Amazonの創業ストーリーは、しばしば「ガレージから始まった成功物語」として語られます。けれど本質は、ロマンよりもむしろ“捨て方”にあります。
ジェフ・ベゾスが創業期に捨てたのは、安心でも、体裁でも、短期のうまい儲け方でもありません。「勝ち続ける仕組み」を壊す可能性がある最適化を、最初から避けたのです。
象徴的なのが、初期メンバーが作った“ドア・デスク”です。机を買う代わりに、建材店でドアを買って脚をつけた即席の机で仕事をした——という逸話は、Amazonの価値観「Frugality(質素倹約)」のシンボルとして公式にも紹介されています。
見栄を張らず、顧客に回す。ここが起点でした。
では、ベゾスは何を「やらなかった」のか。創業期の意思決定を、3つの“捨てた選択”として読み解きます。
1)利益の見栄を捨て、「回転率」を選びました──“キャッシュ”で勝つ小売の発想
創業初期のAmazonは、会計上の利益がなかなか出ない企業として知られていました。しかし、それは偶然ではありません。
ベゾスは1997年の株主向け書簡で、「GAAP(会計基準)上の見た目の最適化」と「将来キャッシュフローの現在価値の最大化」を迫られたら、後者を選ぶ、と明言しています。
この一文が示すのは、Amazonが“利益率の会社”ではなく、“資本の回転の会社”として設計されたということです。小売の勝ち筋は、単に薄利多売ではありません。投下した資本がどれだけ効率よく増えるか(たとえばROICの考え方)で見れば、利益率よりも「在庫とキャッシュがどれだけ速く回るか」が効いてきます。ROICは一般に、税引後営業利益(NOPAT)を投下資本で割る指標として説明されています。
ここで重要なのが、回転の“質”です。たとえば在庫の世界には、GMROI(粗利÷平均在庫コスト)という考え方があり、「在庫をどれだけ現金に変える力があるか」を見ます。
さらにキャッシュの観点では、キャッシュ・コンバージョン・サイクル(CCC)という指標があり、在庫を売って回収し、支払いを行うまでの時間を測ります。一般にCCCは、在庫日数+回収日数-支払日数で整理されます。
ベゾスの発想はシンプルです。
「回転が上がれば、キャッシュが生まれ、再投資でき、価格を下げられ、顧客が増える」。
このループを回し切るために、短期の利益の見栄は“邪魔”だったのです。
そして2001年の株主向け書簡では、コスト改善→値下げ→成長→固定費の分散→さらに値下げ、という循環(いわゆるフライホイール)をベゾス自身が言葉にしています。
つまりAmazonが「利益より回転率」を取った理由は、信念というより構造です。回転を上げる設計こそが、価格・品揃え・配送体験の改善を連鎖させる最短ルートだったのです。
2)広告会社になる誘惑を捨てました──“顧客の信頼”がフライホイールの入口だからです
インターネット企業にとって広告は魅力的です。設備投資が比較的軽く、収益化も早いからです。にもかかわらず、少なくとも創業期のAmazonは「広告最適」ではなく「購買最適」を徹底しました。
その背景には、広告モデルが持ち込みがちなインセンティブのズレがあります。
広告で稼ぐビジネスは、極端に言えば「面積を売る」方向に最適化されがちです。検索結果、商品ページ、推薦枠——それらが広告枠になっていくほど、短期収益は伸びます。
しかし顧客から見れば、体験の中心は「探しやすい」「比べやすい」「納得して買える」「届く」「困ったら解決する」です。ここにノイズが入ると、信頼が削れます。
ベゾスは1997年書簡で「これはインターネットにとってDay 1だ」と述べ、長期の価値づくりを前提に置きました。
この“Day 1”の思想に立てば、広告の短期収益よりも、顧客体験の積み上げが優先になります。なぜなら、顧客体験こそがフライホイールの入口であり、ここが弱ると全体が回らなくなるからです。
もちろん、Amazonはのちに広告事業を大きく伸ばします。ただ一般に、Amazon広告の本格的なプロダクト整備は2012年ごろのAmazon Marketing Services(AMS)などから、と整理されることが多いです。
