■連載/ヒット商品開発秘話
毎日使う洗面ボウルは、家の中でも汚れやすいところの1つ。こまめに掃除をしないと汚れが堆積してしまう厄介なところだが、いま洗面ボウルの掃除に特化したアイテムが爆発的に売れている。
花王が2025年4月に発売した『クイックル 洗面ボウルクリーナー』のことで、2026年3月16日時点で累計出荷数量(本体+詰め替え用総容量を本体容量100mlで個数換算)が500万個を超えた。
『クイックル 洗面ボウルクリーナー』は、スポンジと洗剤の容器を一体化。掃除道具を準備する必要がなくなり、手を汚すことなく、なでるだけで洗面ボウルの掃除ができるようにした。洗面台に置きっ放しにしても邪魔にならないコンパクトサイズで、歯磨きしながらなど、何かしながらでも掃除できる。
70%が満足していない洗面ボウルの掃除
誕生の背景にあったのが、新型コロナウイルス感染拡大に伴って向上した衛生意識。家庭での衛生意識の向上は、洗面台の保有数にも表れている。同社によれば、洗面台の保有数が年々上昇する傾向が見られるようになってきた。
2023年に同社が20~49歳の女性を対象に実施した洗面台の掃除に関する調査で、ある興味深い現実が浮き彫りになった。それは掃除の際に使う洗剤や道具が多岐に渡っているということ。ホームケア事業部の輿石(こしいし)恵さんは次のように話す。
「これは面白かったというかビックリしたところでした。浴室と近いことから浴室掃除に使う洗剤とスポンジを使う方もいれば、多用途に使えるマルチクリーナーで掃除される方や食器洗い用洗剤を使う方もいらっしゃいました」
さらに調査を進めると、70%が掃除に満足していないことも判明した。満足していない理由を聞くと、「どう掃除していいのかわからない」「すぐ汚れる」「掃除道具を準備するのが面倒」といった回答が得られた。
「浴室やトイレ、キッチンなど他の場所の掃除でこれほど満足度が低いことは考えにくいです」と輿石さん。掃除道具が家庭によって異なることから掃除に困っているのではないか?と思っていたものの、満足していない人があまりにも多かったことには驚きを隠せなかった。
洗面台は家族全員が毎日使うのですぐに汚れることから、調査でも60%が「汚れが毎日気になる」と回答している。しかしその一方で、毎日掃除している人は25%しかいないこともわかった。
「キレイにしても誰かが使うとまたすぐに汚れるのでストレスを感じたり、掃除道具を用意するのが面倒だったりすることから、汚れが気になっても毎日は掃除できず、最低限になってしまうのだと思われます」と輿石さん。調査を通じて不満を覚える人の多さに商機を見出した同社は、『クイックル 洗面ボウルクリーナー』の開発に乗り出した。
洗面ボウルに押し付けた時だけ洗剤を適量吐出
道具を準備する、手が濡れる、といった生活者の不満である「手軽に掃除することを阻害する要因」を取り除くために発案されたのが、スポンジと洗剤容器の一体化。片手で持って使えるコンパクトな円筒形の洗剤容器に抗菌スポンジを取り付けた。なくなったらキャップ外して詰め替え用洗剤を補充すれば良い。
使い方は、掃除を始める前にスポンジを数回、軽く洗面ボウルに押し付けて洗剤を泡だて、洗面ボウルを軽くなでた後に水で洗剤を流すだけ。水で洗剤を流すと表面に水の膜が張られ、汚れがつきにくくなる防汚コーティングも施されるようになる。使用後も、スポンジを軽く水で洗い流してから洗面ボウルに数回プッシュして洗剤を染み込ませるだけでよい。抗菌スポンジにより清潔が保てるようになっている。
スポンジと洗剤容器の一体化は、スティックタイプの靴磨きからヒントを得た。手を汚したりすることがなく、気がついた時に片手で簡単に靴磨きができる利便性を洗面ボウルの掃除に持ち込んだ。洗面台に置きっ放しにしても邪魔にならなかったり、鏡の裏などにある棚にしまえたりできるよう、コンパクトなサイズ感にこだわった。
ただ、この容器形状に決まるまでは試行錯誤を繰り返した。ベストな形状の結論が出るまでには社内で議論を繰り返してきた。
開発で最も困難だったポイントが、スポンジ部分の構造だった。洗面ボウルに押し付けた時だけ洗剤を適量吐出し、しっかり泡立てるのは簡単ではなかったからだ。
洗面ボウルに押し付けた時だけ洗剤が吐出できるのは、スポンジの裏に押し付けた時だけ開く弁を設けているため。輿石さんは次のように振り返る。
「弁を使う機構に行き着くことよりも、洗剤を適量吐出することとしっかり泡立たせることの両方に時間がかかった印象です。数え切れないほど試作を検証しました」
適量吐出された洗剤がしっかり泡立つには、スポンジのセル構造も重要。スポンジは『クイックル 洗面ボウルクリーナー』専用に設計したものを採用した。抗菌仕様で耐久性が高いのが特徴だが、泡立ちは洗剤との相性も重要なことから、スポンジのセル構造、洗剤の処方ともに細かな調整を必要とした。
