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なぜ、世界的企業は「CSV」が必須なのか?少年期のアントニオ猪木の生活から読み解く

2026.07.09

2020年代から、大企業の間ではCSV(Creating Shared Value 共有価値の創造)がトレンドになっている。

これはハーバード大学経営大学院のマイケル・ポーター教授が提唱したもので、一言で言えば「社会的便益」と「企業利益」を一致させようという経営戦略だ。たとえば、寄付というのはそれ自体が善意の上で成立している。これは企業の利益の一部を割いて行うもので、さらなる利益を呼び起こすものでは決してない。が、CSVは「社会的便益を損ねることは、結果として企業利益を損なう」という前提の理論を土台にしている。

この記事では、世界的食品・飲料メーカーのネスレのCSVについて取り上げたい。ネスレは今でこそCSVを実現させるべき経営戦略として前面に押し出しているが、かつてはコーヒーの生産農園での児童労働や人権を毀損する形態の就労を明らかに黙認していた。

証人は猪木寛至という人物である。

猪木が語った「昔のネスレ」の実態

現在、ネスレはCSVを通じて気候変動問題や再生農業の普及、そして「より良い原材料の調達」などにも力を入れている。

ここで言う「より良い原材料」とは、それを生産する人に対して極力高い収益を約束した原材料という意味も含まれている。以下はネスレ公式サイトからの引用である。


ネスレは、世界中の農学専門家の知見を活かし、コーヒー生産者が高収量を実現できるよう支援しています。10年以上にわたり、農園の効率性と品質の向上と作物の多様化を促すため、剪定やアグロフォレストリーなどの優れた農業実践を教える生産者向け研修を支援してきました。

また、優れたコーヒー苗木を生産者に配布することで、コーヒー農園の改修も支援しています。ネスレは、メキシコやベトナムのような世界中のコーヒー生産者と緊密に連携しています。2010年以降、収穫量が多く病気に強いコーヒー苗木を3億3,000万本以上生産者に配布し、世界中の15万ヘクタール相当以上のコーヒー農園の改修を支援してきました。

(持続可能なコーヒーの調達に向けて ネスレ)


現代人の感覚から見れば、何気ない文章だ。しかし、かつてのコーヒー農園では少しでも初期投資に対する費用効果を上げるため、最盛期よりも収穫量が減少したコーヒーの老木から搾り取るように実を取っていた。その作業を行う従業員に対しては、単純な収穫量で報酬が決まる仕組みを強要する。少ない量の実を従業員同士で争奪させ、無理やり収穫量を上げる仕組みである。

ネスレは、というよりネスレの契約農場はそうした経営を行っていた。

プロレスラーのアントニオ猪木こと猪木寛至は、1957年2月に一家を挙げてブラジルに移住している。さんとす丸(2代目)に乗船してパナマ運河を越え、着いた先で待っていたのは21世紀の文明人の感覚では想像のつかないほどの過酷な労働だった。

猪木は日本の中学校で、中学2年の修了証書をもらっている。これが猪木にとっての最終学歴だったと、本人が公言している。


コーヒーの木は、今はみんな背が低くなっているが、昔は四メートルぐらいある高木だった。梯子をかけないと、実をカゴの中にかき落とすことができない。

その上、五十年たった農園だからどの木も老いていて、枯れ枝には少ししか実がついていない。実が沢山ついていれば、一本の木から一俵ぐらいは豆が取れる。だが、ここでは大木から、一掴みのコーヒーしか取れないのだった。

実を落とすためには枝をしごかなければならない。最初は用意していた軍手をはめて、しごいていたのだが、すぐボロボロになるし、軍手に枝が刺さって使い物にならない。

仕方なく軍手を捨てて素手でしごくのだが、これが物凄く痛いのである。手のひらに棘が刺さって、血が噴き出してくる。それでもしごいていると、やがて皮がズルリと剥け、傷口に棘が食い込む。痛みで涙を滲ませながら、何とか作業を続ける。

それを夕方五時まで十二時間。

(中略)

数日後、夜逃げした家族が撃ち殺されたという話を聞いた。

(猪木寛至自伝 アントニオ猪木 新潮社)


