「あったら面白い」を形に受け継がれる企業のDNA
透明な電卓、しゃべる電子辞書──いずれもカシオ計算機(以下、カシオ)が手掛けた商品だ。売れないものも、売れるものもあった。「計算中に電卓で数字が隠れることがある」というユーザーの声を聞き、筐体がスケルトンの電卓を出したものの、これは売れなかった。一方、「読み方が分からない単語って多いから」と機械の音声が珍しかった時代に、単語を発声してくれる電子辞書を出すと、受験生に大ヒットした。
時計事業部・商品企画部の小島一泰が話す。
「当社は『あったら面白いよね』というアイデアが出た時、まずは形にして触れてみよう、という文化があるのです。『スタートが軽い』のかもしれません」
そんな会社だからアイデアを大事にする。カシオには各部署が全社に向け「こんな技術がありますよ」と伝える展示会があり、様々な技術と発想が交じり合う場として活用されているのだ。この会で、時計事業部・設計部の有田幸喜は中国の工場の展示物を見た。
「アクセサリーとして出品されていたのかな? 指にはめる時計があったんです。私は『これに小型モジュールを組み込んで、実際に動く時計にしたら面白いよな』と思いました」
一般的な企業なら、これを企画にしても周囲に「それ売れるの? 根拠は? 販売目標は?」と詰められ、機運はペッチャンコ……となったかもしれない。
しかしカシオは違った。この案に小島が賛同、しかも小島は「売れるかどうかは全くの未知数でした」という状況で企画案を提出、これが通ってしまう。さらには2024年、指先サイズの「リングウォッチ」を世に出し、意外過ぎる見た目が話題を呼ぶと、彼らはついに冗談のような挑戦を始めた。
カシオ時計事業50周年の節目に、指にはめられるサイズの『G-SHOCK』を出そうと言うのだ。しかも、技術的なハードルを高く設定し、〝一切、妥協なし〟とした。小島が振り返る。
「この商品は『よくできたオモチャなのかな』と思われたら終わりです。『G-SHOCK』というブランドで出す限り、このサイズで耐衝撃構造や20気圧防水等を実現しなければいけません」
カシオ計算機『G-SHOCK nano DWN-5600』

約6gで指先サイズの本格派時計。全3色で各1万4300円、縦約23.4mm×横20mm×厚さ7.5mm。アクセサリー感覚で着用できるのも魅力。
カシオの挑戦者たち

有田幸喜(ありた・こうき/右)
中国・深圳の拠点で生産現場の最前線を指揮。従来の常識や手法に縛られない柔軟な発想で、超小型モジュールを開発。
小島一泰(こじま・かずやす/中央)
本格アウトドア時計『プロトレック』の初代ロゴを手描きするなど、今作含め人気ブランドの創成期から企画を牽引。
森 翔馬(もり・しょうま/左)
『マッドマン』等のデザインを担当。『G-SHOCK』ではグッドデザイン賞を受賞、今作にも『G-SHOCK』らしい表情を与えた。
過去の失敗が導いた「妥協なしの設計図」
なぜ彼らはこんなハードルを課したのか? その理由も、同社の歴史に垣間見ることができる。
終戦直後、創業者・樫尾忠雄らが出した最初の商品は、指に着けるパイプだった(下写真)。Y字型の金具がたばこを挟み、何かの作業中でも手を使わず吸えるとあってよく売れた。1957年には計算機をつくった。当時、研究機関などが使う計算機は人の背丈ほどもある機械式のものだったが、机くらいの大きさで動くものを開発すると飛ぶように売れた。
何かをウエアラブルにする、もしくは小型化するのはカシオのお家芸なのだ。品質は譲れない。
有田が設計を始めた。
「単純に、全ての部品を縮小したわけではありません。例えば筐体を薄くしたら、ねじの周りの部分などからひび割れてしまうでしょう。腕に着ける時計をつくるより難易度は高いんです」
彼はまず、厳格な強度試験にパスし、「今から変えるのはリスクが高い」と考えられるものは変えないと決めた。例えば液晶の画面と筐体を接着する方法や接着する際の角度は「今まで通り」がよかった。
一方で、絶対に変えなければいけないものもあった。例えば電子部品が入る筐体をそのまま小型化したら強度が足りず、歪んだり衝撃でひび割れたりする可能性がある。彼は樹脂の中に細かいガラスの繊維を練り込んだ、堅牢で軽い「ガラス繊維強化樹脂」でケースを作った。また、硬い箱だけでは落とした時の衝撃がそのまま内部の電子部品に伝わってしまう。そこで、ケースの外側を弾力性が高いウレタンで覆った。
こんな試行錯誤のなか、彼には頼りがいのある同志がいた。数々の失敗と〝世界初〟を実現してきた先輩や仲間たちだった。
「当社では何か失敗があると、その経験を開発部門で共有します。検索可能で、私もそれをよく見ます。すると経験則から、ここはこの素材を使えばいい、ここは部品を小さくすれば対応できる、といったことが見えてくるのです」
遊び心と技術力の結晶!常識を覆すカシオの〝指先〟デバイス
1946年 『指輪パイプ』

作業をしながらでも吸える画期的な発明品。この大ヒットで得た資金が、歴史的な計算機開発の礎となった。
2024年 『CASIO RING WATCH CRW-001』

金属粉末を射出成型するMIM技術により、ケース、裏蓋、リングをひとつの金属パーツとして一体成型した労作。
2025年 『G-SHOCK nano DWN-5600』

角型モデル「DW-5600」の意匠を再現。アラームは音ではなく、設定時刻にライトが点滅して知らせる仕様。







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