2025年末、「アイロボットが米国で『チャプター11(連邦破産法第11章)』を申請した」と報道があり、SNSやニュースサイトでは「ルンバってなくなっちゃうの?」「アフターサービスは?」といった声が飛び交った。
だが、日本法人の山田毅社長を訪ねると、真相はまったく異なるようだった。
倒産でなく“戦略的リセット”?
「カメラマンさんがいるんですか? じゃあもっとフォトジェニックな格好をしてくればよかったですね(笑)」
現れた山田社長に悲壮感は微塵もない。そもそも山田社長によれば、報道と現実に起きていることの間にはかなりのギャップがあるようだった。
「今回の件の発端は、Amazonによるアイロボット買収計画の断念でした。両社の思い通り買収が進めば、アイロボットは製品開発を、Amazonは流通を担う『最強タッグ』になる予定だったのです。しかし皮肉なことに、両社がそれぞれのマーケットで強すぎることが問題となりました」
欧州の規制当局が「世界一同士が手を組んだら他のメーカーが入れない市場ができてしまう=市場の健全な進化が止まってしまう」と、独占禁止法の観点から待ったをかけたのだ。
しかしすぐ「なら我々が」と手を上げる企業が現れた。アイロボットが長くルンバの製造を委託してきた、中国・深圳市の企業・PICEA(パイシア)だ。
「PICEAは(ルンバ以外の製品も製造している)世界最大のロボット掃除機のメーカーです。また、ロボット掃除機や自動車の自動運転で使われるレーザーセンサー『LiDAR(ライダー)』も自社で製造しています。つまり、R&D(研究開発)と製造を担当するPICEAと、マーケティングとセールスを担当するアイロボットの垂直統合が成し遂げられる形になるわけです。これには計り知れないメリットがあります」
簡潔に言えば、プロダクトアウトとマーケットインの両方を活かしやすくなる。
具体的に言えば、技術を持つ側が『こういう部品ができたけどマーケティングに活かせる?』と聞いたり、マーケティング側が『これ原価はどれくらいで作れる?』と聞いたりする話し合いを頻繁に行えば、当然、ブレイクスルーが生まれやすくなるし、商品開発の速度も上がる、というわけだ。
ではなぜ「連邦破産法」などという、ちょっと怖い名前の手続きを行ったのか?
「企業にはどうしても、過去の“重み”が存在します。アイロボットであれば、(今後必要なくなる)米国内のオフィスや倉庫です。そこから身軽になるためには、一度、連邦破産法第11章、チャプター11の手続きをした方がよかった。しかし日本語に訳すと『破産法』になってしまうので、イメージが悪かったんですよね」
山田氏がバレーボールなどで鍛えた大柄な胸板を張って、ハリのある声で続ける。
「だから当然、アフターサービスも、サポートも今まで通りです。ご安心ください」
首脳陣が2日後に来日! 買収劇の真相
しかし記者が「じゃあ安心ですね!」と同調してはいけない。そこで「中国のメーカーというと、今でも安いけど品質はイマイチというイメージもありますが?」と突っ込んでみると……。
スパっと一刀両断された。
「それは古い考え方かもしれませんね(笑)。現在は、東芝、ソニー、自動車のボルボなど、世界的なブランドが中国の製造拠点を活用しています。一流ブランドの製品が中国で作られている、といった例はほかにも数えきれないほどありますよ」
山田氏は「中でもPICEAはモノづくりに対し真摯な姿勢を持っている」と話し、その例として買収劇の裏話を教えてくれた。
「統合のプレスリリースが出たのが1月15日の月曜日でした。そして驚くことに、その2日後の水曜日には、もうPICEAの創業者や経営トップが日本に来たんです」
全社員を集めた朝礼で新たな経営陣は今後のビジョンを口にした。
「PICEAはR&D(研究開発)と製造に関し世界的な実力を持っています。しかし、同社の経営陣は『セールスとマーケティングはアイロボットこそが世界No.1。だから我々があなたたちに、こう売れ、と指図することは一切ありません』と言います。それは、iRobotが行ってきた事業をリスペクトしている、だからお互いの強みを生かそう、という呼びかけだったんです」
さらに社員たちが喜んだのは、その“速さ”だった。製品開発の現場では、試行錯誤の回数が多いほど、より速く、より正しい解に行きつく可能性が高い。しかも経営陣に日本側からの要望や提案を伝えると、彼らは『メイク・センス(=理にかなっている)』『いいね、やりましょう!』と反応してくれる。
「実はそれまで、今後の不安を訴える社員もいたんです。しかしこの朝礼の後はみんながすっかりポジティブになりました。
あとでわかったことですが、日本以外の国でも同じことが起きていたようですよ」
以前、中国企業は安価な労働力を活かし“世界の工場”として稼働していた。しかし今は依頼主だった企業のブランドを買い、製販一体の体制を構築して世界へ打って出ようとしている。この買収も、そんな大きな流れの一部と考えていい。
だからこそ経営陣は様々な事例を元に「力による買収では社員が実力を発揮してくれない」「今までの事業へのリスペクトが必要」といったことを知り尽くしていたのだろう。
「それをやらなかったら、僕はクビ」
では今後、アイロボット社はどんな製品を作っていくのだろう? 特に日本の場合は、住居が狭く、騒音も嫌うなど特異性があるはず。今後はもっと日本向けにローカライズされた製品が必要だと感じるが?
「はい、それをやらなかったら、僕はクビだと思っています(笑)。例えば部屋に土足で入る文化の欧米では、ロボット掃除機に『たくさんあるゴミをざっくり吸ってほしい』と望むユーザーが多い。一方、日本人は『ゴミは少ないけれど、部屋の隅々まで丁寧に掃除してほしい』と思うユーザーが多い。日本はアイロボットの売上の約2割を持っている重要な地域です。今後は日本専用モデルの開発も視野に入れていくべきだと考えています」
そこで活きるのが今までの積み上げだ。現在、様々なデバイスと同様に、ルンバもメーカーとWiFiで繋がっている。これはユーザーとメーカーの双方にメリットをもたらす。ユーザーにとっては、購入後も製品が進化していくのはありがたいし、メーカーは……。
「Wi-Fi経由で集まる利用データを分析し、例えば『この機能は使われていない』、『週に1回しか使わない人はこの機能に気づいていない』などと分析し、製品開発やアフターサービスに活かすことが可能になります。なかでも日本は世界で初めてルンバのサブスクモデルを始めた国で多くのユーザーがおり、膨大なデータが蓄積されています。今後はこれをさらに活用できるはずです」
一本足打法からの脱却。アイロボットの“次の一手”は?
山田氏は、「1年以内には(日本市場にフィットした新製品が)出てくると思います」と話し、その先にも視線を向ける。
「個人的には、ポートフォリオを広げていきたいですね。ロボット掃除機一本足打法ではなく、異なる製品が連携してシナジーを生むような展開を考えています」
たとえば家庭内でも、ルンバと何かを繋げば、家族の見守りや防犯など、様々なことが可能になるかもしれない。
最後に山田氏は、こう話を終えた。
「そこで今、我々は日本市場でどのようなニーズがあり、どれを実現できるか検討中です。ぜひ今後に期待して頂きたいですね。理由は、今回の買収で、『ルンバ』はもっと面白くなっていくからです」
取材・文/夏目幸明 撮影/横田紋子
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