“入場料のある本屋”として独自の価値を提案してきた「文喫」が、2025年9月に過去最大規模となる新店舗『BUNKITSU TOKYO』をオープンした。
「書店がこれからもあり続ける未来を作る」という純粋な想いを原点に始まった挑戦は、多くの人々の心を捉え、想定以上の反響を呼んでいる。
今回は、株式会社ひらく 取締役 文喫事業責任者 山本佑馬さんに、オープンの背景や苦労した点、ヒットの要因についてお話を伺った。
*本稿はVoicyで配信中の音声コンテンツ「DIMEヒット商品総研」から一部の内容を要約、抜粋したものです。全内容はVoicyから聴くことができます。
“書店で過ごす体験”に価値を。文喫が描く新しい本屋の姿
人口の半数以上が月に1冊も本を読まない、いわゆる“本離れ”が進み、書店の数が激減する中、山本さんは「これから訪れるウェルビーイングな価値観が重視される社会にこそ、書店の存在は不可欠だ」と考えたと話す。
「時代の変化に合わせて、どうイノベーションを起こすかを考えました。消費のトレンドが『モノ消費』から体験を重視する『コト消費』へと移り変わる中で、書店で過ごす体験にこそ新たな価値があると考えたんです。そこで、入場料モデルの書店という挑戦を始めました」
文喫は現在4店舗を展開しており、コンセプトがそれぞれ異なる。地場に深く根ざす、一点物の書店にこだわっているからだ。
「BUNKITSU TOKYOは、普段あまり本を読まないライトユーザーの方々も含め、より多くの方に訪れてもらえる場所を目指しています。今回出店した大きな決め手は、TAKANAWA GATEWAY CITYが過去最大級の再開発によって生まれる新しい街だからです。JR東日本様が掲げる『100年先の心豊かな暮らしの実験場』のコンセプトのもと、その象徴的な施設としてルミネ様が運営するニュウマン高輪がありますので、その中に未来に残る街の本屋を提案したいと考えました」
BUNKITSU TOKYOのコンセプトは、“心が躍る、自由で、楽しい本屋”。フロアを一つの街に見立て、曲がりくねった小道を張り巡らせたり、段差のあるステージや迷路のような路地に見立てたりして、歩くだけでワクワクするような工夫が施されている。山本さんは、蔵書のラインアップにもこだわっていると話す。
「蔵書は、大きく二つの柱で構成しています。一つは、ブックディレクターがこだわり抜いた、文喫ならではの選書です。新しい本との出会いを楽しんでいただく、私たちのコアとなる部分です。もう一つが、“開かれた町の書店”として不可欠な、新刊や長く読み継がれる本、いわゆる基本商材です。日々多く発行される本に触れる機会を設けたいと思い、豊富にラインアップしています」
第一回より
入場料の先にある“特別な時間”。シーンで選ぶ3つの読書空間
山本さんは、BUNKITSU TOKYOのターゲット層について次のように話す。
「新しい街に必要な書店として、生活者の皆様に開かれた場所にしたいと考えました。BUNKITSU TOKYOのあるニュウマン高輪 South 5Fがファミリー層を意識していることもあり、BUNKITSU TOKYOのコンセプトに『遊び』要素を盛り込みました。オープン後は想定以上に多くのお子様連れにご来店いただいています」
狙いは的中し、想像以上の反響があったと続ける。
「ありがたいことに、計画で見込んだ以上に盛況しています。特に特徴的なのが、本の売れ行きです。計画比1.5倍のペースで推移しており、売上全体の7割を占めています。『本って、まだまだ売れるんだ』とスタッフで喜びを分かち合いました。中でも売れ筋なのが児童書で、本の売上全体の35%を占めています」
BUNKITSU TOKYOでは、3つのカフェラウンジを用意。1時間1,100円からの時間課金制となっており、滞在中はコーヒーや煎茶などのドリンクを自由に楽しめる。
「各ラウンジ内にはブックディレクターによってセレクトされた本が陳列されており、ゆったりとした席で自由に手に取ってお読みいただけます。もちろん、気に入った本はご購入も可能です。三つのゾーンはお客様の体験を想定して設計しており、本のラインアップや雰囲気がそれぞれ異なります」
過ごし方・楽しみ方も三者三様だという。
「『パノラマラウンジ』は、高輪ゲートウェイ駅を見渡せる、見晴らしの良い空間が魅力です。夜景が綺麗なので、デートでご利用いただく方もいます。『カフェアンサンブル』では、食事や会話を楽しめます。複数名でのご利用にも最適です。読書に没入したい方は『ブック ビオトープ』がおすすめです。半個室やワークスペースを備えており、読む、書く、考えるに没頭できる空間になっています。予約制のミーティングルームは、商談から友人とのパーティーまで、多様な形で活用いただけます」
第二回より
