100年もの間、日本の映画づくりを支え、現在も映像文化を世界に発信しつづけている東映京都撮影所。「撮影所一番の古株」を自認している高橋 剣さんに、京都で映画文化が育まれてきた背景などについて玉川徹さんが話を聞く。

東映太秦映画村 高橋 剣さん
1964年生まれ。大学在学中は年間400本以上の映画を鑑賞。1987年から東映京都撮影所に勤務。京都ヒストリカ国際映画祭実行委員会のプログラム・ディレクターとしても活躍中。
時代劇制作を支えつづけること約100年!
太秦にある東映京都撮影所の今を取材
玉川 今回は、今年春に新しく生まれ変わった東映太秦映画村にやってきました。同施設内にある東映京都撮影所は、日本最大級の撮影所としての歴史があるとのことですが、なぜ京都に映画の撮影所ができたのでしょう。古い寺が多く、時代劇の撮影に適していたとか?
高橋 おっしゃったことを含めて、諸説あると言われています。中でも私が有力視しているのは、明治時代にパリへ留学していた稲畑勝太郎が、人を集めて鑑賞する映画を発明したリュミエール兄弟と出会い、シネマトグラフを京都に持ち帰ったから……という説です。
玉川 そんな説があったとは知りませんでした。今回来ている東映京都撮影所の誕生には、当時の大スター〝阪妻〟こと阪東妻三郎が関わっていたそうですね。
高橋 1926年、当時24歳だった阪東妻三郎が太秦の竹藪を切り拓いて撮影所を作りました。京都には材木が豊富にあり、セットに使う〝書き割り〟が潤沢に使えました。役者や撮影関係者がこの辺りに住み着いたこともあり、映画文化が京都に根付いていったようです。
玉川 そんな撮影所を映画村として一般公開に踏み切ったのは、テレビの強い影響があったからなのでしょうか?
高橋 はい。大映京都撮影所で制作された黒澤明監督の『羅生門』が世界中でヒットするなど、1950年代前半に日本映画は黄金期を迎えました。その後、テレビの影響などによって映画の制作が落ち込んだことを受けて、映画撮影をライブ見学できる「東映太秦映画村」を1975年にオープンさせたのです。
玉川 東映太秦映画村ができて以降も、京都映画撮影所としては時代劇の制作にずっとこだわってきたわけですね?
高橋 当初は時代劇ばかりでしたが、1970年代以降はテレビ番組を制作することが多くなり、任侠映画をはじめとする現代劇も撮るようになりました。最近ではテレビ朝日のレギュラー番組『科捜研の女』シリーズも撮影しているものの、時代劇と現代劇の割合は8対2です。
2024年にリニューアルした京都撮影所


奥行きを出すパース設計により、街並みが遠くまで続くように見えるほか、建物には古くから存在するようなエイジング加工を施す。建物2階の窓を小さくしたのは、高さを錯覚させられるようにするため。船着き場でのシーンが撮影可能な池も用意。
撮影本数は減っても映像技術は向上を続ける
玉川 もともとテレビドラマは好きなのですが、最近は特に時代劇が好きになっています。よく言われる「年齢を重ねたから」という理由では説明できないくらいの変化で、自分でも不思議なほどです。シナリオだけでなく、映像や音声なども含めた総合作品としての質が高いと感じていて。「こんなにおもしろかったのか」と、毎回、新鮮な気持ちで見ていますよ。
高橋 ありがとうございます(笑)。どんな時代劇をご覧になっていますか?
玉川 新旧を問わず、幅広く見ています。昨年放送されたNHK大河ドラマの影響で、江戸が舞台の時代劇のおもしろさを知りました。こちらで撮影されたテレビの時代劇のうち、特に有名な作品は?
高橋 玉川さんよりも2歳年下の私が東映に入社した1987年には『暴れん坊将軍』『遠山の金さん』『長七郎江戸日記』『銭形平次』『大岡越前』『水戸黄門』などを撮影していました。
玉川 そうそうたる作品ですね。テレビで放送されてきた時代劇のほとんどじゃないですか。ちなみに『暴れん坊将軍』を毎朝4時からテレビ朝日で放送していて、同社の早河代表取締役会長が欠かさずに見ていると聞きました。そんなテレビの時代劇制作を含め、こちらの撮影所全体の稼働率はいかがでしょうか?
高橋 1987年当時は全部で11班が同時並行して動くという〝粗製乱造〟のような体制だったのに比べて、今では多くても3班。最大時の半分未満です。
玉川 〝粗製乱造〟とおっしゃった当時の、例えば『必殺仕事人』シリーズでは、フィルムで撮られていたのにも関わらず、あんなに映像が粗いのかと驚かされます。それに比べて最近の時代劇はとても映像が美しく、作品のクオリティー自体はものすごく高くなっていますね。
高橋 1970年代にテレビで放送されていた時代劇には、いわゆる〝黄金期の輝き〟を感じる一方、今の作品はフィルムをデジタル化する際の費用を惜しまず、映像の解像度は格段に上がっているのは確か。2024年には撮影所のオープンセットをリニューアルしていて、複数の撮影を同時に行なえるようになるなど、進化してきました。そのような撮影所から生まれた作品を玉川さんに評価してもらえるのは、大きな自信になりますね。
玉川 今後も、こちらで生まれる時代劇が楽しみですね。次回は没入感をテーマにリニューアルした太秦映画村について話をお聞きしたいと思います。
東映京都撮影所では京都における映画文化の発展・継承に尽力!


阪東妻三郎氏によって創設された撮影所が起源。1960年以降に日本映画と時代劇が低迷した際に、当時社長だった高岩淡氏は「東映は潰れても撮影所は残す」という思いで映画村を設立。撮影所自体もニーズに合わせて柔軟に変化しつづけ、日本文化の発信や伝統を継承する役割も担っている。
今月の取材で理解を深めた映画文化の歩みとアップデートの状況
■ 日本の映画文化が京都から始まった理由は諸説あると言われている
■ 時代劇の全盛期には現在の3倍以上に及ぶ制作班が稼働していた
■ 近年の時代劇は音や映像の向上が目覚ましい
■ オープンセットのリニューアルが進み撮影現場自体も進化
今回のまとめ
この前、こちらの撮影所で制作された映画『木挽町のあだ討ち』を鑑賞しました。映画館の大きなスクリーンで見ると、例えばライティング方法が昔の作品とは全然違う。江戸時代当時における家中の光が再現されていて、江戸の屋敷にいる没入感を得られるような映像でした。そのような作品に仕上がったのは、高橋さんの話によると、2024年に完成したセットを源孝志監督がしっかりと生かし、映像技術を総結集させた結果だそうです。撮影所の現場に立ってみると、実に様々なアップデートが見て取れました。熟練のスタッフもいて、役者さんが「ここでは安心して演技できる!」と言われるのも納得です。小道具なども文化的価値のあるものばかりでした。

玉川徹さん
テレビ朝日系、朝の情報番組『羽鳥慎一モーニングショー』のレギュラーコメンテーターとしておなじみ。パーソナリティーを務めるレギュラー番組『ラジオのタマカワ』(TOKYO FM / 毎週木曜日11:30 ~13:00)が大好評オンエア中!
取材・文/柿川鮎子 撮影/佐藤信次 編集/田尻健二郎 資料提供/太秦映画村・映画図書室




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