お茶づけといえば、歌舞伎の隈取りや定式幕を彷彿とさせるパッケージでおなじみの永谷園『お茶づけ海苔』。永谷園のお茶づけ海苔には、おまけとして歌川広重の浮世絵シリーズ『東海道五拾三次』カードが封入されている。
しかしこのおまけが、2025年12月末の製造分をもって終了となっていたことを、御存知だろうか? 約60年前に封入され、2016年11月のカード封入復活から約10年にわたり愛されてきた名物企画が、ひとつの幕を下ろした。
今回、永谷園の商品広報部長で2016年のカード封入復活にたずさわった小川さんと、商品広報部の淡路さんに、『東海道五拾三次』カードの歩みやエピソードを聞いた。
きっかけは検印紙 創業者・永谷嘉男氏のアイデアからスタート
永谷園は、昭和28年(1953年)4月に永谷嘉男氏が「株式会社永谷園本舗」として設立。設立前年の昭和27年(1952年)に、嘉男氏が開発して発売した袋入りの『江戸風味 お茶づけ海苔』が人気となり、翌年の創業につながった。
『東海道五拾三次』カードは1952年に『お茶づけ海苔』が発売されて以降、約60年前から封入を開始。1997年に一旦休止したが、2016年から再び封入が始まった。『東海道五拾三次』の浮世絵55枚のうち1枚のカードがランダムに封入されており、裏面には応募要項が書かれている。
商品パッケージ裏面の「味ひとすじマーク」を3枚集めて送ると、毎月1000人に『東海道五拾三次』カードフルセットが当たるのだ。このフルセットキャンペーンは8月末まで継続される。
――『東海道五拾三次』カードを封入することになった経緯を教えてください。
淡路さん「発売当初『お茶づけ海苔』は1食分バラ売りでした。その後商品が人気になってから、今で言う“お徳用パック”のような“まとめ売り”を始めたんです。現在のようにパッケージにデザインが印刷されておらず、透明な袋に小袋を手で詰めて上を紐でくくるものでした」
淡路さん「ただこの売り方だと、何か不備が起こった時に『どの製造ラインでどう作ったか』が分からないんですね。そこで、『ちゃんと作りましたよ』という安心・安全の意味も込めて、この袋に『検印紙』を入れていたんです」
――最初はカードではなく普通の検印紙だったのですね。
淡路さん「無地の白い紙に単純にハンコを押しただけでした。ただ、創業者の嘉男が、『これだとあまりにも素っ気ない。無地に対して何か花を添えられないか』と考えて、『(検印紙に)浮世絵を載せてはどうか』ということで、『東海道五拾三次』カードが始まりました。嘉男は『日常の食生活にちょっと彩りを添えたい』という感覚の持ち主で、アイデアマンでもあったんですね。日本の文化、歌舞伎や浮世絵などにも元々興味がありました」
――原画使用の許可取りなどは大変そうです。
淡路さん「それが、クラシック音楽と一緒で作った方が亡くなられてから(当時は50年、現在は)70年経つと著作権がなくなります。これは江戸時代の方々が作られたものなので、基本的には自由に使っていいものになります」
――カードはその後どのように発展したのですか。
淡路さん「最初の広重『東海道五拾三次』から北斎・写楽などどんどん他の浮世絵を展開していき、途中でゴッホやルノワールなど西洋絵画にも展開しました。さらに『シルクロード(写真)』や竹下夢二、最後は『日本のお祭り(写真)』となり、最終的には10セット展開しました。人気が高かったのは広重『東海道五拾三次』と葛飾北斎、ルノワールです」
2016年に復活 同じ『東海道五拾三次』カードでも初期と復活期で色味や漢字が違う
――1997年に一旦お休みしたのはなぜですか。
淡路さん「キャンペーンに応募される方が年々減ってきていたのでいったんお休みしました。でもいざ止めるとお客さまからの反響がすごく、『お茶づけを開ける時のワクワクをもう一度!』『子どもの頃に楽しんだものを、自分の子どもにも見せたい』というお声をいただきました。その後、東京オリンピックの決定や和食のユネスコ無形文化遺産登録など日本の文化に対し国内外から注目が集まったこともあり、2016年に、『改めて日本の文化を発信しよう』と復活させました」
――その復活にたずさわったのが小川さんです。担当になった時、どう思われましたか?
