光量子コンピュータの実現に向けて、大きな技術的進歩が達成されました。
NTT、東京大学、理化学研究所とOptQCは、導波路型光デバイスで世界最高品質のスクイーズド光の生成に成功したと、2026年3月5日に発表しました。
この発表にはどんな意味があるのか? そして、量子コンピュータの実用化でなぜ2030年という数字が見えてきたのか? 探ってみました。
1.量子コンピュータとは? 一般的なコンピュータとはどう違う?
生成AIの登場により、世の中が大きく変わろうとしています。
そして、その動きをさらに加速しそうな存在の1つとして、量子コンピュータの実用化が挙げられます。
量子コンピュータとは、量子の性質を利用したコンピュータです。
量子とは、原子や電子、中性子、陽子、光子(フォトン)など、小さな物質やエネルギーの最小単位です。
その量子が従来の物理学では説明できない動きをすることから、「量子力学」と呼ばれる物理学が生まれました。
一般的なコンピュータは「0(ゼロ)」と「1」の組み合わせで計算しますが、量子力学を応用した量子コンピュータは、「0」かもしれないし、「1」かもしれないという、同時に複数の状態を示す「重ね合わせ」という原理を活用します。
さらに、複数の量子で、一方を測定すると他方の量子の状態が決まる「量子もつれ」や、量子もつれを利用して量子の情報を転送する「量子テレポーテーション」という原理も利用します。
この、「量子重ね合わせ」「量子もつれ」「量子テレポーテーション」を理解するのは難しく、今までの常識=古典物理学(ニュートン力学など量子力学を陽として扱わない物理学)とは違う、新たな考え方が必要です。
1965年に量子電磁力学分野でノーベル物理学賞を受賞した、リチャード・P・ファインマンという量子力学の知の巨人ですら、「量子力学を理解している者は一人もいない。そういっても過言ではない」と名言を残すほどです。
私たちは、家電や自動車、コンピュータの構造について詳しく知らなくても、その利便性を享受して暮らしています。そこで、今回はその原理を細かく説明するよりも、量子コンピュータがもたらすメリットにフォーカスして、その未来を探ってみます。
2.新薬開発シミュレーションや暗号解読など、産業革命が起きる可能性
量子コンピュータはすべての計算が速いわけではありません。一般的なコンピュータの方が、四則計算などの処理で速い場合もあります。
例えば、一般的なコンピュータがシミュレーションする際に、1つ1つの計算を繰り返し行うのに対して、量子コンピュータでは、同時に全ての計算を処理したり、アルゴリズムの工夫で計算を簡略化できます。
もちろん、一般的なコンピュータでも複数利用すれば高速処理は可能で、スーパーコンピュータはこの発想に基づきます。
このように、量子コンピュータは得意とする領域での計算において、半導体を利用する従来のコンピュータでは実現し得ない高速処理を可能にします。
新薬開発のシミュレーションや天気予報、暗号に重要な素因数分解の計算などを得意とする量子コンピュータ。実用化されれば、AIとの組み合わせを含め、新たな産業革命を起こすかもしれません。
3.光量子コンピュータのメリット
世界各国で実用化競争が激化している量子コンピュータには、さまざまな方式があります。
例えば、超伝導を利用したもの、原子やイオンを利用したものなど、種々開発が進んでいます。
中でも光子を利用した光量子コンピュータは、大規模性・高速性に優れていて、また、光通信技術との親和性も高く、実用化が期待されています。
東京大学教授であり、理化学研究所 量子コンピュータ研究センター副センター長、OptQCの取締役の古澤 明教授は、「光のキャリア周波数は100THz(テラヘルツ)を越えていますから、光量子コンピュータは10THzのクロック数が原理的に実現します。これはスーパーコンピュータの(周波数の)1万倍速い」と言います。
また、デジタルのコンピュータは二進法で計算するため、数字が大きくなると桁数が増え、ビットを大量に使うこととなります。その結果、サーバーにスーパーコンピュータなどを利用すると、膨大な電力を消費してしまいます。
一方、光量子コンピュータはそもそも高周波の光を利用するため、処理速度が速いです。また、電流を流さないため抵抗による発熱がほとんどなく、さらに、超伝導方式のように、マイナス273℃といった極低温に下げる必要もありません。省エネ型というのも光量子コンピュータの大きな特徴です。
4.世界最高品質「10.1dB」のスクイーズド光のインパクト
今回、世界最高品質のスクイーズド光生成に成功したと冒頭お伝えしましたが、これについて改めてご説明します。
光量子コンピュータの最も重要な部品のひとつに、量子性の源を生成する「スクイーズド光源」があります。
