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「悪気はない」のになぜ口を滑らせる?うっかり差別発言を繰り返す上司の脳内で起きていること

2026.08.10

ハラスメント研修が当たり前になり、コンプライアンス意識がかつてなく高まっているにもかかわらず、役員や管理職の「うっかり差別発言」は後を絶たない。本人に悪気はなく、「言ってはいけない」という知識もあるはずなのに、なぜ口を滑らせてしまうのか。

実は、うっかり発言をしやすい上司には「会議が多い」「若手との世代差が大きい」といった共通点があるという。行動科学と自律神経・感情の研究を手がける医学博士である板生研一氏に、そのメカニズムと対策を聞いた。

うっかり発言の正体は「感情制御の失敗」

研修で知識を得ても、なぜ「うっかり」は防げないのか。板生氏はまず、差別発言が飛び出す仕組みをこう説明する。

「うっかり発言というのは、結局のところ感情制御の問題です。本来その場面で適切ではない発言を、脳の中で抑制できずに口走ってしまう。冷静に考えれば『やめておけばよかった』とわかることを、その場の流れに流されて思わず言ってしまうわけです。

この抑制を担っているのが、思考を司る中枢である脳の前頭前野です。疲れている、ストレスを抱えている、過重労働が続いている、あるいはプライベートでイライラすることがあった。そうしたさまざまな要因で前頭前野の働きが低下すると、感情の抑制が効かなくなります。

そこに関わってくるのが『認知資源』という考え方です。感情の制御を続けていると、この資源は疲弊して減っていく。仕事で何かを我慢していたり、ほかの場面で感情を抑え込むことが重なっていたりすると、認知資源が不足して、脳の抑えが効かなくなる。すると、言うつもりはなかったのに、普段から内心思っていたことを思わず口走ってしまう。そういうことは大いにあり得ます」

つまり、差別意識が「ある・ない」の問題である以前に、抑える力が「足りている・いない」の問題だというのだ。危ない状態かどうかは、板生氏の専門である自律神経のデータからも、ある程度は読み取れるという。

「車のアクセルとブレーキでいえば、ブレーキにあたるのが副交感神経で、このレベルが高いのは、リラックスして気持ちに余裕がある状態です。反証的な研究もありますが、もともとの副交感神経レベルが高い人は感情制御がうまくいく、という論文は多数あります。

自律神経を測ればストレスの度合いはある程度わかりますから、交感神経が優位な状態が普段より続いていれば、感情制御に失敗してしまう可能性がある。『この数値を超えたら暴走する』とまで言えるものではありませんが、緩やかな傾向として、自分のストレスレベルを知っておくことは有効だと思います」

「会議続き」「寝不足」…引き金は日常に転がっている

一日中会議が立て込むなど、過密なスケジュールのなかで、普段なら口にしないような一言が飛び出してしまう。ストレスが「爆発」したように見えるが、実際はどうなのか。

「その場面だけを捉えれば、会議続きのストレスで抑制が効かなくなった、ということなのでしょう。ただ、性格的なものもあります。性格特性として『衝動性が高い』人がいるんです。お酒やタバコ、ジャンクフードに衝動的に手を出しやすいといった傾向で、衝動的な行動が起きる敷居がもともと低い。そういう人がさらにストレスを感じていたら、うっかり発言につながるリスクは余計に高くなります。

それから、相手とのそれまでの人間関係も大きい。普段から関係が円滑であれば、そういうことは言わないものです。逆に、過去にその相手からトゲのある言葉を投げられ続けてきたといった背景があれば、ストレスがトリガーになって、他の人には言わないのに、その人に対してだけは言ってしまう。そういうことも十分考えられます」

では、会社員の日常で引き金になりやすいのは何か。

「やはり寝不足とストレスです。ストレスといっても、自分がこなしきれない量の仕事を抱えている、上司と反りが合わず話すたびにストレスを感じる、いまの仕事にそもそもやりがいを感じられないといった慢性的なものから、朝の満員電車で不快な思いをしたという一時的なものまでさまざまです。

そして睡眠はもう基本ですね。睡眠不足で脳の働きが低下することは明確に言われていますし、睡眠不足が続いた状態は二日酔いのときと変わらない、という研究もあるほどです。そうなれば、言ってはいけないことをつい言ってしまう、ということは容易に起こります」

職場では「あの人、今日イライラしてるけど、家庭で何かあったんじゃないか」と囁かれることがあるが、これもあながち的外れではないらしい。

「家庭で抱えているストレスのほうが、職場のストレスよりも仕事のパフォーマンスや創造性に与える影響が大きい、という研究もあります。多くの人は、家を出たら気持ちを切り替えて、家庭のストレスを職場に持ち込まずにいられる。ところが、寝不足や疲労、複数のストレスが重なって感情の切り替えができなくなると、家庭のイライラを引きずって、仕事の場面に明らかに影響が出てしまうことはあり得ます」

なぜ「氷河期世代」の上司ほど目立つのか

いわゆる就職氷河期世代を含む40~60代の上司に、うっかり差別発言が目立つという印象を持つ人も多いだろう。年齢と関係はあるのだろうか。

「年齢と差別発言の関連を直接検証した研究は、私の知る限りではありません。ただ、差別発言の背景にあるステレオタイプや認知バイアスについては、多くの研究があります。年齢を重ねれば経験値が上がり、成功体験も積み重なっていく。

