではないからだ。さらに、例えば今回のように、会社の売上金を保管するという会社の利益のための行為だった場合その性質はさらに強くなる。
「そのため、あくまでも『お願い』という形式を取っていたとしても、実質的には『業務命令』と評価される可能性は十分にあると考えられます」(大垣弁護士)
「お願い」でも労災や会社への損害賠償請求は可能?
では、今回のケースに限らず「お願い」という形で頼まれた仕事を実行し、その結果として事故に遭った場合はどうだろうか。「正式な業務命令ではなかった」という理由で、労災や会社の責任まで否定されてしまうのだろうか。
大垣弁護士は、そのようなケースでも会社の責任を追及できる可能性は十分にあるという。
「お願いベースの仕事であっても、実際には会社の業務として行動していたのであれば、仕事中の事故として労災の対象となる可能性は高いでしょう」
ここでも重要なのは、「お願いだったのか」「命令だったのか」という言葉の違いより、実際に何のために行動していたのかという実態だ。さらに、事故について会社側に安全配慮義務違反や過失が認められれば、労災保険では補償されない分の損害について会社へ支払いを求められる場合もある。
「会社に安全配慮義務違反や過失が認められる場合には、治療費や休業による損害、逸失利益、慰謝料などを請求できることがあります」
加えて、役員や管理職が必要な安全対策を怠り、それによって労働者が事故に遭ったようなケースでは、労働安全衛生法違反が問題となることもある。場合によっては会社が罰金刑の対象となったり、行政上の措置を受けたりする可能性もあるという。
「もし可能であれば」「できればお願いしたい」。職場では珍しくない言葉だが、表現を柔らかくしただけで、その指示に伴う法的責任まで曖昧になるわけではないようだ。

大垣優希弁護士(第一東京弁護士会所属)/アディーレ法律事務所。夫婦問題や遺産相続、債務整理など、多様な一般民事分野に関心を持つ。法律分野に留まらず、日本化粧品検定1級の資格も保有するなど、専門性のさらなる深化にも意欲的で、身近な悩みに根拠をもって寄り添う解説を志す
取材・文/峯亮佑




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