■連載/ヒット商品開発秘話
2024年に創業90周年を迎えたニッカウヰスキー。同年10月に発売された『ニッカフロンティア』が、ウイスキーユーザーから多くの支持を集めている。
『ニッカフロンティア』は、同社の通年商品としては4年ぶりに誕生した新ブランドのブレンデッドウイスキー。北海道余市町にある同社の北海道 余市蒸溜所でつくられたヘビーピートモルトをキーモルト(ウイスキーの味や香りの方向性を決める核となるモルトウイスキー)にし、モルトウイスキーのブレンド比率を51%以上にすることで、モルトの豊かな香りと心地良いスモーキーな味わいが楽しめる。
平均店頭価格(700ml換算)が2000円以上するプレミアムクラスのウイスキーでありながら、発売開始とともに人気が爆発。2024年内は5万ケースの目標をクリアし8万8000ケース、2025年も年間で12万ケースを販売している(1ケース=8.4L換算)。
創業者のフロンティアスピリットを商品に込める
開発キックオフから発売までに2年半を要した『ニッカフロンティア』の誕生背景には、同社がプレミアムウイスキー以上のカテゴリーでグローバルトップ10以内に相当する販売金額の実現を目指すと打ち出したことがあった。同社は2024年に、グローバルプレミアムブランドとして飛躍することを志として掲げたが、プレミアムウイスキーのラインアップを拡大する一環で開発された。
マーケティング部長の坂本英一氏は次のように話す。
「日本国内で当社は、エコノミークラス(平均店頭価格1000円未満)の『ブラックニッカ』のイメージが非常に強いですが、グローバルでしっかりニッカウヰスキーをブランディングしていくために、プレミアムクラスに注力していくことにしました」
同社がリサーチしたところ、ウイスキーユーザーはプレミアムウイスキーに「本格感」「つくり手のこだわりや挑戦」「洗練された世界観」を求めていることがわかった。
同社は『ニッカフロンティア』でこれらを伝えることにしたが、生かすことにしたのが同社の創業者である竹鶴政孝。2014年に放送されたNHKの朝の連続テレビドラマ『マッサン』の主人公のモデルになった人物として知られているが、竹鶴のフロンティアスピリットを商品に込めることにした。坂本氏は次のように話す。
「竹鶴は24歳の時、単身でスコットランドに渡ってウイスキーづくりを学び、帰国後、ジャパニーズウイスキーの歴史を切り拓きました。理想のウイスキーを追い求め挑戦したことは、お客様がプレミアムウイスキーに求めるつくり手のストーリーや挑戦心にふさわしいことから、創業者のフロンティアスピリットが込められたウイスキーをつくることにしました」
創業の地、余市のヘビーピートモルトを使用
商品に込められた竹鶴のフロンティアスピリットは、余市のモルトの使用に象徴されている。余市は竹鶴にとってウイスキーづくりの理想の地であり、同社創業の地。しかも、北海道 余市蒸溜所は同社初の蒸溜所である。
北海道 余市蒸溜所のモルトの中でも、ヘビーピートモルトを使うことにした。ピート(泥炭)を燃やして乾燥させた麦芽を原材料に使っており、スモーキーな味わいが強い。「ヘビー」とつくだけありスモーキーな味わいがとりわけ強く、喩えると『正露丸』のような強いクセがある。
ただ、これからプレミアムウイスキーを飲んでみたい人たちにとっては、クセが強すぎる。プレミアムウイスキーユーザーが満足するスモーキーな味わいを残しつつも、これからプレミアムウイスキーを飲む人たちが飲みやすい味わいにすることが、開発のポイントになった。「ブレンダーがブレンド比率を1%未満で変えてブレンドするのを何度も繰り返し、最適なブレンド比率を決めました」と坂本氏は話す。
余市のモルトをキーモルトに採用した上で、グレーンウイスキーよりもモルトウイスキー使用比率を高くし、香味成分が豊富に残る冷却しないろ過の「ノンチルフィルタード」を行なった。ブレンデッドウイスキーの中でグレーンよりモルトを多くしたものは、最高ランクの『THE NIKKA』しかなく、「ノンチルフィルタード」も『竹鶴ピュアモルト』『シングルモルト余市』『シングルモルト宮城峡』の高額限定品にしか実施していない。『ニッカフロンティア』より高額のウイスキーにのみ採用されている仕様ばかりなので、坂本氏も「私たちがこれまでつくってきたウイスキーの通年販売商品の中で、これほどこだわりが詰まったものはありません」と言うほどだ。
瓶の裏につけたしめ縄をモチーフにした模様もこだわったところ。これは竹鶴が広島の造り酒屋で生まれ育ったことに由来したもので、ウイスキーに魂を宿す意味から施した。
