キリン & アディダス
2大スポンサーと日本サッカー共創のヒストリー
長期的な支援で日本サッカーをけん引してきた両社。企業とスポーツが共に継続的に発展する「エコシステム」はいかに構築されたのか。強固なパートナーシップの歴史をたどっていく。
1978年〜80年代
「ご近所」がきっかけでスタート
日本サッカー史を動かしたスポンサー契約。その発端は、キリンとJFAのオフィスが「JR山手線を挟んで向かい側」という偶然から生まれた、奇跡のビジネスチャンスだった。

歴史が動いた原宿のオフィス
1978年当時のキリン本社ビル。線路を挟みJFAのオフィスがあったことで、交流が生まれ、世界へ羽ばたく支援へと繋がった。

世界進出の起点。キリンとの共創
1978年、「ジャパンカップ(現在はキリンチャレンジカップに改称)」が誕生。
1990年代
本格的な〝代表戦〟への移行
「真の国際試合」へ。90年代、キリンカップ(サッカー)はクラブチームとの対戦から国を背負う代表同士の戦いへ移行。本場のプレッシャーを体感する強化戦略が、日本サッカーを覚醒させた。
1999年

アディダス、サポート開始
1999年、アディダスとの独占契約が始動。この初代モデルは、ワールドユース準優勝など、確かな結果をもたらした。
2000年代
頂点へ導いた〝なでしこ〟強化策
男子の躍進を経て支援の輪は女子代表へ。キリンチャレンジカップは〝なでしこ〟が世界の強豪と対峙する実戦の場を創出し、2011年の頂点へと繋がる確かな布石を築いた。
2002年 日韓大会

逆さ富士を模したデザインに、高温多湿対策の二重構造を採用。デザインと機能性を両立させ、世界水準のパフォーマンスを引き出した。
2006年 ドイツ大会

日本の伝統と技術力の象徴「日本刀」をイメージした2006年版。世界で戦う日本企業の精神にも通じる刃文のデザインが刻まれている。
2010年代
強豪撃破の実績と初の海外開催
強化戦略が成果として結実。2010年にはアルゼンチン代表に初勝利、さらに国内開催に限定されていたキリンチャレンジカップを海外組増加という状況に合わせて、海外で初開催するなど、新たな挑戦が始まった。
2010年 南アフリカ大会

機能が異なる2タイプから好みで選べる選択制を導入。変革を象徴するデザインとともに、なでしこのW杯で歴史的な成果を創出。
2014年 ブラジル大会

チームのまとまりを象徴する「円陣」がコンセプト。背面のラインは結束の輪を、左胸の11本の線はピッチへ散る選手たちを表現。
2018年 ロシア大会

日本の伝統である着物をモチーフに、深く濃い藍の「勝色」を採用。首元には日の丸の赤を表現する「ビクトリーレッド」を配置。
2020年代
日本代表には海外組がずらり勢ぞろい
2025年にブラジルから初勝利を挙げ、W杯優勝がいよいよ現実味を帯びてきた。夢から現実的な目標へと移行した日本代表の頂点を目指す戦いはこれからも続く。
2022年 カタール大会

山と谷を重ねて作り上げていく「折り紙」がコンセプト。数々の試行錯誤を成長の糧とし、世界における勝利と歓喜を強く求めた2022年モデル。
2026年 カナダ・メキシコ・アメリカ大会

ホームユニフォームの海と空が交わる「水平線」デザインには、次なる地平を見据えるビジョンを投影。背後の首元に配置した日の丸には、世界と戦う覚悟を宿している。
アウェイのユニフォームも人気!

多様な個性を11色で表現した、普段使いにも最適なデザイン。個の力を束ねるというチームの姿と、初のモノクロエンブレムという革新性で、すでに大人気!







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