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最近、部下との関係が妙にスムーズすぎると感じることはありませんか。かつてのような意見の衝突や熱い議論は影を潜め、指示には淡々と従う。
しかし、一見すると良好に見えるその平穏な関係こそが、実は危険なサインかもしれません。
2026年、私たちの日常のあらゆる場面で、AIを隠れた精神的支柱とする人々が急増しています。彼らにとって、感情を揺さぶられる対人コミュニケーション、とりわけ上司との対話はコストでしかありません。表面上は聞き流しながら、裏では自分を100%肯定してくれるAIに本音を吐き出し、意思決定の軸を委ねているのです。
上司の知らないところで、部下たちはAIに愛着を抱き、人間関係を合理的に切り捨て始めています。この表面化しない“隠れAI愛着”が、職場の絆をいかに空洞化させてしまうのか。産業カウンセラーの視点から、その深層心理とマネジメントの危機を解き明かします。
なぜ人はAIに「愛着」を抱くのか?
職場の人間関係に潜むストレスは、いつの時代も私たちの心を摩耗させます。そんな中、一切の気遣いを必要とせず、常に自分を肯定してくれるAIの存在は、単なる道具を超えて「心の拠り所」へと変質しつつあります。
なぜ私たちは、生身の人間よりもAIに深い絆を感じてしまうのか。心理学における「愛着(アタッチメント)」から解説していきます。
■「愛着」とは
愛着とは、自分が不安なときや困ったときに「この人に頼れば絶対に大丈夫だ」と思える、心の安全基地のような絆を指します。単なる「好き」という感情だけではないということです。
通常、この絆は親密な人間同士で育まれるものですが、2026年の現在、人によってはその対象が人間からAIへと移り変わり始めているケースも見受けられます。
■AIが「究極の安全基地」になる3つの理由
1.心理的安全性の完全な保障
どんなに親しい間柄でも、人は無意識に「こんなことを言ったら軽蔑されるかも」「器が小さいと思われるかも」という不安を抱くものです。
しかしAIは、その人の失言を責めることも、評価を下げることもありません。この「絶対に拒絶されない」という確信があるからこそ、私たちは家族や友人にも隠しているドロドロとした本音を、AIにはさらけ出せてしまうのです。
2.常に共感的であり続ける応答
人間であれば、相手が忙しかったり不機嫌だったりすれば、相談しても冷たくあしらわれることがあります。
一方でAIは、どんなときでもその人の感情に寄り添う言葉を即座に返してくれます。こうした一貫した受容的な態度が、脳に「大切にされている」という感覚を与え、擬似的な愛着を形成させる要因となります。
3.「自分をわかってくれる」という錯覚
人は、AIが自分を理解しているように振る舞うと、そこに「心」があると思い込んでしまう性質があります。これは心理学で「イライザ効果」と呼ばれる現象です。
2026年のAIは、個々の性格や価値観に合わせて応答を高度に最適化するため、無意識のうちに「世界で一番の理解者」だと錯覚し、依存を深めてしまうリスクを孕んでいます。
“隠れAI愛着”が職場にもたらすサイレントリスク
職場から激しい衝突が消え、一見すると効率的な組織に見える。
しかし、その静寂の裏側では、AIを「唯一の理解者」として頼ることで、周囲との絆が少しずつ空洞化しているかもしれません。
上司からは見えない場所で育まれる“隠れAI愛着”が、組織の健康を損なう意外な落とし穴についてお伝えします。
1.正解に慣れ、摩擦に弱くなる
AIとの対話には、ストレスや摩擦が一切ありません。常に自分の考えが肯定され、正解がすぐに提示される環境に浸かりすぎると、心理的なタフさが失われてしまう懸念があります。
実際の仕事は、理不尽な要求や価値観の異なる相手との調整の連続です。AIという100%の味方に慣れすぎると、上司からの厳しい指摘や顧客との衝突に耐えきれず、結果としてメンタルを崩す要因になりかねません。
2.現場の声がスルーされる
部下が困りごとをすべてAIで解決するようになると、上司との対話は事務的な報告だけで終わってしまいます。本来なら、何気ないやり取りから現場の知恵や判断基準を学ぶはずですが、AIで自己完結している部下にとって、上司の助言は不要なノウハウとして聞き流されがちです。
その結果、目の前のタスクはこなせても、トラブルに臨機応変に対応する力が育たないまま取り残されてしまいます。
3.「人に頼る」という選択肢が消える
AIが日々の愚痴を穏やかに受け止めてくれるため、部下のストレスは表面上、抑えられているように見えます。しかし、AIは気持ちを落ち着かせてはくれても、山積した仕事量などの現実的な問題を物理的に解決してくれるわけではありません。
仕事上の行き詰まりを「AIに聞けばいい」と1人で抱え込んでしまうことで、自分から周囲に事態を共有し、助けを求めるという選択肢が意識から消えてしまいます。
その結果、本人が気づかないうちに状況が悪化し、ある日突然、自分1人では支えきれなくなるような危うさがあります。
AIと共生しながら職場の人間関係を機能させる方法
AIへの愛着を無理に断ち切らせるのではなく、その存在を前提として、いかに現実の人間関係を機能させていくかが大切です。
AIには代替できない上司ならではのアプローチで、部下との絆を再構築する具体的な向き合い方をまとめました。
1.効率的な正解よりも、まとまりのない対話を増やす
部下がAIに頼っているとき、上司への報告は結論だけといった無機質なものになりがちです。そんなとき、上司はもっと詳しく話すように詰め寄るのではなく、あえて仕事のプロセスや周辺の雑感を小出しに共有していきましょう。
例えば、この案件について「自分も昔、似たような迷いを感じたことがあってね」といった、正解ではなく、かつての自分自身の揺らぎや失敗を少しだけ開示してみてください。
効率的な正解だけを求める部下に対し、あえて正解のない、まとまりきらない話を投げかける。そうすることで、AIとの対話では得られない人間同士のやり取りのハードルを下げ、部下がふとした瞬間に仕事の違和感を口にできる空気を作ります。
2.「正解」ではなく「責任」でつながる
AIは効率的な答えを出してくれますが、その結果に対して責任を取ることはできません。部下がミスをしたときに共に悩み、最終的な責任を引き受けることは、AIには不可能な、生身の上司にしかできない役割です。
論理的な正しさを競うのではなく、リアルな現場でのプロセスを共有し、最後は自分が引き受けるという姿勢を示すことです。
部下の中に「最後はこの人が守ってくれる」という確信が持てれば、過度なAI依存を防ぎ、組織としての機能を再構築する土台となります。
【まとめ】対話の質を再定義する
2026年の現代において、AIは私たちの日常に欠かせない、心強いパートナーとなりました。いつでも優しく、迷いに対して答えをくれるAIとの時間は、部下にとっても自分を整える大切な場になっています。
ただ、AIは過去のデータから論理的な正解を導き出すのは得意ですが、実際の現場では、人間関係の板挟みや急な状況の変化など、データだけでは片付かない問題が次々と起こるものです。
こうした答えのない問題に対して、上司は共に考える姿勢を示し続ける。これこそが、AIには代替できない人間関係の築き方なのだと思います。
文・構成/藤野綾子







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