
人手不足に悩む企業と、スキマ時間を活用したい働き手をつなぐ「スポットワーク」が、雇用インフラとして定着しつつある。タイミーやシェアフルといったプラットフォームの台頭により、その市場規模は拡大の一途を辿っている。
しかし、その手軽さの裏側で、社会問題的に「直前キャンセル」や「無断欠勤」の問題が取り沙汰されている。働き手のアカウントが永久停止(BAN)される騒動や、あてにしていた労働力が確保できず現場が混乱する事例など、双方にとって看過できないリスクが顕在化している。
一体、アプリで「マッチング」した瞬間、法的にはどのような拘束力が生まれているのだろうか。
本記事では、厚生労働省のガイドラインや弁護士の見解を交え、スポットワークにおける労働契約成立のタイミングと、スポットワークを活用するビジネスパーソンとして認識しておきたい法的リスクを解説する。
■スポットワーク市場の拡大と、手軽さゆえの副作用

矢野経済研究所などの調査結果では2025年現在、登録者数は数千万人規模に達し、物流、飲食、小売といった業界では欠かせない労働力供給源に。この急成長を支えているのは、面接なし・履歴書不要ですぐに働けるという圧倒的な「手軽さ」である。しかし、この優れたUX(ユーザー体験)が、一部で「アルバイト感覚」以下の軽い気持ちでの応募を助長し、当日になって「面倒になったから行かない」といった安易なキャンセルを引き起こす副作用も生んでいる。これは単なるモラルの問題にとどまらず、ビジネスにおける契約履行の観点からも重要な課題といえる。
法的視点では何が問題か?労働契約がいつ成立しているのかが論点
「アプリで応募ボタンを押しただけ」という感覚に陥りやすいが、法的には極めて重い契約が交わされている点を理解しておく必要がある。この点について、行政やプラットフォーム側でも大きな解釈の転換が起きている。
■厚生労働省の見解は「マッチング成立=労働契約の締結」
かつては「現場に行ってQRコードを読み込んだ時点で契約成立」という解釈も一部でなされていたが、現在は異なる。
厚生労働省が公表している「いわゆる『スポットワーク』の留意事項等」によれば、“面接等を経ることなく先着順で就労が決定する求人では、別途特段の合意がなければ、事業主が掲載した求人に労働者が応募した時点で労使双方の合意があったものとして労働契約が成立するものと一般的には考えられる”と明記されている。
つまり、実際に現場に行く前であっても、アプリ上でマッチングした段階で、すでに法的な拘束力を持つ労働契約が成立しているといえる。
■プラットフォーム各社の規約変更
この行政の見解を受け、タイミーなどの主要プラットフォームも利用規約や運用方針を改定している。例えば、2025年9月以降の規約改定では、「労働契約の成立タイミングは、ワーカーが募集への申し込みを完了した時点」(※)と明確化されたケースもある。企業側からの安易なキャンセル(解雇)に対しても、休業手当の支払い義務などがより厳格に問われるようになっている。
※出典:タイミー
キャンセルになった場合には、どのように扱われるのか?
労働法に詳しい弁護士の見解や、実際の訴訟リスクの情報を基に、ワーカーと企業の双方の視点で整理してみよう。
■ワーカーがキャンセルした場合は「債務不履行」になる
労働者による自己都合による直前キャンセルについて、労働法に詳しい弁護士や専門家の見解を総合すると、「労働契約の債務不履行」にあたる可能性が高いと結論付く。
理論上は、企業側が被った損害(代替人員の手配コストや、営業できなかったことによる逸失利益など)について、損害賠償請求を行うことも不可能ではない。ただし、実務上は数千円~数万円の損害に対して訴訟コストが見合わないため、実際に賠償請求まで発展するケースは稀だといえる。
■企業がキャンセルした場合は解雇または休業手当の対象に
企業側が「やっぱり人手が足りたから」といって直前にキャンセルする場合、リスクはより深刻なものとなる。同様に専門家たちは“マッチング成立後の企業都合キャンセルは、解雇や休業にあたり、休業手当(平均賃金の60%以上)の支払い義務が生じる”と指摘している。
実際、過去のキャンセル分についても未払い賃金があるとして、集団訴訟の動きも見られる。企業側の担当者は「アプリの仕様上キャンセルできたから大丈夫」という認識を改める必要がある。
参考:「スポットワーク」巡り支払い命令 直前キャンセルの飲食店側に―東京簡裁/時事通信社
リスクのまとめ:企業とワーカーが認識しておくべき「手軽さ」のリスク
法的な建前と現場の実態には乖離があるといえるものの、市場が成熟するにつれ、規律はより厳格化していくと予想できる。発注側(企業)と受注側(ワーカー)、それぞれの立場で認識しておくべきリスクをまとめておこう。
■企業側のリスクと対策:法務コンプライアンスの確実な実行
企業側にとって最大のリスクは、現場の店長などが「バイト感覚」で安易にキャンセルしてしまい、それが労働基準法違反(解雇予告手当や休業手当の未払い)として摘発されることである。
(1) 契約成立時期の周知: 「マッチング=採用」であることを現場管理者に理解させる
(2) キャンセルルールの厳格化: 安易なキャンセルを禁止し、やむを得ない場合は休業手当を支払うプロセスを確立するといった、コンプライアンス遵守の体制整備が急務である。
■ワーカー側のリスク:信用情報の毀損
一方、ワーカー側にとってのリスクは、アカウント停止による機会損失である。主要サービスでは、無断欠勤に対して「一定期間利用停止」といったペナルティを課している。スポットワーク市場は今後も拡大し、副業やフリーランスの重要な収入源となる可能性が高い。一時の気まぐれでプラットフォームのアカウントを失うことは、将来的な「働く選択肢」を自ら狭めていることになる。
「便利なツール」にも「法的な契約義務」が課せられるという意識変革を
スポットワークは、日本の硬直的な労働市場に風穴を開け、多様な働き方を可能にした画期的な仕組みである。しかし、テクノロジーによってマッチングが高速化されたからといって、労働法の原則が免除されるわけではない。
厚生労働省のガイドラインや訴訟事例が示すように、「アプリでのマッチング=重い契約責任の発生」という解釈が当たり前であると認識しておきたい。
文/久我吉史
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