猪木一家がブラジル上陸直後に移住した農場の名は『ファゼンダ・スイッサ』。「スイス人の大農場」という意味だ。土間に板張りの家で、水道もなければ電気もない。トイレすら設置されていなかったと猪木は著書『猪木寛至自伝』で書いている。


ここには一応、労働者の子弟のための学校があった。施設は農園主が住んでいるエリアの中にあって、通ってもよいと言われた。

しかし、私たちの家からそこまでが物凄く遠い。一日の労働が終わって、真っ暗な道を延々と歩いて学校へ着く。だが、教室に座った途端に、体力の限界で眠り込んでしまう。何度か通ったが、結局あきらめざるを得なかった。

(同上)


ジャイアント馬場が新潟で経験した行商人のほうが”ホワイト”だった!

ファゼンダ・スイッサの労働者の賃金は、コーヒーの収穫量で決まっていたという。

となると、家族の頭数が多いほうがより高額の賃金をもらえるという仕組みが自ずと成り立つ。これは言い換えれば、最低限の学校教育を終えていない小学生や中学生も労働力として回さなければ、一家ごと飢えてしまうということだ。

猪木はこの時の労働を「過酷な奴隷労働」とはっきり言っている。そして、ファゼンダ・スイッサは「ネスカフェに関係のあるコーヒー園だった」とも書いているのだ。ネスカフェは、ネスレのコーヒーブランドである。

僅か70年前、世界的大企業と契約関係を結ぶ農園の中にはこのような劣悪な環境下に労働者を放り込む施設も少なくなかった。

「働き方」という21世紀の判断基準をここに当てはめると、誰もが知っている企業の影響下にある施設よりも全くの個人経営の農場や店舗のほうが遥かに働きやすかったという事実が見えてくる。猪木の生涯の敵、ジャイアント馬場こと馬場正平は新潟県三条市の行商青果店の次男である。馬場は小学生の頃から家業を手伝い、自宅の周辺地域の露店市に商品を運んでいたが、それは学校にちゃんと通った上での仕事だった。少年時代の馬場は地元の少年野球チームに所属し、読売ジャイアンツのファンクラブにも入会している。さらには、巨人軍の選手に会うための上京旅行まで楽しんでいる。なお、馬場は高校への進学も果たしている。

日本の地方都市の行商人一家のほうが、大企業と大きく関わるコーヒー農園の労働者よりも持続可能性が保障された生活を送っていた点は注目に値する。

かつては大企業ほど「遅れていた」のだ。

社会的便益=企業利益

そうした過去があることは、現代のネスレの経営陣も当然ながら心得ているだろう。

だからこそ、提唱からまだ15年しか経っていないCSVという経営概念を、どの企業よりも早く取り入れた……と解釈すべきではないか。

猪木がそうであったように、ネスレの契約農園から将来の著名人が登場する可能性は常にある。いや、何かしらの形で将来の著名人になる可能性を秘めた子供たちが存在すると表現するべきか。彼らの可能性を潰すような経営判断は、長期的に見れば企業に大損害を与えてしまう。

その損害を回避するためには、今までと逆のこと——即ち、労働者に適正な報酬を与え、彼らの子弟を学校に通わせることを優先課題にしなければならない。が、それを実現させるためにはコーヒーの木をより収穫量の高いものに植え直す必要がある。そうした発想の連鎖が巡らされると、結果として「農園への設備投資」が最重要事項として浮上するのだ。

社会的便益は、それ自体が企業利益を意味する。こうしたコンセプトを内蔵するのがCSVという最新の経営概念である。

参考
共通価値の創造 私たちのアプローチ ネスレ
持続可能なコーヒーの調達に向けて ネスレ
猪木寛至自伝 アントニオ猪木 新潮社
王道十六文 ジャイアント馬場 ジャイアントサービス
巨人軍の巨人 馬場正平 広尾晃 イースト・プレス

文/澤田真一

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1984年生まれ。静岡市生まれ相模原市育ち。グラップリング歴20年超。世界のスタートアップ情報からガジェットレビュー、Apple製品、キャッシュレス決済、その他諸々のジャンルの記事を執筆。

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