1890年、迎賓館の役割を担う宿泊施設として誕生した帝国ホテル。2026年3月5日には東京、上高地、大阪に次ぐ4軒目として「帝国ホテル 京都」をオープンした。開業に当たって大事にしてきたことを、玉川さんが総支配人に聞く。

玉川徹さん
テレビ朝日系、朝の情報番組『羽鳥慎一モーニングショー』のレギュラーコメンテーターとしておなじみ。パーソナリティーを務めるレギュラー番組『ラジオのタマカワ』(TOKYO FM / 毎週木曜日11:30 ~13:00)が大好評オンエア中!

【話を伺った人】帝国ホテル 京都 坂田玲子総支配人
2003年に入社し、婚礼部門などを歴任後、現職に就任。開業前1年半は毎日のように京都へ通いつづけ、隣の歌舞練場へ稽古に通う舞妓さんたちの懸命な姿に励まされたとか。
歴史的建物を一部保存・活用した祇園と調和する帝国ホテル 京都を取材!
玉川 約30年ぶりの新しい施設として帝国ホテル 京都が建てられたのは、もともと弥栄会館(やさかかいかん)があったところですよね。
坂田 はい。1936年に竣工された同会館はモダンな西洋建築に日本風屋根を組み合わせた劇場建築で、人形浄瑠璃公演や映画上映にも利用されてきました。
玉川 私が京都大学の在学中、この辺りをよく歩いていましたが、当時の弥栄会館の姿とほぼ変わっていませんね。
坂田 弥栄会館の建築様式を継承しつつ、開業したからにほかなりません。築後約90年が経ち、老朽化や耐震性の問題が浮上し、国内外からいろいろな土地利用の提案があったようです。そんな中、弊社だけが建物の保存・活用を第一とするプレゼンをしたところ、それが受け入れられ、帝国ホテル 京都の開業に至りました。
玉川 京都に6年間住んでいた経験から、この地の人たちに受け入れてもらうのはとても大変なことだと思います。弥栄会館の一部を保存・活用するという姿勢は、そのためにも必要だったのですね?
坂田 京都に溶け込む意思の表われであることは、間違いありません。祇園の文化は、帝国ホテルのフィロソフィーに近く、おもてなしという言葉すら軽く感じられるほどです。お客様に対するさりげない気配りや丁寧に尽くす姿を、日々学ばせていただいています。また、隣の歌舞練場には舞妓さんたちがお稽古に通われていて、彼女たちの見えざる努力にも刺激を受け、敬意を抱いています。
玉川 弥栄会館に使われていた古いタイルを再利用するなど、時間と費用もかかったことでしょう。更地にして建て替えたほうがコストを抑えられたのでは?
坂田 弥栄会館は祇園の関係者が1円ずつ寄付をし、無借金で建てられた歴史があります。そのことを大切にして一部を保存・活用し、長きにわたって京都・祇園の地に根を張っていく思いをご理解いただけているようで、祇園の皆さんから応援されることも多いです。

1936年に竣工された前身の弥栄会館

2026年に開業した帝国ホテル 京都

高い価値を生む京都・祇園という特殊な土地柄
玉川 帝国ホテル 京都に宿泊する際の金額設定について教えてください。
坂田 季節によって変動しますが、最低価格で1室約16万円から。一番高い部屋は約300万円になります。
玉川 東京の帝国ホテルの下限額が約5万円からなので、それに比べるとちょっと金額が高い印象です。その価値をどこに置いているのでしょうか?
坂田 貴重な建物であり、祇園という土地に滞在できるという点です。夜になると提灯に明かりが灯され、昼の喧騒が嘘のような京都らしい景色が広がります。商業の中心地でありながら住んでいる方々がいて、早朝は静謐な空気の中で路地を箒で掃く音が聞こえる。こんな素晴らしい場所はほかにありません。
玉川 映像が脳裏に浮かびます。お部屋自体の価値についてはいかがですか?
坂田 新素材研究所の建築家・榊田倫之さんが手がけた客室の内装は、日本古来の自然素材にこだわりました。贅を尽くしているものの決して華やかすぎず、親しみやすい心地よさを感じていただけるはずです。帝国ホテルでは初めて、畳を設えたお部屋もご用意しました。なお、宿泊されるお客様の想定は、外国人と日本人の割合が6対4です。東日本大震災やコロナ禍の際にホテル業界が厳しい状況に陥る中、帝国ホテルのメンバーズクラブ会員のお客様は激励の意味も込めて、何度も足を運んでくださいました。そうした方々への恩を返したい気持ちが強いです。
玉川 ホテル内にはどのようなレストランを併設しているのでしょうか。
坂田 フランス料理「錬」は、開業以来磨きをかけてきたフランス料理を、帝国ホテルでは初めて、カウンターで振る舞うスタイルにしました。営業は夜のみで、宿泊者以外もご利用いただけます。オールデイダイニングの「弥栄」では、店内の薪窯で仕上げた弥栄カレーが人気メニュー。東京と大阪のそれぞれの帝国ホテルのカレーソースをブレンドしました。
玉川 京都のホテルでありながら、和食のレストランは入れなかったのですね?
坂田 近隣には、和食の老舗も多いので。同じ敷地内で歌舞練場を運営されている学校法人八坂女紅場学園(やさかにょこうば)の理事長も「ホテルと地元施設が互いを高め合いながら続くことが大事」とおっしゃっていました。私どもとしても今後50年、100年を見据えて運営していく心づもりです。
玉川 京都で地元の人たちに受け入れられるためには、そのような気持ちで〝京都とひとつになろう〟という姿勢がいかに大事なのかがよくわかりました。
帝国ホテル 京都では弥栄会館に
使われていた壁やタイルなどを有効に活用!

南と西の壁をあえて残し、当初の弥栄会館の外観を継承したのは、建築コストが高くなっても祇園に受け入れてもらうための覚悟を示したと言えよう。なお、外壁のタイルは、南側と西面の一部に〝生け捕り〟という再利用を行なっている。
今月の取材で理解を深めた京都の町に溶け込むため新規開業で求められること
□ 京都の歴史や現地の人たちを敬う気持ち
□ 数年ではなく50~100年と京都で末永く事業を続ける覚悟
□ 近隣にあるものをあえて施設内には作らない
□ 祇園で働く人たちのように細かい心配りや丁寧な気持ちを忘れない
今回のまとめ
「大学時代に6年間住んでいたとはいえ、僕はあくまでも〝一見さん〟。渋沢栄一が1890年に創業した帝国ホテルも、京都では新参者です。でも、帝国ホテルでは弥栄会館の景観を残し、一部を保存・活用することで、地元からの信頼と支持を獲得しました。弥栄会館は祇園甲部の芸妓さんや舞妓さんなど地元関係者が1円ずつ出し合って無借金で建てたもの。帝国ホテル 京都はそんな地元の人々の思いを受け継ぎ、未来につなげる役割を担ったのです。祇園と一緒に文化を継承しようとする坂田さんたちの努力や覚悟も感じました。さらに以前、京都の近代建築について取材した時に聞いた「和洋折衷」のエッセンスが帝国ホテル 京都に見られたことも印象に残りました」(玉川徹さん)
取材・文/柿川鮎子 撮影/佐藤信次(人物) 編集/田尻健二郎 写真提供/八坂女紅場学園、大林組
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