何をやっても無駄だと感じてしまう――それは「学習性無力感」かもしれません。自分の努力が結果に結びつかない経験の積み重ねで起こる心理状態です。本記事では、原因や大人に多い具体例、克服のための実践ステップをわかりやすく解説します。
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一生懸命に取り組んでいるのに結果が出なかったり、良かれと思ってしたことが裏目に出たりすることが続くと、いつの間にか「何をやっても無駄だ」と感じてしまうことはありませんか。
こうした「何をしても無駄」という感覚が定着し、思うように動けなくなる状態を、心理学では「学習性無力感」と言います。
本記事では、この無力感が生まれる原因や、大人の日常生活で見られる例、そして克服へのヒントを解説します。
学習性無力感とは?
まずは、学習性無力感がどのような仕組みで起こるのか、その根拠となった心理学の実験から見ていきましょう。
■逃げられない環境がもたらす影響
学習性無力感とは、アメリカの心理学者のマーティン・セリグマンが発表した理論です。当時行われた実験では、自分の行動で状況を変えられない環境に置かれ続けた犬が、たとえ逃げられる状況に変わっても、抵抗したり逃げ出したりしようとしなくなることが示されました。
この実験から、私たちは「自分の力ではどうにもできない」という経験を重ねるうちに、「何をしても無駄である」という感覚を後天的に学習してしまうことがわかったのです。
■無力感は“甘え”ではない
学習性無力感に陥ってしまうと、やるべきことはわかっているのにどうしても手が動かなかったり、体が鉛のように重く感じて立ち上がれなかったりといった、思うように動けない状況が続きます。
その状態は、周囲からはさぼっているように映り、「甘えているだけだ」という厳しい目を向けられることがあるかもしれません。本人は決して楽をしているわけではなく、心身が反応してくれないことに焦り、苦しんでいる最中にあります。しかし、そうした葛藤は外側からは見えにくいため、心ない誤解を招いてしまうことがあるのです。
学習性無力感は本人のやる気や性格の問題ではありません。自分の行動が結果に結びつかない経験を重ねたことで、脳が「何をしても無駄だ」という感覚を取り込んでしまった状態です。
つまり、これは誰にでも起こり得る心理的な反応であり、決してその人の意志が弱いわけではないのです。
学習性無力感の原因と大人が陥る具体的な例
大人の学習性無力感は、日々の生活や仕事の中で、自分の意志や努力が結果に反映されない経験が積み重なることで、静かに進行していきます。代表的な例をいくつか挙げます。
■職場における理不尽な環境
仕事の現場では、自分の裁量ではどうにもできない過度な負担や、理不尽な人間関係が、学習性無力感に陥る原因となることが少なくありません。例えば、慢性的な人手不足の中でどれほど効率を上げても次々に業務が積み上がり、終わりの見えない状況に置かれ続けるケースがこれに当たります。
また、良かれと思って出した提案が何度も無下にされたり、上司からの指示が二転三転して自分の努力が徒労に終わる経験が繰り返されたりすることも、次第に「何をしても無駄だ」という感覚が心に定着していきます。
■家庭や対人関係での行き詰まり
家庭内やプライベートな人間関係においても、無力感は忍び寄ります。例えば、育児や介護において、どれだけ心を尽くして向き合っても状況が好転せず、誰からも正当な評価やサポートが得られない状態が続くケースです。
あるいは、パートナーとの関係において、歩み寄ろうとする試みが常に拒絶されたり、無視されたりし続けることも大きな要因となります。
自分の働きかけが相手に全く響かないという経験は、新しい行動を起こす気力を徐々に削ぎ落としてしまうのです。
■失敗体験の蓄積と自己効力感の低下
過去に大きな挫折を経験したり、小さな失敗が連続したりすることも原因のひとつです。ここで重要になるのが、自分ならできる、状況をコントロールできるという期待感である「自己効力感」です。
学習性無力感の状態では、この自己効力感が著しく低下しています。例えば、資格試験に何度も落ち続けたり、転職活動で不採用が重なったりすると、次第に「自分は何をやってもうまくいかない人間だ」という負のセルフイメージが作られてしまいます。すると、その記憶が強いブレーキとなり、本来であれば解決できるはずの小さな問題に対しても、「どうせまた失敗する」と最初から諦めてしまうようになるのです。
このように、過去の経験から「自分の行動と結果は結びつかない」と脳が学習してしまうことが、現在の意欲を奪う原因となります。
学習性無力感の克服方法―今日からできる3つのステップ
学習性無力感は、生まれ持った性質ではありません。育ってきた環境やこれまでの経験の中で、「どれだけ頑張っても状況は変わらない」という体験を繰り返した結果、後から身についてしまった“強い思い込み”のようなものです。
ですが、それは過去の経験によって形作られたものである以上、これからの新しい経験によって少しずつ解きほぐしていくことができます。時間はかかっても、今の感覚を別のものに塗り替えていくことは可能なのです。ここでは、その感覚を塗り替えていくための3つのステップをご紹介します。
1.自分で決められる小さな目標を作る
まずは、確実に達成できる、ごく小さな目標を立てることから始めます。無力感の中にいるときは、自分の行動が結果につながるという感覚が失われているため、それを1つずつ取り戻していく必要があります。
確実に達成できるごく小さな目標とは、例えば「朝起きたらコップ一杯の水を飲む」「帰宅したら靴を揃える」といった、成否が自分の意志だけで決まる簡単なことで構いません。自分で決めたことを実行できたという事実が、少しずつ心に力を与えてくれます。
2.スモールステップで「できた」を増やす
自分で決められる小さな目標を持てるようになったら、次はそれらを継続し、少しずつ範囲を広げていきます。
大きな問題を一度に解決しようとすると、再び失敗体験を招き、無力感を強めてしまう恐れがあります。そのため、物事を細かく分解し、確実に達成できるスモールステップ(小さな成功体験)を積み重ねることが大切です。
例えば、資料作成が進まないときは「タイトルと見出しだけを打ち込む」といった、数分で終わる具体的な作業から始めます。もし調子が良く、そのままぐんぐん進められそうだと感じたときは、その波に乗って進めても構いません。大切なのは「調子が悪い日でもこれだけはやる」という最小単位を決めておくことです。
進める日と休む日の差を許容しながら、少しずつ「自分で状況をコントロールできている」という感覚を再構築していくことが、克服への近道となります。
3.自分のコントロール外にあることを切り離す
どれほど努力しても、他人の感情や理不尽な環境など、自分の力ではどうにもできないことは存在します。学習性無力感を克服するためには、自分の努力で変えられる範囲と、そうでない範囲を明確に分ける意識も必要です。
例えば、職場で上司の機嫌が悪いことや、他人が自分をどう評価するかは、相手側の問題であり、自分にはコントロールできません。こうした自分では変えられないことに対して「自分の努力が足りない」と責めるのをやめ、目の前にある自分の作業を淡々と進めるといった、自分の振る舞いだけに集中するようにします。
また、会社の方針や景気の変動といった大きな環境についても同様です。変えられない背景に悩むのではなく、今日やるべきタスクを1つずつ完了させるといった、自分の手の届く範囲にのみ力を注ぎます。
このように、自分ではコントロールできないことへの執着を手放し、確実に動かせる小さな範囲に集中することで、心の平穏と自信を取り戻すきっかけを掴めるようになります。
文・構成/藤野綾子
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