ビジネスパーソンのキャリア観が劇的に変化する中、今、新たな選択肢として「個人M&A(事業承継)」が急速に注目を集めている。
「会社員を続けながら副業として経営に関わる」「培ったスキルを武器に地方で社長になる」といった、かつては想像もできなかった働き方が現実のものとなりつつある。
日本最大級のM&A・事業承継支援プラットフォーム「BATONZ(バトンズ)」を運営する株式会社バトンズ代表の神瀬氏と、同社の執行役員 CLO兼CCOで弁護士である皿谷氏に、個人M&Aが「新常識」となった背景、そして「脱サラ」の理想型とも言える最新の成約事例について話を聞いた。
キャリアの多様化が生んだ「第3の選択肢」
神瀬: 近年、ビジネスパーソンのキャリア観は驚くほど多様化しています。以前は一つの会社に勤め上げるのが美徳とされていましたが、今では「転職」や「副業」は当たり前の選択肢になりました。そこに今、第3の選択肢として「個人M&A(事業承継)」が浸透してきていると感じます。
皿谷: バトンズの調査データを見ても、M&Aを通じて達成したい目的として「起業・経営」が73.1%とトップですが、「副業(33.7%)」や「セカンドキャリア(32.0%)」という回答も上位に並んでいます。
株式会社バトンズによるアンケート
[期間] 2025年7月8日~7月22日
[方法] オンラインアンケート(設問により単一/複数回答)
[対象] M&A・事業承継支援プラットフォーム「BATONZ」会員
[人数] 売り手:134名、買い手:459名、M&A専門家:285名
神瀬: 私たちが運営しているM&Aプラットフォーム「BATONZ」では、買い手の約7割が個人や個人事業主で占められています。もはやM&Aは企業同士が行う特別なものではなく、個人のビジネスパーソンが主役となるマーケットに進化していると言えます。まさに「起業・独立」を考える際の有力な手段になっていると言えますね。
皿谷: 数年前、「300万円で会社を買う」といった書籍が話題になり、テレビなどでも取り上げられたことで、個人の登録者数は爆発的に増えましたよね。
神瀬: そうですね。ただ、当時は興味本位の方も多く、一時的なブームの側面もありました。実際に買おうとすると現実は厳しく、売り手から「個人には売りたくない」と断られてしまうケースもありました。法人のほうが安心だし、社員への説明もしやすい、という売り手の心理は根強いものがあります。
皿谷: つまり、買いたい人はたくさんいるけれど、売り手からすると本当に「この人に託したい」と思わせるマッチングが成立しにくい状況もあった、とも言えるかもしれません。しかし最近は、その壁を乗り越える、熱量の高い個人買い手が増えてきていると感じます。
長年の想いを形に。現場のプロが40年続く金型メーカーを承継
神瀬: 私たちがサポートした個人の方のM&A事例を紹介します。自動車プレス・金型製作会社の承継です。買い手は30代半ばの方で、もともと同業のメーカーに従業員として勤務されていた、いわば「現場のプロ」です。その方はM&Aの「目的意識」と「準備」を徹底されていました。「何ができて、何ができないか」「なぜ独立したいのか」という紹介文が完璧で、資金面でも自ら貯金をし、親族の援助も含めて具体的な計画を提示されていました。
皿谷: 売り手様は、創業社長が40年守ってきた会社でした。お子さんはおられたものの、引き継ぐ予定はなく後継者不在で跡継ぎを探されていました。これまで数社の法人が買い手候補に上がりましたが、「技術を引き継ぐのが難しい」と断念していた案件でもありました。
神瀬: そこに、同業で技術があり独立を考えていた買い手様が手をあげました。買い手様は技術承継には自信があるものの、事務が苦手な点も「経理は奥様に少し手伝ってほしい」と素直に伝えていました。さらには、最終契約締結前にもかかわらず売り手様の近くに引越しをしてまで跡を継ぎたいという決意を示されていました。売り手様も「この人しかいない」と確信され成約されました。また経済面からみてもとても合理的で、ゼロから設備投資をするとなると億単位の費用がかかりますし、40年の信頼やお取引先はお金では買うことができません。
皿谷: まさしく「時間を買う」という合理的な選択ですね。さらに、この会社は無借金の堅実経営だったことも安心材料でした。成約後も、社長は2~3年かけて技術を伝承し、奥様も半年ほど経理を引き継ぐという、手厚いサポート体制が組まれていますね。
神瀬: 「ノウハウ」「設備」「取引先」を丸ごと引き継げる。これこそが、イチから起業するよりも事業承継するメリットと言えます。事業承継とは単なる経営権の移動ではなく、経営者の方々が長年守り抜いてきた技術や想い、信頼といった「価値」を次世代へ繋ぐことなんです。
皿谷: またスモールM&Aにおいて重要なのは、許認可や特許などの法的な権利だけではありません。経営理念、熟練の技術、取引先との人脈など、目に見えにくいものも含め、「知的資産」を正しく評価し、引き継いでいくことこそがM&Aの本質です。
神瀬: 今回の事例でも、売り手様が40年かけて培った「金型製作の勘所」を、自分の技術と掛け合わせることで、さらに発展させようとしています。日本の製造業の宝を守る、素晴らしい「知的資産の承継」と言えますね。
「M&Aは怖い」を払拭する、M&Aを後押しする整備
皿谷: M&Aは多くの方にとっては身近ではなく、「なんとなく怖そう」など、まだハードルが高いものだと思います。一方で後継者不在の事業者の経営資源を次世代に繋ぎ、事業の成長や生産性向上などを図るため、国でもM&Aを推進しています。私が携わった中小企業庁の「中小M&Aガイドライン」などがその一例かと思います。
神瀬: 引き継ぐ会社にリスクがないか事前に調べるデューデリジェンス(DD)というものがありますが、数百万円かかるケースもあり個人の方とっては大きな負担になる可能性があります。今では個人の方にも実施いただけるように、例えばバトンズでは40万円程度で実施できるDDサービスや、万が一の事態に備えた表明保証保険を自動付帯するようなサービスも提供しています。
皿谷: 資金のやり取りも「エスクロー決済」を使えば安全ですね。バトンズでも「バトンズ安心決済サービス」を提供しております。今はリスクを最小限に抑えながら挑戦できるインフラが揃ってきているので、個人の方でも安心して検討することができますね。
また買い手が実際に事業を引き継いだ後のことを見据えた支援というものも重要であると思います。当社ではM&A後もスムーズに事業が進められるように成約後の統合プロセス(PMI)の支援や、個人の方向けの伴走型のスクールなどのサービスも充実させています。
神瀬:「学び続け、挑戦したい」という強い意志を持つビジネスパーソンにとって、M&Aはもはや特別なものではなく、自分らしい人生を切り拓くための「最強の武器」になるはずです。私たちはそのような想いを持たれている個人の方が安心して踏み出せるよう、全力でサポートしていきたいですね。
取材協力/株式会社バトンズ(M&A・事業承継支援)
構成/DIME編集部







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