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なぜ「回復」にお金を払うのか? 経済ライターが解説するリカバリー市場急拡大の裏側

2026.06.30

かつて疲れを癒やす手段といえば、週末のマッサージや温泉旅行といった「たまの贅沢」が主流だった。しかし今、癒やしのあり方は大きく変わりつつある。

わざわざスパや整体などへ出かけてケアをするだけでなく、リカバリーウェアや、より良い睡眠を取ることを目的とした食品、日用品や家電など、寝ながら・暮らしながら回復するための商品が相次いでヒットしているのだ。

一般社団法人日本リカバリー協会によると、「リカバリー(休養・抗疲労)」市場は2025年に約7.6兆円規模だったと推計され、2024年の約6兆円か1.27倍に拡大した。また2030年に約14.3兆円、2035年に21.1兆円へと成長すると予測している。これを商機と見て、アパレル、食品、寝具、家電、日用品など多角的な業界からの参入が相次いでいる。

「疲れている」が当たり前の国、日本

背景にあるのは、やはり慢性的な疲労や睡眠不足だろう。OECD(経済協力開発機構)の調査では、日本人の平均睡眠時間は7時間22分とされ、調査対象国の中でも最短水準にあることが指摘されている。

仕事によるストレスや過労だけでなく、現代はSNSや動画視聴、ゲームなど、時間を消費するコンテンツにあふれている。ベッドにスマートフォンを持ち込み、暗闇の中で強い光を浴びながらネットサーフィンをしてしまう人も多いのではないだろうか。さらに気象庁のデータによれば、夏の平均気温は長期的な上昇傾向にある。最近では「通勤だけで汗だくになる」「暑さで十分に寝られない」といった声もよく聞かれる。

こうした疲労を溜めやすい環境を背景に、人々の消費対象そのものも変化している。

かつてはブランド品や自動車、高級家具など、良いものを「所有すること」自体に価値が置かれる「モノ消費」の時代だった。その後、旅行やライブなどの体験を楽しむ「コト消費」が広がったが、近年さらに存在感を高めているのが、自分の状態を整えるための「コンディション消費」だ。睡眠、美容、メンタルケア、腸活、ジムやピラティス、サウナ、プロテインなどはすべて、「今より元気な自分になること」を目的とした支出といえよう。

今の時代は、「体力を買う」「疲労回復を買う」という考え方が広く受け入れられている。例えば、睡眠時間を30分延ばすことは難しくても、より深く眠れる寝具やウェアを購入することはできる。毎日整体へ通うことは現実的ではなくても、自宅で着るだけのリカバリーウェアなら無理なく継続しやすい。

市場を牽引するTENTIALの躍進

この流れを象徴する企業がTENTIAL(テンシャル)だ。同社はパジャマとして着用するリカバリーウェア「BAKUNE(バクネ)」を主力商品に据え、ここ数年で急速に知名度を高めた。一般医療機器として届出された特殊繊維を用いているという信頼感と、「着て寝るだけ」という分かりやすさが特徴だ。

同社によれば、BAKUNEは2025年12月時点で累計200万セット以上(枚数ベースで400万枚)の販売実績を誇る。今2026年8月期は会社の想定以上にBAKUNEの売り上げが好調に推移しているといい、期初に計画していた業績を上方修正。売上高331億円、営業利益38億円を計画しており、勢いは数字に顕著に表れている。間違いなく、リカバリーウェアの概念を一般に広めた立役者と言えるだろう。

振り返れば、現在のリカバリー市場の土壌を作ったのは、数年前に社会現象となった「ヤクルト1000」を筆頭とする睡眠サポート飲料の爆発的ヒットだった。1本数百円の飲料で「睡眠の質を買う」という手軽な体験が、回復へ投資するという新しいライフスタイルを浸透させた。これにより数万円のパジャマや通常品よりも高い飲食料品などを買うことへの心理的ハードルが下がったとみられる。

また、リカバリー市場拡大の中心にあるのは、「健康のために何かを我慢する商品」ではない。ヤクルトを飲む、パジャマを着て寝るといった日常生活に自然に溶け込みやすい商品からトレンドが連鎖していった点こそ、この市場が急拡大を遂げた最大の本質と言えるだろう。

筆者も「回復」にお金を払ってみた

市場が伸びているリアルな理由を探るべく、筆者自身も実際にいくつかのリカバリー商品を試してみた。まず着用したのは、BAKUNEよりも先に「世界初のリカバリーウェア」として発売された「VENEX(ベネクス)」だ。