小川さん「正直、『大変だな~』と思いました(笑)。でも、多くのお客さまに『あれ、良かったよね』とご好評頂いたものを復活させるのは面白いなと。私はマーケティングで商品開発もやっていましたが、味覚だけでなく、お茶づけという商品にプラスアルファの価値をつけることは、やりがいがありました。“五拾三次”なのに絵が55枚あることすら知らなかった私が(笑)、本物の浮世絵を自分の目で確かめるために博物館に足しげく通いました」
――間違いやすいですが53枚ではなく、出発地の日本橋と終着地の京都を足して55枚ですね。
小川「実は『東海道五拾三次』の各作品は、所蔵している博物館によって微妙に違うんです。手刷りなので色合いも違うし、作品によっては絵の中の人物の数が違ったりするんです」
――ええっ? 同じ『東海道五拾三次』なのに違うのですか!
小川さん「版木(はんぎ)が違うので、同じ宿場でも人が3人しか映ってない絵もあれば、10人くらいになっている絵もあります。だからカード復活においても『どこの博物館に所蔵しているものを手本にするか』が大事でした。2016年の復活カードは、江戸東京博物館所蔵品を手本として使わせてもらったのですが、1997年以前の初期カードとは手本とした作品自体が違うので、同じ『東海道五拾三次』カードなのに色味が異なります」
――版木の違いやすり方で変わるのですね。
小川さん「そうですね。赤色があまり赤くないとか、違いがあります。また、21番目の宿場に『丸子(まりこ)』という絵があるのですが、初期カードは『丸子』ではなく『鞠子(まりこ)』と、色味だけでなく漢字も違うんです」
――ファンの方でも、初期と2016年以降の復活版で色味や漢字が違うことに気づいていないかもしれませんね。小川さんはカード復活の際になぜ江戸東京博物館を選んだのですか。
小川さん「保存状態が良く、55枚全てがキレイだったからです」
――運用していく上で大変だったことはありますか。
小川さん「商品にカードを再封入するのが一番大変でした。実は1997年の休止時にカード封入装置をすべての製造ラインから撤去しちゃったんです。で、復活にあたり新規の封入装置を全製造ラインに設置し直すことになり、製造の担当者に『(装置を)取っておけばよかったじゃないか!』とすごく怒られました(笑)。復活の際は、『初期と同じ材質、同じサイズにしよう』とこだわりました」
淡路さん「カードの材質やサイズによって封入装置の設計・調整をデリケートに行う必要があるのですが、復活にあたりカードの材質・サイズを変更しなかったことで、以前の製造ノウハウがそのまま活かせたんです。現在、『お茶づけ海苔』は製造ラインで高速包装しており、パンパンに詰まったパッケージにカードをきちんと1枚入れるというのは、実は至難の業。他社さんからも『すごい!』と言っていただいています」
終了ではなく休止「“今の時代に合った彩り”を考えていきたい」
――今回、封入終了を決めた理由を教えてください。
淡路さん「食を通じて日本文化を発信する、という志は変わらないのですが、発信の仕方は時代時代で変わってもいいのかなと。 “次の50年”を見据えた時に、『次はどういう発信の仕方がお客さまに響くのか』を、一旦立ち止まって考えようということで、今回また“お休み”という形になりました」
――「終了」ではなく「お休み」なのですね。
淡路さん「はい。『終了』ではありません。また新しいことをやっていきます。SNSでも『寂しい』というお声をたくさんいただいて、改めてこのカードの価値を実感しています。我々が想像するに、約60年前は日常において本物の美術品を見る機会が多くなかったと思います。それゆえお客様にとって、浮世絵カードを通じて疑似的に芸術品に触れることは新鮮だったのでは。学校の先生からも『美術の授業で使えるから一式全部欲しい』というお声をいただいたこともあります。嘉男の遊び心が、お客さまの日常に彩りを加えるいい流れになったと思います」
――ファンの心をくすぐりますよね。
淡路さん「商品に封入しているカードの裏面はキャンペーン応募要項が書かれていますが、キャンペーン景品のカードセットには、各カード裏面に作品解説が書かれています。なので、『商品封入版』55枚と『解説付きのフルセット』55枚、両方揃えて110枚集めているマニアの方もいらっしゃるそうです」
――すごいですね! 最後に、お客さまにメッセージをお願いします。
淡路さん「お茶づけ海苔もこのカードも、日々の食卓や生活にそっと彩りを添えるもの。その気持ちを決してブラすことなく、これからもお客さまをワクワクさせる“今の時代に合った彩り”をお届けしてまいりますので、どうぞご期待ください!」
取材・文/コティマム
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