昨今、体に気づかう人や女性にも人気の焼酎。中でも芋焼酎の「黒霧島」といえば、全国の焼酎(泡盛を含む)メーカーNo.1※の『霧島酒造』が手がける人気銘柄である。
ある日、筆者は某スーパーで「黒霧島焼酎あめ」なるお菓子を発見。販売者を見ると、見紛うことか『霧島酒造』その人である。
調べると、『霧島酒造』は宮崎の本社に直営施設を併設し、「黒霧島」など焼酎配合のお菓子や芋菓子を企画・販売。地元住民も観光客も、呑兵衛も飲まない人も、お子さんやインバウンドも。誰でもたのしめるオープンな場所になっているという。
酒造メーカーの枠にとどまらず、もはやテーマパーク化しているではないか!気になって仕方ないので『霧島酒造』に走った。
※帝国データバンク福岡支店 2025年調べ
3度の焼酎ブームと、現在
そもそも焼酎には、ブームが何度か訪れていることをご存知だろうか?『霧島酒造株式会社』広報・章 性民さんによると、焼酎ブームは3度あり、それは次のとおり。
・第一次ブーム 1970年後半〝お湯割り〟
ウォッカ・ジン・テキーラなどの無色透明なお酒を楽しむ「白色(ホワイト)革命」が世界的に盛り上がり、日本でも焼酎ブームが起こった。当時人気だったのはお湯割り。
・第二次ブーム 1980年代前半〝麦焼酎〟
手頃なホワイトリカーが大ヒットし、居酒屋では酎ハイやサワーがヒット。すっきり爽快で飲みやすい麦焼酎も人気に火がつき、『いいちこ』が一躍人気に。焼酎を飲む人が徐々に増えていった。
・第三次ブーム 2000年代〝芋焼酎〟
これまで地元で親しまれていた芋焼酎が次々と全国に羽ばたき、東京では焼酎専門店や焼酎バーなどのオープンが相次いだ。また、2003年には、焼酎の出荷量が53年ぶりに清酒を上回り、入手困難なプレミアム芋焼酎も出現。『霧島酒造』の「黒霧島」も、「芋臭さがなく、飲みやすい」と女性や若い人にも幅広く受け入れられた。
「第三次ブームでは、福岡のビジネスパーソンにアプローチするため、『黒霧島』を朝から路上でサンプリングしました。あえて出社前の朝に試飲していただくことで、その日、会社や出先で話題にしてもらうことを狙ったんです」(『霧島酒造』広報・章 性民さん)
さすが呑兵衛に優しい街、福岡らしい豪快なマーケティング戦略!
さまざまな企業努力があり、「黒霧島」は全国に知られる存在に。現在では、用途に合わせて容器(瓶、紙パック、ペット)と容量(1800ml、900ml、750ml、720ml、200ml)や度数(25度、20度)を変えてラインナップ。海外向けの商品もあわせるとさらに種類は増え、合計すると20種類を超えている。
では、現在の焼酎界隈は、どんなようす?