順番が重要なのです。「信頼を先に資産化し、広告は後から“追加エンジン”として載せる」。創業期に広告会社にならなかったのは、禁欲ではなく設計でした。
さらに、ベゾスの有名な言葉「Your margin is my opportunity(あなたの利益率は、私のチャンスです)」は、広告で儲けるよりも、価格と体験で“余白を削る”戦い方を示しています。
広告は便利な収益源ですが、顧客価値を削って得た広告収益は、フライホイール全体を弱らせます。ベゾスはそこに最初から踏み込まなかったのです。
3)日本のECが陥りがちな罠──「モール最適」「販促依存」「物流の軽視」で回転が鈍ります
日本のEC市場は拡大が続いています。経済産業省の調査でもBtoC ECの規模拡大やEC化率の上昇が示されています。
一方で、日本の事業者がハマりやすい“勝ち筋の誤解”もあります。Amazonの選択と対比すると、罠が見えやすくなります。
罠(1):ポイント・セールで「売上」を作り、回転の“中身”が痩せます
短期の売上を作るために、値引き・ポイント・広告費を積み上げる。結果として数字は立ちますが、粗利が薄くなり、返品やCS対応、配送コストが効いてきます。
この状態は「回転しているように見えるが、キャッシュが残らない」構造になりがちです。
Amazonの値下げは、理想的には“構造”から出ます。コスト改善→値下げ→成長→固定費の分散→さらに値下げ、という循環が回れば、値下げは販促ではなく設計になります。
日本のECが苦しくなるのは、値下げが設計ではなく“穴埋め”になったときです。
罠(2):モールのルールに最適化しすぎて、顧客資産が積み上がりません
日本では大手プラットフォームを軸に売る戦略が取りやすい一方、プラットフォーム内の検索順位・広告枠・キャンペーンに“最適化し続ける”ほど、自社の資産(指名、会員、LTVを上げる体験)が残らない問題が起こります。
EU-Japan Centreのガイドでも、日本の主要プラットフォームとしてAmazon Japanや楽天市場、Shopifyなどが整理されています。
場の強みを借りるほど、「場に支払うコスト」も上がりやすい。ここに依存が生まれます。
罠(3):物流・在庫を“コスト”として扱い、競争力の源泉にしません
ECの最終評価は「届いた瞬間」で決まります。配送の再現性、欠品の少なさ、返品のしやすさは、信頼そのものです。
日本でも物流の重要性は増しており、ラストマイル市場の拡大予測なども出ています。
それでも「物流は外注して安く」が先に立つと、在庫の精度が落ち、欠品や遅延が増え、結局は販促で埋める——という悪循環になりがちです。
Amazonが創業期からやっていたのは、派手な広告よりも、地味な運用の改善でした。ドア・デスクに象徴されるように、ムダを削って顧客価値に寄せる。
日本のECが学ぶべきは、キャンペーンの派手さよりも、回転率と信頼を同時に上げる“地味な設計”です。

結論:ベゾスが捨てたのは「儲け方」ではなく「勝ち筋を壊す最適化」です
ベゾスは、利益の見栄を捨て、回転率とキャッシュを選びました。
広告会社になる誘惑を捨て、顧客体験の信頼を先に資産化しました。
そして日本のECが陥りやすい罠は、売上の見栄、モール最適、物流軽視——つまり「回転と信頼」を鈍らせる方向に最適化してしまうことです。
もし読者のみなさんがECや事業づくりに関わるなら、今日からの整理は3つです。
・KPIを利益率だけでなく、回転(在庫・CCC)とキャッシュで見ます
・広告は“収益の近道”ではなく“体験の一部”として後から載せます
・物流・在庫・返品の地味な改善を、最優先の競争力と捉えます
Amazonが強いのは、何でもやったからではありません。最初に、やるべきでない最適化を捨てたからです。
著者名/ 鈴木林太郎 経済ライター
テックと経済の“交差点”を主戦場に、フィンテック、Web3、決済、越境EC、地域通貨などの実務に効くテーマをやさしく解説。企業・自治体の取材とデータ検証を重ね、現場の課題を言語化する記事づくりが得意。難解な制度や技術を、比喩と事例で“今日使える知識”に翻訳します
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