髪の毛のようなサイズのバネに宿る精度への執念
デザインも難易度が高かった。デザイン開発統轄部の森 翔馬が明かす。
「最初に難しく感じたのは、単純に縮小すると、デザインのバランスが崩れてしまうことでした」
コンピューターの画面に設計図を映し出しても違和感はない。しかし、いざ『G-SHOCK nano』のサイズにすると、なぜか液晶画面の表示が少し右にずれているように見えたり、様々な角の丸みが目立ってオモチャっぽく見えたりする。つまり、誰もが〝これぞ『G-SHOCK』〟と認識してくれる「顔」にならないのだ。結局、ミクロン単位の調整を重ねていくことになった。
さらに難しかったのが、ベゼルに描かれた「PROTECTION」の文字だった。森が話す。
「これは印刷しているわけではなく、こすれても読めなくならないよう、文字の形の溝に粘度の高いインクを流し込んで埋めています。ところがこのサイズだと溝が極めて細くなるため、インクがうまく入ってくれないのです」
小島によれば、カシオには「こういう場合のインクの粘度はこれ」という決まりごとがあり、遵守されてきた。
「しかし今回は物理的に守れません。そこで新たなインクを開発・試験し、問題ないことを確認して、ようやく今までの『G-SHOCK』と同じ質感を出したんです」
その後も、彼らの〝執念〟と言うべき努力は続く。例えばサイドのボタン。今までの『G-SHOCK』と同様に機能するが、彼らが問題にしたのは〝押し心地〟だった。結局、二重のパッキンと、ボタンをとめるE字形の部品を高い精度で製作しなおし、絶妙なクリック感を再現した。当然、電池交換も可能でなければならない。裏蓋をビスでとめることになるが、穴とビスは極小となる。なかでも水の浸入を防ぐ「Oリング」というゴムパーツを高い精度でつくることが難しかった。小島が話す。
「そんなことの連続です。ベルト交換の時に使う、時計本体とベルトを繋ぐ金具もそうでした。金属のパイプの中に細いバネがあって、両端が伸びた状態だと本体の穴にはまってベルトが固定され、縮むとベルトを外せる仕組みです。しかしこのパイプもバネも、目を凝らさなければ見えないほどに小さくする必要がありました」
極細のパイプに、髪の毛のようなバネを通す、少しでも精度が狂えば、ベルトがぽろりと外れる危険がある。しかしこれも、彼らは外部の企業と共同で試作を繰り返すなどし、『G-SHOCK』の名に恥じない精度に高めていった。金型、素材、削り出し、様々な技術を持つメーカーの仲間の顔が思い浮かんだのだろう。有田が振り返る。
「協力工場の皆さんにとっても未知の領域だったことが多数あります。しかし皆さん『これ以上は責任が持てない』『物理的に無理』と匙を投げることなく、調整を重ねてくださいました。本当に、感謝しています」
やってみなければ、どこまでできるか限界はわからない。もしかしたら協力工場の人たちも、自分たちの限界を試す仕事はやりがいがあったのかもしれない。こんな挑戦こそが、次の技術的進化を生むはずなのだ。
その後も彼らは、極小のケースに部品を収めるため、液晶ガラスの厚さを通常の半分以下、0.15mmまで薄く削り出し、製造中に割れないよう、部品メーカーと一緒に製造工程を見直すなど、果てしない作り込みを加えていった。
これがカシオが誇る「高密度実装技術」

オリジナル腕時計と比べ、モジュール体積は約10分の1。極小空間に全ての機能を凝縮。

『G-SHOCK』の証しである耐衝撃構造と20気圧防水のアイコン。極小サイズでもタフネスさは健在!

耐衝撃構造の分解図。小型電池を採用、独自の金型成形技術も使いケース内に幾層ものパーツを収めきった。
腕から指へ。新しいライフスタイルが生まれる
彼らの努力は「狂気」と呼ぶべきか? ユーモラスな見た目を際立たせるためだったのか?
そんなことは、全くない。
昭和の中頃、カシオが世界最小の電卓をつくり、薄さ、軽さを更新していくと、その電子機械の記念碑ともいえる商品は、営業担当のカバンや、家の文具入れに入り込んでいった。一般的な日本人が驚異的な計算能力を身につけたのだ。そしてこれこそが日本の科学力や技術力を押し上げ、「日本人は細かい」と言われる気質を生んだという説がある。
『G-SHOCK』も同様。それまで腕時計は壊れやすいのが常識で、振動が多い機械を扱う際、工事関係者は腕時計を外すものだった。『G-SHOCK』の耐久力が、様々な現場に正確な時間をもたらしたのだ。
新たなデバイスは、時に新たな未来をも創ることがある。そんな信念があるから、彼らは徹底的に作りこんだ。小島が話す。
「時計も指にはめることで、新しい使い方が生まれるはずです。私が聞いただけでも『人と話している時に腕時計を見ると、そろそろ時間が……、という合図になってしまうけど指なら自然と見られる』という話や、『長袖の服を着ていても見やすい』というご感想を頂いています」
森が笑って話す。
「身につけ方はさまざまで、SNSではカバンに付けたというコメントを見ました。きっと人目を引きますよね(笑)。オートバイや自転車のハンドルに巻いている、という方もいましたよ」
この使い方、公式には推奨していないから自己責任にはなるが、そもそも『G-SHOCK』はトラックに轢かれても壊れずギネス世界記録に認定され、世界中のダイバーにも愛用されている製品。多少の振動や水濡れなどは物の数にも入らないだろう。そう、彼らがつくったものは「こんな使い方もアリかも」と人間の想像力をも刺激する時計だったのだ。
小島が「売ってみるまで分からない」と気を揉んだ商品は、蓋を開けてみれば発売直後から様々な売り場で即完売が続き、再入荷は抽選販売。売れ行きは計画比約130%と想像を超える勢いで人気化した。小島が時計を手に取り、愛おしそうに話す。
「これからも『あったら面白いよね』という思いを大切にしていきたいですね」
〝オモチャ〟に見えたら終わり。誰もが認める『G-SHOCK』の顔

極小ゆえにプリントにする案もあったが、「本物」の再現度を最優先。限界レベルの極細の溝にインクを入れ『G-SHOCK』の顔を完成させた。

この製品のために極細の金具を開発、腕時計と同じく、ベルトの長さは調整可能、ベルトも交換可能とした。
取材・文/夏目幸明 撮影/干川 修







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