日本酒造りでは、酒造の場を清め、仕上がりを神に委ねる意味から、仕込み桶などにしめ縄を巻く。竹鶴はウイスキーづくりにもこの慣習を取り入れ、ポットスチル(単式蒸留器)にしめ縄を巻くことにした。現在でも同社の蒸溜所にあるすべてのポットスチルにはしめ縄が巻かれ、年末に必ず付け替えられている。
ユーザーの裾野拡大を意識し企画した『NIKKA FRONTIER BAR』
発売開始とともに想定以上の出荷となったことから、同社では計画していたテレビCMの放映といったプロモーションはすべてストップした。ただ、ウイスキーユーザー以外の認知度が高かったわけではない。トライアルを獲得するためにユーザーの裾野を拡げる観点から、2024年12月に期間限定で、六本木ヒルズに『NIKKA FRONTIER BAR』を開いた。
「試しに飲んでみようと思う人たちが増える環境づくりとして、期間限定のバーを開くことにしました。来られる/来られないは別にして、イベントの開催自体を告知することで商品を認識してもらうことにつなげることを狙いました」と坂本氏。ウイスキーフロートから着想を得たシグネチャードリンク「ニッカフロンティア フロートハイボール」などドリンク/フード類の提供やパーカーなどのノベルティを多数販売したほか、『ニッカフロンティア』の開発背景、ブランドストーリーが体感できるゾーンを設置。蒸溜所の音を流するなどつくり手のこだわりを理解してもらうことに注力した。
想定外の事態を乗り越え出荷を再開
販売は2025年3月までは好調を維持していた。しかし、安定供給が難しくなってきたことから、4月から出荷を飲食店向けの業務用のみとし家庭用の出荷を見合わせた。しかも、9月にアサヒグループホールディングスがサイバー攻撃を受けた影響から、家庭用の出荷再開は当初の予定から後ろ倒しになり、12月に入ってからとなった。予定出荷再開後は再び発売当初に迫る勢いで売れており、ウイスキー市場は再び湧いた。
店頭では8か月ほど姿を消したが、そんな状況でも同社は、出荷が再開された時に向けての布石を打っていた。カラオケボックス『ビッグエコー』などを運営する第一興商とコラボレーションし、7月から11月にかけて、第一興商が展開する『ハイボールバー』の東京都内4店舗(浜松町、品川、恵比寿、渋谷)でコラボ企画「HIGHBALL BAR Meets NIKKA FRONTIER」を実施したのである。
『ハイボールバー』は店内を『ニッカフロンティア』のブランドカラーであるオレンジ色にし、「ニッカ フロンティアフロートハイボール」やオリジナルフードを提供したほか、LINEのアンケートに回答するとオリジナルグッズの限定ステッカーを進呈した。
『ハイボールバー』とのコラボイベントを実施した理由を、坂本氏は次のように話す。
「お客様が自宅用のウイスキーを購入するかどうかを決めるのに重要なのが、飲食店での飲用体験です。家庭用の出荷を見合わせても業務用の出荷を継続したのはこのためなのですが、ほとんどの飲食店では数あるウイスキーの中の1つで埋没していると思われます。美味しいと思ったら買って家でも飲むという構図をつくるために、都内の『ハイボールバー』とコラボして『ニッカフロンティア』だと認識して飲める場所をつくることにしました」
取材からわかった『ニッカフロンティア』のヒット要因3
1.ブランドコンセプトに対する共感
創業者のフロンティアスピリットを商品のスペックに落とし込むと同時に、伝えることにもこだわった。プレミアムウイスキーにつくり手のこだわりといったストーリーを求めるユーザーの共感が得られた。
2.コストパフォーマンスが高く手に取りやすい
プレミアムクラスのウイスキーだが2000円で買えるので、同クラスを試してみたい人たちが最初に手に取りやすい。この価格でより高額なプレミアムウイスキーに採用される余市のモルトが味わえることから、以前からのプレミアムウイスキーユーザーも手が出しやすかった。
3.自信に裏打ちされた佇まい
パッケージデザインは紋章と社名の「N」をあしらった、シンプルだがウイスキーらしくないもの。透明なフィルムに印刷して透明なガラス瓶に貼っており、大胆に液色を見せた。液色を大胆に見せたのは中身に自信があったからだが、ユーザーもその自信を感じ取り、期待を込めて購入するに至った。
『ニッカフロンティア』は3月から韓国とフランスへの輸出が始まる。これを機に海外展開が本格化していくことになるが、ジャパニーズウイスキーは海外での評価が高いので高評価を期待したいところ。中身の美味しさとコスパの良さで、世界を驚かせてもらいたいものである。
取材・文/大沢裕司
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