「相談料・ドリンク代無料」「完全予約制」「マンツーマン」の転職相談BAR
その看板を見たのは、横浜駅近くの居酒屋で飲んだ帰りのこと。駅に向かって鶴屋橋を渡ろうとした時に顔を上げたら、「転職するならBARに行け!」という看板が目に飛び込んできた。酔っていたこともあり、何かの読み間違いかと思ったが、何度見てもそうとしか読めない。
あまりに気になり、帰宅してから「転職相談BAR」で検索してみると、運営しているのは「株式会社LIAスタッフィング」という会社。飲食会社かと思いきや、労働者派遣事業や有料職業紹介事業などがメインで、国の認可を受けているちゃんとした会社のようだ。そうなると逆に、「そんな会社がなぜ、こんな怪しげなバーの運営を…?」というさらなる疑問が浮かぶ。
そこで実際にお店にうかがい、疑問点についてズバリ、答えてもらった。以下は、記者の質問に対する運営会社の代表取締役である梅本翔太氏の回答だ。
Q 「転職相談BAR」って、何?
転職相談BARは、店舗経営者や人材会社役員、国家資格を取得しているキャリアコンサルタントといった転職のプロと、ドリンクを片手に、本音でキャリア相談ができるバーです。完全予約制のマンツーマン形式で、相談料もドリンク代もすべて無料。リラックスした雰囲気の中、グラスを傾けながら、きれいごと抜きの本音で相談できる場として、今年1月にオープンしました。
Q 運営会社はどんな会社で、なぜこのBARを始めたの?
転職相談BARを運営しているのは、私が個人事業主として2020年10月に設立したLIAグループです。LIAグループは横浜を拠点に美容サロンを7店舗ほど、買取専門店を15店舗ほどと、いろいろな業態の“店舗ビジネス”を展開しています。3年前ほど前、それらの店舗ビジネスが軌道に乗った段階で、人材会社株式会社LIAスタッフィング」を立ち上げました。私は会社を設立する前に人材ベンチャー企業の創業メンバーとして法人営業に従事しており、会社設立後は経営者としても人材開発に深く携わっていたので、「人材」と「店舗」を掛け合わせて何かできないかと考えたのが、「転職相談BAR」です。
転職相談BARを始めようと思った理由は大きく3つあります。
ひとつは、求人広告や人材紹介、エージェントを使って採用しても、面接の場だとなかなかお互いに本音が出てこないと感じていたこと。実際にあった例ですが、弊社に面接に来た女性が「接客が好きで、人と話すのが大好きです」と言うので「それはいい」と採用したところ、入社初日に「実は人間が嫌いで、接客は本当はやりたくない」というのです。「内定が欲しくてつい、その場で喜ばれそうなことを言ってしまった」と。
つまり今の転職市場は、自分に合った仕事を探すというよりも、内定を取って入社することがゴールになってしまっている。でも本来は、もっと本音で腹を割って話して、入社後に一緒に価値を生み出していくことの方が大事なはずですよね。だったら、会議室で形式的な面接をしている場合じゃない。もっと自然に、本音で話せる場が必要だと思い、「横浜でバーをやれば自然と人が集まるし、お酒を飲みながらなら本音を話しやすいのでは」と考えたのです。
もうひとつの理由は、転職するかどうかも決まっていない段階から、プロに本音で相談できる場が必要だと考えたからです。そもそも日本には、仕事について本音で相談できる場所が意外とありません。ハローワークや大手転職エージェントも含めて、多くの場合「転職すること」が前提で話が進みます。でも実際に一番悩むのは、「転職するべきかどうか」という段階です。友達に相談することもできますが、年収や業界の実情、企業の内情といった踏み込んだ話はなかなかできないし、そもそも詳しくないことも多い。私自身25歳で独立するまでに7~8回転職していますので、働く側としてもさまざまな迷いも経験してきましたし、失敗もしてきました。たからこそ、本音で話せる相手と一緒に仕事を考えていくことの重要性を実感しています。
また私は、データを右から左に流すだけの効率重視のマッチングに疑問を持っています。条件だけでのマッチングなら、正直個人でもできるはずです。それで高い紹介料が発生するのはおかしい。しかも実態としては、社会人経験が浅い担当者が機械的に対応しているケースも少なくありません。だからこそ、この業界に一石を投じたいという思いも、「転職相談BAR」には込めています。
Q 普通の転職エージェントとどう違うの?
一般的な人材エージェントは、基本はオンライン面談か電話で、短時間のヒアリングをして、とにかく効率的に数をこなすことを重視しています。求人をどんどん紹介して、回転させていく。それが今の主流です。ですからエージェントに登録するとすぐに電話がかかってきて、15分ほどヒアリングされて、「この人は決まりそうだな」と判断されると面談が組まれる。つまり、「悩みに寄り添う」という発想があまりないのです。自分がやりたいことが100%決まっている人は、エージェントを使って効率よく転職するのがベストでしょう。ただ、「どうしようか」と悩んでいる人は、転職エージェントの高速オペレーションに巻き込まれる前に、ワンクッション置いて、自分がやりたいことを見つめ直した方がいい。
自分の中で軸が曖昧な状態だと、どうしても“転職迷子”になってしまいますし、その結果転職に失敗した場合のダメージは大きい。限られた人生の大事な時間を、そうしたミスマッチで無駄にしてしまうのは本当にもったいないですよね。それ以降の転職活動のマイナスになるばかりでなく、企業だって安くないコストを払って採用したことが無駄になります。だからこそ「失敗」は限りなくゼロに近づけるべきだと思っています。
Q なぜ無料で相談をしてもビジネスとして成立するの?