「『霧島酒造』は、2016年に過去最高の売り上げを記録しましたが、残念ながらそれ以降は下降気味です。これは焼酎業界全体でいえることです。ただ、海外への輸出量でいえば『霧島酒造』は緩やかに上昇中。現地在住の日本人向けの輸出が多い傾向にあります」
世界を見渡せば、まだまだ伸び代はある。とはいえ、国内の売り上げ微減は、焼酎業界目下の課題。章さんによると、近年は原料となるサツマイモの育成不良が売上に響いているのだとか。また、物価高による買い控えや、若者を中心とした酒離れや消費者の嗜好の多様化なども影響しているとのこと。確かに、お酒以外にも、今の世の中は楽しみが多すぎる。トップメーカーとはいえ、苦戦を強いられるのは仕方がないのかもしれない……。
酒造メーカーがお菓子やオリジナルグッズを手がけ始めたワケ
工場見学は、まだ分かる。しかし酒造メーカーが、なぜお菓子もつくるのか?その問いへのアンサーは、1998年に設立された直営施設「霧島ファクトリーガーデン」にある。
正式名称は「焼酎の里 霧島ファクトリーガーデン」だ。敷地面積は約13万6000平米もあり、焼酎の工場見学施設のほか、オリジナル菓子やグッズを売るショップとレストラン、クラフトビール醸造所が一体となったブルワリー、焼酎造りの副産物である焼酎モロミを使った焼きたてパンとピッツァが並ぶベーカリー、ビーチパークなどがあり、焼酎好きはもちろんファミリーも楽しめる複合施設となっている。
話は1990年代に遡る。『霧島酒造』がある宮崎県都城市には、大型バスの観光客が立ち寄れる場所が少なかったそうだ。そこで地域活性化を目指して整備。工場見学にとどまらず、自然と共生する空間で焼酎の魅力や文化を発信するべく、「里山」をコンセプトに「霧島ファクトリーガーデン」はつくられた。
「『霧島酒造』の焼酎づくりに欠かせない霧島裂罅水(れっかすい)が汲めるスポットは、地元の方々に人気ですね。ビーチパークでは、地元の小学生や中学生が放課後に遊んでいるなんてこともあるんですよ」と笑うのは、霧島ファクトリーガーデン事業本部ショップ課 係長の福留亜沙美さんだ。福留さんは、オリジナル食品をつくり始めた当時を知る一人だ。
「『霧島ファクトリーガーデン』がオープンした時は、霧島裂罅水でつくる地ビールと、地元食材が楽しめるレストランがメインでした。ショップはまだまだ小さく、ご利用いただくのは地元のお客様が多かったですね。それが工場見学もしていたことで、徐々に県外からの観光客も増えていったんです」(福留亜沙美さん)
そこでショップの規模を大きくし、並べる商品のバリエーションも増やすことに。自社の焼酎や宮崎県の地元銘菓を並べていたところ、お客から「オリジナル商品がほしい」という声が多数寄せられたそうだ。
「『霧島酒造』といえば、『黒霧島』とおっしゃっていただくお客様が多かったこと。また、お酒を飲まない方や、県外からいらっしゃる方でも、焼酎以外でお土産になるものをつくろうと考えました。
そこで、当時の責任者と相談して、2005年に『黒霧島ゼリーインチョコレート』や『黒霧島ラングドシャクッキー(現在は終売)』などを発売したんです。これが最初のオリジナル食品ですね」(福留さん)
レシピ開発は製菓メーカーに依頼。焼酎は使うが、ウイスキーボンボンのように食べるだけで酔っ払うというよりも、香りをたのしんでもらうことを大切に。何度も試作を重ね、風味や味を確認しながら商品化した。
「お客様からは、ラベルに『黒霧島』としっかり入ったデザインだったので、面白い!というリアクションでしたね。アルコール度数は1%未満と控えめにしたこともあり、手軽に食べられると、お土産はもちろんご家庭用に買っていただく方も多くいらっしゃいました」(福留さん)
その後、2007年には「黒霧島焼酎あめ」「黒霧島焼酎もなか」を発売。2009年には「黒霧島カステラ」、2013年にはオリジナルグッズ「黒霧島Tシャツ」や「霧島前掛け」、2015年には「くつろぎの霧島Tシャツ」を発売するなど、着々とラインナップを増やしていった。
「雑貨の販売に力を入れたのは、コロナ禍前の、インバウンドのお客様が多かった時期です。『黒霧島』などと、名前を打ち出す雑貨がインバウンドの方々には人気で。最初は営業担当がお取引先の飲食店さんに渡す前掛けなど、すでに会社にあるものから売り始めました。そこから派生して『くつろぎの霧島Tシャツ』など雑貨を増やしていったんです」(福留さん)
なるほど。お菓子やオリジナルグッズもつくったのは、地域にもっともっと人を呼ぼう!という地元愛ゆえ。そしてお客の要望に、一つひとつ誠実に応えていったから。しかしこれだけの規模にできたのは、2026年で創業110年を迎える老舗であり、「黒霧島」を始めとする人気銘柄を手掛けていた『霧島酒造』だからであろう。







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