好きなキャラと自分の名前で作る、世界に一つだけのグッズ。『名探偵コナン』など国民的IPで、そんなサービスが人気だ。背景にあるのは、IP(知的財産)とオンデマンド印刷を掛け合わせた「IPプリント経済圏」の急拡大。
在庫リスクゼロの受注生産で、推し活は親子の体験へと広がる。世界最強と評されながら「儲からない」と言われ続けた日本のコンテンツビジネスは変わるのか。海外経済に詳しい投資家のマイキー佐野氏に聞いた。
IPプリント経済圏は、在庫ゼロで〝世界に一つ〟を売る市場
IPプリント経済圏。聞き慣れない言葉だが、仕組み自体はシンプルだ。佐野氏はまず、この市場を支える印刷技術を説明する。
「核になっているのは、注文が入ってから刷る『オンデマンド印刷』です。キャラクターなどの共通デザインを型にして、一枚一枚に名前や数字を差し込んで刷ることができる。あらかじめ大量に刷って在庫を抱える従来の印刷と違い、売れた分だけ作るので在庫リスクはゼロ。ファンからすれば、推しのキャラクターに自分の名前が入った〝世界に一つ〟のグッズが手に入る。プレミアム感の演出として、これほど強力な仕掛けはありません」
ただし、佐野氏がこの市場に注目する理由は技術そのものではない。日本のコンテンツビジネスが抱える、致命的な数字のほうだ。
「日本のアニメやマンガは世界的にこれだけ人気があるのに、全くカネにできていない。日本動画協会のレポートによると、’24年に日本のアニメが海外で生み出した市場価値は約2.1兆円。これに対して制作会社に還元されたのは1188億円で、率にしてわずか5.5%。’22年も5.8%でしたから、この数年、何も変わっていない。
最大の原因は、Netflixなど海外の配信サービスに利益の8~9割を握られていることです。IPプリントは素晴らしい技術ですが、本当の勝負は、この技術を使って、海外に流れ出ている利益をどれだけ日本に取り戻せるか。そこに尽きます」
カネを払うのは子どもではなく親。ノスタルジーが財布を開かせる
市場を牽引しているのは推し活ブームに見える。だが、佐野氏の見立ては少し違う。
「推し活文化の熱量は確かにすごい。熱狂的なファンは、推し活に1日平均1時間4分を費やしているというデータもあるほどです。ただ、熱心なファンと普通の消費者の間には、深い溝があります。
どんな流行も、世の中の2割弱まで広がったところで大衆に届かず失速するというのがマーケティングの定説で、推し活はまさにこれです。聖地巡礼に熱狂する姿は、外から見れば宗教的にすら見えてしまう。この溝を超えて、普通の人にまで広げられるかどうかが市場拡大の壁です」
その壁を超える鍵が「親子」だ。ここで名作アニメが効いてくる。
「親子向けコンテンツの最大の強みは、財布を握っているのが子どもではなく親だということです。親子の映画鑑賞に関する調査では、7割以上の世帯が親子揃って能動的に映画館へ足を運んでいるという結果もあります。
『名探偵コナン』や『ドラえもん』は、今の親世代が子どもの頃に夢中になった作品ですから、触れた瞬間に自分の子ども時代のノスタルジーが強烈に刺激される。子どもを一人で映画館に行かせるわけにはいかないという親心に、親自身の懐かしさ、子どもへの『特別な思い出作り』という大義名分が完璧に結びつくわけです。
IPプリントのヤバさはここにあります。単なるグッズの購入が、『親子で一緒に、自分たちだけのグッズを作った』という思い出に変わる。だから親は喜んで財布の紐を緩めるんです」
「調整します」と言っている間に中国は24時間で製品化する
では、この経済圏で日本は「世界を穫れる」のか。佐野氏は、強いIPを持っているだけでは全く不十分だと断言する。
「現在、ネットで注文を受けてグッズを刷るサービスは、欧米企業が主導権を握っています。画像をアップロードすれば誰でも1枚からグッズを作れる手軽さが売りですが、その分セキュリティがガバガバで、海賊版や無断コピーのリスクが極めて高い。だから大手の権利元は、大切なキャラクターを怖くて出せないんです。
日本企業が胴元として勝つには、セキュリティで信用を取るしかない。世界中の印刷工場と日本の権利元を直接つなぎ、注文が入るたびに、その1枚だけを印刷できる〝使い捨てのパスワード〟を発行する。指定した工場で1枚刷り終えたら、工場に送ったデザインデータは自動的に消える。
ここまでやってキャラクターを守り、ライセンス料とシステム利用料の両方を日本が総取りする。そこまでできて初めて、胴元の座を握れます」
では、どんな企業がこの市場を制するのか。佐野氏の見立てはシビアだ。
「ヒット作の人気に頼ったビジネスは、長くは続きません。バズって急速に広がったコンテンツは、その分消費されるのも速く、すぐに飽きられるからです。強いのは、どんな新しいIPが入ってきても、流行に左右されず半永久的に回り続ける仕組みを作れた企業だけ。
注文が確定した瞬間にライセンス料が権利元の口座へ自動で振り込まれ、いちいち会議や契約書のやりとりをしなくても、受注から製造、配送まで全自動で回る。そういう仕組みです。
逆に言うと、SNSの拡散力だけを武器に仲介に入り、手数料を抜くような業者はブランドの価値を下げるだけなので、真っ先に追い出される側です。個人や中小企業がこの市場のおこぼれに預かりたいなら、公式に認められた『職人』や『正規の代理店』としての技術や強みを持つしかありません」
そして最大の障壁は、技術ではなく日本側の意思決定のスピードだという。
「日本のエンタメ産業には『製作委員会方式』が根深く残っています。複数の企業がカネを出し合ってリスクを分散する代わりに、権利も細切れになっていて、グッズ化の許可一つに社内会議や全会一致の調整で数か月かかる。『調整します』『検討します』と言っている間に、ビジネスチャンスを失い続けてきたわけです。
一方、中国勢は、新しいトレンドが生まれると24時間以内に商品企画から現地工場の生産ライン確保までを終わらせ、海賊版も含めて世界中から一気に利益を刈り取ってしまう。
この絶望的なスピード差を埋めるには、人間の会議を捨てるしかありません。『この条件を満たせばグッズ化していい』というルールをあらかじめプログラムに組み込んでおき、世界中からの注文に自動でライセンスを発行して、使用料を回収する。
日本のIPが世界一だというのは確かにその通りです。でも、じゃあ『日本のIPを使って一番儲かったのは誰ですか』という話なんですよ。ここまでやって初めて、IPプリント経済圏は『失われた30年』を打破する起爆剤になり得ると思います」
日本のIPは世界を穫れるのか。答えを分けるのは、作品の強さではなく、儲かる仕組みを先に作れるかどうかだ。「調整します」と言っている間にも、中国の工場は今日も回っている。
【識者プロフィール】
マイキー佐野(佐野義仁)
’82年生まれ。投資家、経営コンサルタント。オレゴン州の高校卒業後、米国ポートランド州立大学へ進学。同大学中退後、帰国子女枠で日本の大学に入学し、卒業。商社のバンコク駐在を経て独立し、カンボジアで投資会社を設立。世界40か国以上でM&Aや企業コンサルを手掛ける。YouTubeチャンネル「マイキーの非道徳な社会学」で海外経済とビジネスの生存戦略を発信し、著書『ずる賢い人のための億万長者入門』(KADOKAWA)は7万部のベストセラー。
文/桜井カズキ
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