洗面ボウルは水垢やヌメリ、石けんカス、歯磨き粉、化粧など汚れの種類が多様なことから、洗剤の処方設計も簡単ではなかった。「汚れの種類ごとにベストな処方がありますが、さまざまな汚れが落とせる洗浄力にこだわって処方を設計しました」と輿石さんは話す。
発売から1か月足らずの間で3回起こったバズ
『クイックル 洗面ボウルクリーナー』は発売開始とともに、同社の予想を大幅に上回る勢いで売れていった。初速で計画の10倍を超えたほど。プロモーションはSNSでの広告展開程度と大々的には実施していないが、爆発的に売れていった。
「徐々に徐々に認知を高めて拡販していきたい考えでしたので、最初からここまで想定以上に売れるとは思っていませんでした」と輿石さん。これまでの自身の経験上、SNSで掃除用品がバズったことがほとんどなかったが、SNSで3回のバズが起こったという。火をつけたのは掃除用品を一番購入する家庭の主婦層、美容系の人たち。美容系の人は、ファンデーションを洗面ボウルに垂らしてしまったり塗る際に使ったスポンジを洗って汚してしまったりした時の掃除などに使えることから注目して投稿した。
ユーザーの反響がSNS で見られるようになったのは5月に入ってから。「こんな商品が欲しかった」といった好意的な声が目立つようになってきた。バズを起こした投稿も、多くのフォロワーを持つインフルエンサーのものではない上に、どれもオーガニック投稿(自発的に行なう無料投稿)だった。
ただ、あまりにも急激に売れ、品薄になったことから、発売から1か月足らずしか経っていない5月下旬に、同社は本体の出荷を一時停止せざるを得なくなった。出荷が再開されたのは約半年後の11月中旬。部材の供給を含めた生産能力の拡大を図り安定供給できる体制を整えると同時に、需要変動に柔軟に対応できる生産体制の整備に時間を要した。
早期の出荷再開を待ち望む声は生活者、小売店から同社に届き続けた。生活者の中には1人で複数回、同社の相談窓口に発売再開時期を問い合わせてきた人もいるほどだった。
「2度とこういうことが起きないよう、十分計算し尽くした上で安定供給できる体制を整えました」と話す輿石さん。出荷再開後の売れ行きは、現在のところ想定通りに推移しているという。
ターゲットとしたユーザーは、『クイックル』ブランドのメインユーザーである30~40代女性としたが、従来の『クイックル』ブランドから発売された商品とは異なり、これまでになく男性、若年層の購入が目立つという。
また、掃除の頻度が低い人の購入も多い。掃除用品は掃除の頻度が高い人ほど購入するものだが、購入者を調べたところ、掃除する頻度が週1回未満の人も多く購入している。中には、購入をきっかけにして掃除する頻度が月1回ほどだったのが月5回に上がった人もいた。
取材からわかった『クイックル 洗面ボウルクリーナー』のヒット要因3
1.生活者のモヤモヤを解消
洗面ボウルの掃除は従来、思い思いの道具を使いどの家庭でも行なっていた。だが、どんな道具や洗剤を使ったらいいのか、正解がわかりにくくモヤモヤしやすい側面がある。洗面ボウル専用洗剤を提案することで、キレイにできるだけではなく、そんなモヤモヤを解消し前向きに洗面ボウルの掃除に取り組めるマインドに変える効果があった。
2.気軽に掃除ができる
水で濡れる、別の場所から道具を持ってこないといけない、掃除してもすぐ汚れる、といった不満がある洗面ボウルの掃除。洗面台に置きっ放しにしても邪魔にならないコンパクトなスポンジ付き容器に洗剤を詰め、片手で掃除できるようにした。洗面ボウルの掃除を気軽にできることにしたものと言っても差し支えないだろう。
3.掃除に消極的な層を開拓
忙しさなどを理由に普段からマメに掃除しているとは言い難い男性や単身者など、これまで掃除道具をあまり購入したことがない層が注目。これなら簡単に掃除ができそうだと思わせることができ、当初想定していなかった層をユーザーとして獲得することができた。
輿石さんが印象に残っているというユーザーからの声が、「掃除じゃなくなった」というもの。掃除とは思えないほど負担感がないことを表したものだ。スポンジ付き容器に洗剤を詰めたアイテムには掃除の不満や面倒くささが解消できることがわかったので、活用の幅を洗面ボウル以外にも広げることを期待したい。
製品情報
https://www.kao.co.jp/quickle/lineup/senmenbowl-cleaner/
取材・文/大沢裕司
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