スクイーズド光は光電磁場の正弦(sin:サイン)成分と余弦(cos:コサイン)成分のうち、片方の量子ノイズが圧縮された光です。
この圧縮度(=スクイージングレベル)が高い光により、誤差の少ない量子計算が可能になるのです。そして、広帯域なスクイーズド光は計算の高速化と、量子ビット数の増加に大きく寄与します。
これまでNTTは東京大学と共同で、周期分極反転ニオブ酸リチウム(PPLN)による「導波路型の光パラメトリック増幅器」を使い、共振器型に比べて広帯域なスクイーズド光を生成する実験を行ってきました。
2021年に、さまざまな量子実験が可能となる6dBのスクイーズド光を、6THz以上の帯域で生成・検出に成功。2024年から始まった理化学研究所での光量子コンピュータの稼働に寄与しました。
そして、8.3dBのスクイーズド光の生成・検出を経て、今回10.1dBでのスクイーズド光の生成・検出に成功したのです。
量子コンピュータはそもそも、ノイズによるエラーが発生しやすく、計算サイズに限界がありました。しかし、8.3dBのスクイーズド光はエラー訂正が可能な「誤り耐性量子コンピュータ」を実現する「しきい値」を越えるもの。さらに、今回10.1dBとなり、誤り耐性を一層高めています。
そして、15dBまでのスクイーズド光の生成・検証はすでに目処が立っているとのこと。「誤り耐性の量子計算は、スクイーズド光レベルでは射程圏に入っています。ただし、理研のモデルなど、現在は6dBのスクイーズド光を使っています。10.1dBレベルはまだ研究段階で安定して量産はできていませんので、今は安定して生産できる6dBを選んでいます」(古澤教授)
5.実は「光量子コンピュータ」はもうできている
処理速度が速く省エネの光量子コンピュータは、どうしても実用化に注目が集まります。
その点について古澤教授に尋ねたところ、「産業技術総合研究所(産総研)にOptQCが納入し、2026年4月1日から稼働します。こちらはニューラルネットワークに使えるレベルなので、光量子コンピュータで実用できるものはすでにあります」と話してくれました。
ただし、古澤教授が考える「人類に貢献する」レベルの光量子コンピュータについては、これからの研究・開発次第だといいます。
6.2030年に実現可能か?
さて、実用化の第一段階を踏んだ光量子コンピュータですが、一般企業が使えるような実用化モデルの登場はいつ頃になるのでしょうか?
「我々はOptQCという会社を運営していますが、そこで製作したマシンでデータセンターを埋め尽くすというのが、まず最初の目標です。さらに、ショアのアルゴリズムを使ったモデルは5年くらい研究に時間がかかると思いますので、企業が使えるような光量子コンピュータの完成はその時期になるかと思っています」(古澤教授)
まずはAIのニューラルネットワークと組み合わせ可能な光量子コンピュータが登場し、2030年頃には、計算速度と利用範囲がぐっと広がった、誤り訂正が可能な光量子コンピュータが実用化する、そんな未来が待っているかもしれません。
2022年11月にOpenAIがChatGPTをリリースして、生成AIが私たちの暮らしを大きく変えました。そして、今後は光量子コンピュータをはじめ、量子コンピュータの実用化で世の中がまた、大きく姿を変えそうです。
7.「脳」に近い誤り訂正のない、光量子を使ったアナログコンピュータという未来
古澤教授はさらに、人間の脳に近い、誤り訂正をしないアナログコンピュータを光量子コンピュータで実現したいと言います。
「我々は量子コンピュータで2種類の研究を行っています。1つは普通の量子コンピュータと同じように、誤り耐性型量子計算を目指していく。それはショアのアルゴリズムを使うとか、そういう話です。
そして、もう1つはアナログコンピュータとしての量子コンピュータです。『脳』は誤り訂正のないアナログコンピュータですよね。できるだけ脳に近い形のコンピュータを作りたいのです。
今、AIが爆発的に進化していて、そのネットワークをデジタルのコンピュータで実行しているわけです。それで何が起こっているかというと、莫大なエネルギーを消費しています。
例えば、犬と猫を区別するのに原子力発電所が必要なレベルのエネルギーを使うわけです。人間は犬と猫を区別するのに、おにぎり1個もいらないですよね。そういうコンピュータがやっぱり、人類には必要なんですよ。
誤り訂正をしないアナログコンピュータでニューラルネットワークを支えるというのは、地球を救うためです」
取材・文/中馬幹弘







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