BUNKITSU TOKYOを支える、緻密な体験設計と譲れない信念
BUNKITSU TOKYOの構想は、「ひらく」設立時から描かれていた。当時の計画が忠実に再現できたのは、優秀なパートナーからの惜しみない協力があったからにほかならない。
「設計・ロゴデザイン・サイン設計・遊具制作といった分野で、各所強みのあるパートナー様を部分的にアサインすることで、誰か一人が際立つ座組を避けました。私たちが旗振り役となり、文喫らしい店舗を皆でじっくりと作ってきました」
「本屋さんを残すために、本と人を繋ぐ接点をどう作るかを考えた」と話す山本さん。これまでの店舗運営の経験に基づいて導き出した答えが、“生活の導線上に本を置く”ことだった。
「例えば、カフェでの団らん、仕事の時間、イベントといったエンターテインメントなど、人々の生活に不可欠な体験の延長線上に、自然と本と出会える場所を設計する。今回の店舗にカフェやワークスペース、イベントスペースを設けたのは、まさにそのためです。様々な体験を通して、最終的に『久しぶりに本を読んだけど、やっぱりいいね』と感じてもらう体験設計ができればと考えました」
体験設計を実際の店舗で生かすには、運営の仕組みづくりが欠かせない。山本さんは、特に苦労したのがオペレーションの構築だったと振り返る。
「お客様と直接向き合うスタッフのトレーニングとシミュレーションには、特に神経を使いました。オープン半月前から、約50名のスタッフと共に、あらゆる事態を想定して何度もテストを重ねましたね。迷子のお子様への対応なども含め、お客様に気持ちよく過ごしていただくための準備です。無事にオープン初日を終えられた瞬間は、心から安堵しました」
新旗艦店という大きな挑戦において、山本さんが譲れなかった点が「BUNKITSU TOKYOを全く新しいものとしない」だった。
「過去の店舗で得た経験や財産、そして『文喫』のコアな部分は絶対にブラしたくないと考えました。私たちの使命は、最終的に『入場料のある本屋』というビジネスモデルが成り立つと証明することにあります。そのために、特にこだわったのが2点です。一つは、お客様に『本と過ごす時間』に価値を見出していただくこと。もう一つは、最終的に『本を購入していただく』こと。どんなに多機能になっても、この2点だけは決してぶらさないようにと、メンバーに何度も繰り返し話してきました」
第三回より
「未来に本を残す」ための逆算思考。流通大手が自ら書店を運営する本当の理由
BUNKITSU TOKYOヒットの要因について、山本さんは次のように話す。
「ヒットと言うには恐れ多く、日々勉強の毎日です。その上で、あえて一番の要因を挙げるなら『未来に本を残し続けたい』の想いでしょうか。大げさに聞こえるかもしれませんが、私たちは本を残すことを一つの社会課題だと捉えています。課題を解決したいと考えるメンバーの強い意志と、生活者の皆様が本屋を必要としてくださるニーズが重なったことが、現在の状況に繋がっていると感じています」
BUNKITSU TOKYOヒットの原点には、出版流通を担う日販グループが自ら書店運営に挑んだ決断がある。その背景には、時代の変化に対する危機感があった。
「BtoBの流通事業だけでは、激変する消費者の価値観についていけなくなると危機感を覚えました。マーケティングはお客様と対峙しなくてもできますが、感度を上げてマーケットの変化を捉え、既存の卸売りの枠を脱するには、お客様と直接向き合う場が不可欠だと考えたんです」
グループ全体の理念変革も、文喫の挑戦を後押ししたと続ける。
「2019年にグループ理念を『人と文化の繋がりを大切にして、全ての人の心に豊かさを届ける』と再設定しました。私たちが届けるべきは、単なるモノとしての本ではなく、本との出会いがもたらす“心の豊かさ”そのものだと考えたんです。このパーパスを体現するために、新会社『ひらく』を設立し、新しい挑戦を始めました」
これまで多くの出版社、クリエイター、地元の企業とコラボしてきた文喫。「今後も様々な業態とタッグを組んで新しい価値を提供していきたい」と山本さんは話す。
「これまでの経験で、お客様が集まる場を作れば、本だけでなく様々なIP(知的財産)が集まると分かりました。魅力的なIPが集まれば、お客様に喜んでいただける価値もさらに高まっていく。こうしたサイクルが文喫で生まれつつある兆しを感じており、この輪をダイナミックに広げていきたいと考えています。まだまだ道半ばですが、私たちの挑戦が『街には本屋が必要だ』という社会的な機運を作る、一つのきっかけになればと願っています」
第四回より
取材・文・撮影/久我裕紀







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