一方で、自分が若かった頃とは時代背景が大きく変わっています。すると『今の若者は自分の頃と比べて働かない』『働き方改革に守られている』『ゆとり教育の世代だ』といったステレオタイプが、普段から少しずつでき上がっていく。世代が変われば、多かれ少なかれ生まれてしまうものです。ただ、こうしたバイアスが根底にあると、若手との世代差が広がるにつれて、うっかり発言のリスクが高まる可能性は十分にあります」

「年を取ると怒りっぽくなる」という通説とも、根はつながっているそうだ。

「加齢に伴って抑制機能が低下する可能性や、長年の経験によって形成されたステレオタイプの影響を受けやすくなることは考えられます。ただ、脳の働きは個人差が非常に大きいので、むしろ注目したいのは思考の柔軟性です。

年齢を重ねると、経験への自信が強まるだけでなく、自分のアイデンティティが経験に紐づいて、柔軟に考えることが難しくなっていきます。脳の神経細胞は、経験や記憶によって思考を形成していて、脳は新しい経験や学習によって神経回路が変化していく性質(可塑性)を持っています。

ところが、それをやろうと思わなくなると、『物事はこうあるべきだ』という主張が強くなり、それに反するものを受け入れがたくなるんです。人間はどうしても、自分が経験したことを中心に考えてしまう。社会心理学では「視点取得(Perspective Taking)」という考え方があります。発言する前に一呼吸置き、「相手ならどう受け取るか」を想像することで、自動的に浮かんだステレオタイプに流されにくくなることが知られています」

危ない上司の「サイン」と、今日からできる対策

部下の側から、「うっかり」が出やすい上司を見分ける方法はあるのか。

「一番のサインは、固定観念の強さだと思います。思い込みが強く、自分の世界観や考えを押し付けがち、何事に対しても『こうあるべきだ』という決めつけが強い。そういう人は、自分の考えに反するものを認めない、という形で差別的な発言につながりやすい。

ストレスを常に抱えているかどうかも要素ではありますが、ストレス耐性が高ければ問題にならない場合も多いので、外から見分けるのは難しい。日頃から固定観念が非常に強い、という傾向が一つのサインになり得ます」

では、自分が「うっかり」の当事者にならないためには、どうすればいいのか。板生氏が勧めるのはマインドフルネスだ。

「ストレス対策は山ほどありますが、差別的発言の予防という観点で一番のおすすめはマインドフルネスです。Googleが社内プログラムを作って、ビジネスパーソンに浸透した背景もあります。習慣的に行っていると、決めつけが緩和されて、いちいち感情を挟まずに『そういう考え方の人もいるよね』と受け流せるようになる。思考の柔軟性を高めるきっかけになるんです。

また、衝動性が高い人は、刺激に対して自動的に反応して発言してしまうわけですが、マインドフルネスの習慣には、その衝動性を抑える効果もあります。やり方はいろいろありますが、寝る前に3~5分、呼吸に意識を向けて、静かに自分の内面と向き合う。1日数分でも続ければ、衝動性を抑え、思考の柔軟性を高めるのに有効です。エビデンスも結構あるんですよ」

一方、発言を受ける側にできることは、シンプルだという。

「固定観念が強すぎる人とは、適度に距離を取りながら付き合うしかありません。機嫌の悪そうなときには近づかない、というのも距離の取り方の一つです。あとは、同じことを言われてもひどく落ち込む人もいれば、大して気にしない人もいて、受け止め方の問題も大きい。自分がやりたい仕事に邁進しているときは、多少毒を吐かれても案外気にならないものです。エンゲージメント高く仕事ができていることが、実は最大の防御策だと思います」

会議が立て込み、睡眠が削られ、家庭のストレスも重なる——。うっかり差別発言は、悪意の問題である以前に、疲れた脳の問題でもある。思い当たる節がある人は、今夜寝る前の数分、まず呼吸に意識を向けることから始めてみてはどうだろうか。

【識者プロフィール】

板生研一
WINフロンティア株式会社代表取締役社長兼CEO、東京成徳大学経営学部特任教授。博士(医学)。一橋大学法学部卒業。ソニーを経て2011年にWINフロンティア株式会社を創業。ケンブリッジ大学でMBAを取得し、順天堂大学大学院医学研究科博士課程を修了。自律神経のビッグデータ解析を基に、行動科学の知見を取り入れながら、ストレスや感情制御の研究とサービス開発を手がける。**著書に『なぜ、クリエイティブな人はメンタルが強いのか?』(クロスメディア・パブリッシング)など。

文/桜井カズキ

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大阪府出身、平成5年5月5日生まれ。うっかり就職活動をし忘れ放蕩するも、一念発起して出版社に乗り込み。無事、フリーターからフリーライターになる。その後、ホームレスや自己破産も経験。自身の経験を活かし、社会問題系を中心にさまざまな媒体でさまざまな記事を執筆。日本プロ麻雀連盟39期の麻雀プロでもある。

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