正直に言えば、「翌朝劇的に体が軽くなった」といった劇的な変化をすぐに感じたわけではない。しかし、数日着て寝ているうちに、「なんとなくよく眠れた気がする」「寝汗をよく吸収してくれて、寝つきが良い気がする」と感じる日が増えていった。

この「なんとなく効いている気がする」というじんわりとした感覚こそ、リカバリー商品の広がりを考えるうえで重要ではないだろうか。疲労は医薬品などを飲んで即座に消し去ることができるものではない。毎日少しずつコンディションを整え、その積み重ねによって翌日のパフォーマンスを維持することに価値がある。だからこそ、「着るだけ」という圧倒的な手軽さが支持されているのだろう。

次に試したのが、飲料メーカーのヤマモリが展開する、睡眠をサポートする機能性表示食品「GABA100 睡活ビネガー」。

数年前に一世を風靡した「ヤクルト1000」を飲んだときは、たしかによく眠れる感覚があったものの、個人的には糖質やカロリーの高さ、甘さが気になり習慣化には至らなかった。だが、ヤマモリの「睡活ドリンク」は30ml当たり3kcal、脂質0g、糖質0.5gと低カロリー、低脂質、低糖質な点が特徴となっている。

希釈用のりんご酢飲料ということなので炭酸で割って飲んでみると、砂糖不使用だからかすっきりと飲みやすい。友人から勧められて半信半疑で試した商品だが、普段より深く眠れたような心地よさがあり、「これなら無理なく続けられる」と思えた。

もちろん、こうした商品には個人差があるし、よく眠れた要因はその日の運動量や入浴時間など複合的なものかもしれない。それでも、「少しでも疲れを減らしたい」「健やかに明日に備えたい」という現代人の切実な心理に寄り添う商品設計になっていることは、身をもって実感できた。

リカバリー市場を広げた「4つの追い風」

では、なぜリカバリー市場はここまで急速に広がったのか。筆者はその要因として、日本の社会構造に根ざした「4つの追い風」があると考えている。

(1) 社会の高齢化

年齢を重ねるほど、疲労回復には時間がかかるようになる。労働世代の平均年齢も上昇する中、「翌日に疲れを残さない」ことへのニーズは必然的に高まっている。

(2) 深刻な人手不足と「健康経営」の普及

労働人口の減少が続く日本において、一人ひとりの生産性向上は死活問題だ。企業の間でも「健康経営」や「ウェルビーイング経営」が広がり、社員の睡眠や健康を経営課題として捉える動きが進んでいる。実際、BAKUNEを福利厚生や社内施策として導入する企業も増えており、「社員のコンディションが企業価値に直結する時代」が到来している。

(3) 猛暑の常態化

近年の日本の夏は過酷を極める。日中の高温は体力を奪い、夜間の熱帯夜は睡眠の質を著しく低下させる。単なる暑さ対策グッズにとどまらず、「奪われた体力を翌日に持ち越さない」ためのリカバリー需要が夏場にも急増している。

(4) アスリート向け技術の「一般消費財化」

かつてリカバリーウェアやリカバリーサンダルは、トップアスリートやランナーが運動後の筋肉疲労を効率的に抜くための「専門的な道具」として認知されていた。

しかし、デスクワークの長期化による首・肩の凝りや、精神的ストレスによる自律神経の乱れ、日常的な疲労感など、一般消費者が抱える不調に対しても「科学的なアプローチでのケアが必要」という意識が広がっている。専門技術を用いた商品が、会社員やシニア層の日常の体調管理を目的とした一般消費財へとスムーズに移行し、市場のパイが爆発的に拡大することとなった。

「疲れてから治す」から「疲れないために投資する」へ

興味深いのは、リカバリー商品の本質的な価値が「治療」ではなく「予防・コンディション維持」にある点だ。体調を崩してから医療費を払うのではなく、崩さないために日頃からライフスタイルに投資する。この考え方は、近年注目される予防医療やウェルビーイングの思想とも完全に合致する。

今後はAIの普及によって、デスクワークや知的労働の効率化がさらに進むだろう。しかし、どれだけテクノロジーが進化しても、人間の体力や睡眠、肉体のリカバリーをAIが代替することはできない。だからこそ、これからの時代は自分自身のコンディションそのものが最大の競争力になる。その基盤を維持するための商品に、お金を払う人は今後も増え続けるはずだ。

文/田中節子

公務員として社会保障に携わった後、経済系媒体で記事執筆、編集を経験。手がける分野は食や嗜好品から教育、行政、マネーまで。留学経験などから、欧州の文化や社会動向にも親しみがある。

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