理由はとてもシンプルで、BARと言いつつもいわゆる一般的な転職エージェントと同じビジネスモデルだからです。私たちは人材会社も運営しているので、日本全国で約2万の求人を保有しています。業種・職種も幅広くカバーしているため、プロとして「この仕事が合いそう」「この会社がおすすめ」といった提案ができます。そこから求職者の方が興味を持ち、実際に入社に至れば、起業からいただく紹介料が収益になる。だからこそ、相談自体は無料で提供できるわけです。
ビジネスとしても、これはかなり優れたモデルだと初月で確信しました。紹介料の相場は年収の約35%ですから、1人の入社が決まると100万円以上の売上になるケースが一般的で、毎月数件の成約でも、十分な売上が立ちます。一方で、「転職相談BAR」の店舗自体は3坪ほどの小さなスペースで、家賃も18万円程度。看板を見て検索して来店される方が多いので、集客コストは一般的な転職サービスの4分の1ほどに抑えられています。
また業界のルールとして、紹介後すぐに辞めてしまった場合の返金規定もありますが、うちから企業に紹介した20人以上の方々は今のところ一人も辞めていません。「入社がゴールではなくスタート」という前提で関わっているからこそ、定着率の高さにもつながっていると感じていますし、転職希望者・企業、双方の満足度の高さを実感しています。
Q 今までどれくらいの人が訪れて、その中の何人が転職に成功したの?
実は当初は、半分テスト営業のつもりで、軽い気持ちで始めました。ですから1月にオープンした時は「月に5人来てくれればいいかな」くらいの感覚でしたが、蓋を開けてみると、1月だけで65人、2月は75人。それ以降も、毎月70人以上の方に来ていただいています。完全予約制ですので、タイミングによっては満席になり予約がとれない日もあるほどです。新規の方も多いですが、「何回でも来ていい」というスタイルにしているので、リピートで来店される方も一定数いらっしゃいます。正直、ここまで人が来るとは思っていませんでした。
ただ、来てくださる方は「転職するかどうか悩んでいる段階」の人が多いので、全員がすぐ転職するわけではありません。「今はそのまま残った方がいい」とアドバイスするケースもありますし、そもそも転職はそんなにすぐ決めるものでもないと考えています。今は準備を進めている方や、選考に進んでいる方も多いですが、それでもコンスタントに、だいたい数人に1人くらいのペースで決まっています。
Q どんな人が相談に来るの?
平均年齢は31歳くらいで男女比は6:4で女性がやや多く、実際に転職に成功している方の比率も7:3で女性が多い傾向です。なぜ女性が多いかというと、女性の方が従来のエージェントサービスに対してハードルを感じている側面があるのではないかと思っています。
女性は男性よりも“営業的な圧”を敏感に感じ取りやすく、例えば頻繁に電話がかかってきたり、明らかに企業側の意向に誘導しようと感じてたりすると、距離を置いてしまうケースもあるのではないかと。一方で男性は、効率重視でどんどん話を進めていくスタイルの方が合う人も多い印象です。
正直、始める前は「退職代行を使ってしまうような、気が弱くて一歩踏み出せない人が多いのでは」と想像していた部分もありました。でも実際にお話をさせていただいた実感としては、ほぼ100%がしっかり自分のキャリアを考えている仕事に対する意識が高い方で、その点はいい意味で裏切られました。考えてみればそもそも、ご自身の貴重なプライベートの時間を使って仕事の相談に来ているわけですから、当然と言えますが・・・。
また、予約のハードルをあえて少し高くしていることも、仕事に対する意識が高い方が多い理由かもしれません。無料だからといって、冷やかしのような来店が増えてしまうとビジネスとして成立しませんし、こちらも本気で向き合いたいから、事前にある程度の情報を入力しないと予約できない仕組みにしています。そのハードルを越えて来てくださる方は、真剣に前向きに考えている方だと分かるので、結果的に質の高い出会いにつながっています。
加えて、こういう新しい業態に興味を持って「試しに行ってみよう」と考えて来店するわけですから、当然、自発的に動ける、チャレンジ精神のある方が多い。実際、企業の方からも「こんな人、どうやって出会ったんですか?」と驚かれるような方が多いのも特徴です。
Q 今後の展望は?
今後は、各地に店舗を増やしていきたいと考えています。というのも、このサービスで一番大事にしているのは「対面で話すこと」だからです。オンラインではなく、実際に会って、本音で話せる場をつくることに価値がある。だからこそ、この“キャリアのインフラ”のようなものを、日本中に広げていきたいと思っています。
現状は横浜店1店舗ですが、都内にもう1店舗、開店する予定です。ゆくゆくは東京だけでなく、福岡や名古屋、大阪といった主要都市にも展開していきたい。さらに言えば、単なる店舗展開というより、「リアルで相談できる場所」が当たり前にある状態をつくりたいんです。人がキャリアに悩んだとき、気軽に立ち寄れて、本音で話せる場所がある。その状態を全国に広げていくことが、これからの目標です。
取材協力/株式会社LIAスタッフィング
取材・文/桑原恵美子
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