生成AIの活用が企業競争力を左右する時代になり、いま問われているのは現場社員だけではなく、企業の意思決定を担う経営層のAIリテラシーだ。
この社会課題に対し、博報堂DYホールディングスが始めたのが、若手社員が社長や役員にAIの使い方を教える「AIメンタリング」制度。通常とは逆転した”若手が教え、経営層が学ぶ”というユニークな取り組みは、世代間の壁を越えながら組織全体のAI活用を底上げする新たなモデルとして注目を集めている。
通常のメンタリングとは立場が「逆」に
博報堂DYホールディングスは昨年から若手社員が社長を含む経営層に向けて、AIの使い方を教える「AIメンタリング」制度を開始した。若手が経営層を教える、普通とは上下関係が逆転することから、この取り組みは「逆メンタリング制度」とも呼ばれている。
この一風変わった取り組みについて、自らも博報堂DYホールディングスの代表取締役社長・西山泰央氏をメンタリングした博報堂DYコーポレートイニシアティブの松井一哲さんに話を聞いた。

「現場にいる若手社員と経営層とでは生成AIに対して大きなギャップがあります」
現場は生成AIを積極的に業務に活用をして、効率化・高度化を進めているにもかかわらず、経営層はいまだに生成AIを断片的な理解しかしていない。これは多くの企業で共通している課題だ。
「この課題に対し、博報堂DYホールディングスでは、『AIメンタリング』制度として若手社員が持つ生成AIのノウハウをダイレクトに経営層に教えることで、企業全体のAIリテラシーを向上させる取り組みをはじめました」
この制度を考案したのは、2024年、博報堂DYホールディングスに新設されたばかりのCAIO(最高AI責任者)の役職に就く森正弥氏。経営層と若手社員、両方の事情をよく知る人物が両者をつなぎ合わせた。社内のAIに精通した若手社員を集め、「AIメンタリング」制度を開始。松井さんもその1人だった。
「私の担当だった西山社長は、新しいことに貪欲なタイプだったので『待ってました』と言わんばかりのかなり前向きな姿勢で協力してくれたのでかなり助かりました」
一方で、他の若手メンターは苦労したケースもあったそうだ。
「経営層の生成AIリテラシーは、かなり差がありました。普段デジタルツールを自ら操作する機会が少ない役員や、ハルシネーションという言葉に反応して 生成AIに懐疑的な役員などさまざまでした。また、生成AIを『検索ツール』と考えている方も多かったですね。チャット欄に『経営 課題 解決策』と検索エンジンのように入力してしまう。まずは”AIと対話する”という発想から共有する必要がありました」
AIリテラシーとは”AIとのコミュ力”
松井さんの場合、週に1回1時間、全12回のメンタリングを実施した。
「AIリテラシーを高めるためにAIと1ヶ月で100チャットを目指してもらいました。月20日勤務と考えると、1日5チャット換算。精巧なプロンプトの作り方や生成AIの得手不得手といったテクニックやロジックではなく、実践を優先しました」
意外にも、その方法は効果てきめんだったという。
「人と接するときも、『この人にはこう聞くと伝わりやすい』『こういう言い方をすると良い反応が返ってくる』という感覚がありますよね。生成AIもそれと同じで、毎日対話を重ねるうちに自然とコツが身についていくんです」
その変化は、わずか1カ月ほどで表れ始めた。
「最初は検索エンジンのように単語だけを入力していた方でも、1カ月後には若手の私たちが『なるほど!』と思うような、いいプロンプトを書かれるようになっていました」
松井さん自身は、AIリテラシーとは高度なプログラミングスキルやコードを書く能力ではないと話す。
「大切なのは、AIに何を聞きたいのかを整理し、欲しい答えを引き出せることです。生成AIを上手に使える人は、難しい技術を知っている人ではなく、AIとの対話が上手な人なんです」

経営層こそ生成AIの効果を最大限に発揮できる
松井さんは、生成AIは単体で価値を生み出すものではなく、「使う人間の知識や経験との掛け算」で成果が決まるツールだと話す。
「生成AIは知識がゼロの人を急に優秀にしてくれる魔法ではありません。むしろ、これまで培ってきた経験やノウハウがある人ほど、その価値を引き出せます。本来であれば、さまざまな業界や企業で長年経験を積んできた経営層こそ、AIとの相性がいいんです」
だからこそ、「AIメンタリング制度」の目的は、若手社員が経営層に知識を”教える”ことではない。経営層が持つ豊富な暗黙知や経験と生成AIを結び付け、その力を最大限に引き出すことにあった。
その変化は、実際の業務にも表れ始めている。
「ある役員は、打ち合わせの前にAIへ『これから○○社の○○さんと会うんだけど、どんな話題や質問をすると喜んでもらえそう?』と相談していました。AIはさまざまな公開情報を踏まえながら、相手の関心や話題の候補を整理してくれる。以前なら思いつかなかったような視点も得られるので、いまではAIを相談相手やパートナーのように活用しています」
博報堂DYホールディングスの取り組みは、AI時代に企業が競争力を維持するための新たな人材育成の形を示している。「若手が教え、経営層が学ぶ」という発想の転換は、AI時代の組織づくりにおける一つのモデルケースといえるだろう。

松井一哲(まつい かずあき)さん
株式会社博報堂DYコーポレートイニシアティブ DX推進室
2004年博報堂入社。カスタマーマーケティングプラナーとしてキャリアをスタートし、「カンヌライオンズ シルバー」をはじめ国内外の広告賞を多数受賞。その後、博報堂生活総合研究所でのナレッジビジネス開発を経て、現在は博報堂DYコーポレートイニシアティブでAIによる変革をけん引する。2025年度は、「People Innovation Awards 2026」グランプリ·テーマ賞ダブル受賞をはじめ、CIO Japan「CIO 30 Awards(AI部門)」受賞、IT賞(企業情報化協会)優秀賞·「Super SE 100人衛(第12期)」選出、「GenAI HR Awards 2025」準グランプリなど、計5賞を受賞·選出。
取材・文/DIME編集部、撮影/木村圭司




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