若者の胃袋をつかめ!想定外を味方につけて生まれた未来ののり弁、ほっかほっか亭「ワンハンドBENTO」のチーム戦略
2026.03.16アルバイトも苦笑、22万食を支えた熱狂のバックヤード
飯沼のチームの特徴は「アジャイル」にあった。経営用語として使われる場合「機敏」といった意味を持つ。予想外の事態があれば計画を変更してでも最善を尽くす。周囲の反応を基に改善を繰り返す。「考えに考えてやらない」の逆で、まずやってみて、走りながら考えるのだ。計画を立てないわけではないが、この特徴は万博開幕後にこそ活きた。現場を仕切った店長の植﨑正淑が話す。
「全国から集まったスタッフが、お客様の声を聞いて本部に意見を上げると、すぐ改善されるんです。例えばスタッフが『ワンハンドBENTOと唐揚とハッシュポテトのセットを渡すと持ちにくそう』と報告すると、2日後には既存店で使われている紙の容器が届きました。すべてがこの感じです」
売り上げ目標を立て、達成のための方策も走りながら考えた。例えば当初、飲み物は「他店で買えるから」とアサイースムージーしかなかった。しかしスタッフが度々「ビールはないの?」「お茶は?」と聞かれるため、数日後にはドリンクメニューが登場した。
行列ができると店頭のメニューが見にくくなったため、並んでいる時にメニューを決めてもらえるよう看板を作った。これらの進化を支えたのが、デザイナーの小丸友我だった。
「ほかにも、行列が伸びれば外に誘導するプラカードを作ったり、のちの話ですが、海外の方より日本のお客様の方が多いと聞けば、ちょっとコテコテの関西感があるポスターにしてみたり……」
売り上げが伸びていくと、永岑がメディア攻勢をかけた。累計販売数が7万食を突破するタイミングで、小丸がくす玉を作り、発表会で広報の永岑が割って盛り上げた。「ネット時代の事業は民主化されていなければ」とばかりに、飯沼は「500円で販売を継続します」と公表を指示。これによりSNSでさらに話題になった。
面白いことがある。このチームでは、間違えてもやり直せばいいようなのだ。小丸が話す。
「メニューボードで『ワンハンドBENTO』と唐揚などのセットを強めに打ち出したら、お客様からは単価が高く見えたようで、売り上げが下がったんです。そこで、単品価格が目立つように作り替えています」
組織は民主的だ。幹部からの指示ではなく、現場からの提案で動く。植﨑が証言する。
「『ワンハンドBENTO』の製造キャパシティーは限界に達したのですが、グリドル(鉄板)はあまり使われていなかったんです。そこで、新メニューにグリドルで焼くローストチキンの提案が出ると、すぐ採用されました」
多分、メニューも看板の文字の大きさも、最初から最適解を得ることは難しい。最適解を得ても時間が過ぎれば変わっていく。行列が延びれば、看板の文字が見にくくなるように。だから絶えずアップデートを繰り返す状況こそが正解なのだ。ヒアリングし、実行し、失敗と判断したらすぐ変更する。爆速で繰り返せば、失敗はすぐリカバリーできるし、試行回数が多くなれば成功確率も高まる。
すべてがこの調子だった。大阪・関西万博の来訪者が想像よりリピーターが多いとわかると、2回目の来店でも楽しめるよう新メニューを開発した。ちょうど、全国のほっかほっか亭の店舗では季節限定の『なす味噌炒め弁当』を展開していたため、これを『ワンハンドBENTO』にアレンジして投入、すると意外なことに既存店舗のお客さんが増えた。「万博で食べたかったけど行列が長かったから……」と、店舗にお弁当を買いに来るお客さんがいたのだ。
この熱量を支えるため、小丸と永岑は動画を用意した。現場のスタッフは、全国から臨時で集まり、寮に泊まって働き、地元へ帰っていくアルバイトさんで成り立っていた。そんな彼・彼女らが主人公の動画を作成し、社内向けHPにアップしたのだ。植﨑が話す。
「みんな帰っていく時は『いい思い出になった』と言ってくれました。でも売れ行きがすごくて、私はあるスタッフの『トラウマ級の思い出になりました!』という言葉が心に残っていますね(笑)」
スタンプラリーが流行ると、残された時間は少なかったが記念スタンプを作った。そして迎えた万博最終日、くす玉の数字は22万食にまで伸びていた。
爆速改善が結実した現場にひとつの成功の形が見えた

累計販売数7万食のタイミングでくす玉を作り、最終的に22万食に至るまで、何度も祝いのポスターを飾った。
すごい速度で変わっていく現場は、広報としても最高に刺激的でした

お客様の「ワクワク感」や「応援」が会場の熱気の源になったのだと思います

万博の熱気は終わらない。各地で続く完売の連鎖


万博閉幕後もイベント等で販売を継続。「完売御礼」が並ぶ光景は、『ワンハンドBENTO』が確かな需要を掴んだ証しだ。
伝統とは、変えつづけること。老舗の新しい挑戦
飯沼のチームがこの好機を逃すはずがない。通常の店舗で『ワンハンドBENTO』を販売しても、通常の「のり弁当」の方が量が多いから、ちょっと難しいだろう。でもイベント会場など、『ワンハンドBENTO』の方が適した場所はあるはずだ。今はスポーツイベントなどに出展するタイミングを見極めているという。
飯沼には、別の思いもあった。
「我々は決して、潤沢に広告予算があるわけではありません。そんな中、お客様にファンになって頂くために一番重要なのは、ワクワクしてもらえる、ということだと思うんです。今年、ほっかほっか亭は創業50周年を迎えます。今後もますます面白い商品を作って、この勢いを継続していかないと」
実を言うと、今の「のり弁当」のスタイルを確立させたのはほっかほっか亭だ。昭和30年代、貧しかった頃の日本では、白米にのりとおかかを載せた弁当が普通だったが、同社はこれに白身魚のフライやちくわ磯辺揚げを載せ、定番の「型」にした。老舗だが、常に迷い、人に聞き、改善を繰り返し、ついに自社が打ち立てた「型」をも破る──。本当の老舗とは、そのようなものかもしれない。
取材・文/夏目幸明 撮影/佐藤信次







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