実は「正社員は必ずフルタイムでなくてはいけない」という法律上の決まりはありません。従来の働き方から、正社員といえば週5でフルタイム勤務、残業や休日出勤もそれなりにこなし、その分福利厚生などの待遇も手厚い――そんな感覚を持つ人は多いでしょう。このイメージ像は世の中的には確かにあり、また多くの企業の制度設計がそうなっています。
しかし、これだけ働き方やライフスタイルが多様化した現在、働くことは人生の中心とは限らなくなりました。そうであれば、もちろん正社員で短時間の働き方もできるはずです。もし、週5日・1日8時間という前提がなく、週3日・1日5時間、月60時間という働き方だったら、企業の組織設計はどう変わるのでしょうか。今回、自分事として短時間正社員制度について考えていきましょう。
「短時間正社員」とは
短時間正社員とは、フルタイム正社員よりも1週間の労働時間が短く設定された正社員のことを指します。厚生労働省の多様な働き方の実現応援サイトによると、そのほかの条件としては契約期間が無期であること、そして基本給や賞与、退職金の計算方法がフルタイム正社員と同じであり、社会保険の適用ありとされています。つまり、短時間であることに特別な理由は必要なく、また、正社員という枠に労働時間の上限や下限はないのです。
ただ、現実の運用はどうでしょう。多くの企業では「育児・介護など特別な事情がある従業員への配慮」の文脈で導入されてきた経緯があります。つまり、何か理由があるために“例外的に認める”という位置づけで運用されてきました。もちろんこれは大事な要素です。そしてここから短時間正社員制度は、従来の「配慮型設計」に加え、「短い時間で成果にコミットする設計」に変貌しようとしています。つまり、企業の制度設計によって、潜在的な短時間で就労したい労働者側の希望とマッチングさせ、人材を確保し組織の競争力向上につなげる動きがあります。
労働者にとってのメリット
従来同様、特別な事情がある場合の短時間正社員の受け皿があることは、非常に大きなメリットです。筆者自身もこの制度を利用してきました。育児休業から復職後、最初は1日6時間勤務、その後、子どもの成長に合わせて徐々に勤務時間を延ばし、現在はフルタイムに戻っています。いわゆる「小学生の壁」と言われる時期もありましたが、短時間正社員という働き方があったことで、キャリアを中断することなく今に至っています。個人のライフイベントに対応できる安定感は、定着に欠かせないものです。
そのほか、知見を深めるという意味でも非常に有益な制度になります。たとえば、高度専門職やデジタル人材など、特定領域で高い生産性を発揮する人材にとっては、週5日・1日8時間という時間換算の働き方が最適とは限りません。短時間勤務を前提に成果を出し、ほかの時間で別の活動を行うことは、本人のキャリアの幅が広がります。そして、雇用の中断なく自身のスキルアップにつながるというのは、本人にとって安心できる要素でしょう。
また、福利厚生や社会保障の面でもメリットがあります。労働時間数や企業規模によって条件はありますが、毎月の社会保険料を企業と折半で負担できること、雇用保険や社会保険からの各種給付金制度による生活保障があることは、生活の安定に繋がります。雇用されているからこそ、企業の福利厚生が利用できます。自身や家族が病気になったとき、ライフイベントがあったときに休職や休暇等の制度がある、さらにそこに生活保障給付もあるという安心感は大きいでしょう。
企業にとってのメリット
企業における最大のメリットは、人材確保の選択肢が広がることにあります。フルタイム勤務を前提にすると採用できない人材でも、短時間正社員という形であれば組織に迎え入れられる可能性があります。制度を複数持つことは企業にとって負担にはなりますが、短時間で結果を出す専門職や特定領域の人材を取り込むフックになります。そして正社員である以上、求める責任や評価も相応なものになり、長期的な目標も設定できます。
また、賃金等の設計が正社員と同じであれば、離職防止の観点でも効果は大きいものです。専門職になればなるほど、人材市場ではスカウトの対象になります。そうした優秀な人材をつなぎ止める手段としても短時間正社員制度は有効です。さらに展開すると、育児・介護のほか、不妊治療や医療ケアとの両立など検討できる事象は多く、様々な理由からフルタイム勤務が難しくなった場合でも、人材流出を防ぐことができます。
既存人材の経験やスキルを待遇面から繋ぎ止められることは、イチから採用・育成にかかるコストを考えれば、圧倒的なメリットです。加えて、副業や学び直し、専門分野の活動など、働き方が多様化している今、他の場所で得た知見を還元する場所に自社がなり得るともいえます。そのような特性のある社員が周囲に及ぼす影響も含めると、企業にとって持続的な成長につながる財産になるとも言えるでしょう。
導入企業は2割未満、定着のカギは?
こうしたメリットがある一方で、実際の導入はまだ広がっていません。各種調査でも、導入企業はおおむね2割未満にとどまるとされています。制度の認知度は高まっているものの、実際の運用にはいくつかの壁があるからです。まず大きいのは、設計の難しさです。多くの企業でフルタイム勤務を前提に業務量や工数が組まれているため、単純に労働時間だけ短くすると業務が回らなくなります。業務自体を分担するのか、職務範囲を再設定するのか、成果を出すプロセスや組織全体の働き方を見直す必要があります。
次に、評価制度の壁があります。労働時間が短いことで評価が下がる仕組みになっていると、制度を利用する側のキャリアが停滞してしまいます。結果、制度はあっても利用が進まないという状況が起きます。評価軸には成果を基準とした設計が必要です。勤務時間が短いこと自体を不利にするのではなく、役割や成果に基づいて評価する仕組みを整えることが制度運用の前提になります。
さらに、管理職のマネジメント負担も理由の一つです。勤務時間が異なる社員が増えると、業務調整やコミュニケーションにも工夫が必要になります。必要なのは業務の見える化です。どの業務を誰が担うのかを整理し、情報共有がスムーズに行える仕組みがあれば、組織全体としての生産性はむしろ高まります。この仕組みがナレッジ化すれば、多様な働き方を承認し、短時間勤務者が引け目を感じない文化が醸成できるのです。
企業における短時間正社員制度は、両立支援の配慮策としては一定程度機能していると言えます。そこにはライフイベントに左右されない雇用のセーフティネットとして重要な意味があります。そして、これからの短時間正社員制度は、配慮型のみの消費ではなく、「時間中心の働き方」から「成果中心の働き方」へと移行するきっかけにもなり得る制度です。これは配慮ではなく、労使双方にとって「どう働きたいか」「何を評価するのか」という本質的な問いでもあります。
この制度をどう位置付けるかが、これからの企業の競争力を左右するポイントになるのではないでしょうか。ますます人材確保が難しくなる時代において、企業の働き方そのものを再設計する制度として注目されていくでしょう。
文/鈴木麻耶
すずき・まや。社会保険労務士法人大槻経営労務管理事務所(https://otuki.info/)。特定社会保険労務士、採用定着士。実家の寺院を継ぐことになり、子の小学校入学を機に夫とともにUターン。現在フルの在宅勤務。事業規模、業種ともさまざまなクライアントを担当し、「離れていてもできる! 伝わる! やりきれる!」を実践中。
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