■連載/ヒット商品開発秘話
疲れるたびにマッサージを受けるのは金がかかるので、自宅でマッサージ機器を使ってセルフケアにつとめている人も多いことだろう。
マッサージ機器の中でもふくらはぎをマッサージするフットマッサージャーは2024年から片脚のみの低価格タイプが人気を集めているが、この分野で現在人気を集めているものの1つが、アテックスが2025年2月に発売した『ふくらはぎゅ』。これまでに累計10万台以上を販売している。
『ふくらはぎゅ』は上下2つのエアバッグを搭載し、まるでマッサージ師が両手で揉むような力強い手もみ感を実現。足元の冷えに対応する温熱ヒーターを搭載したほか、電源が近くになくても利用できるようリチウムイオンバッテリーを搭載しコードレス化した。
差別化できれば後発でも受け入れられる
アテックスは健康・美容家電などの企画・開発・製造などを手掛けており、『アテックスルルド』『アテックストール』『アテックスベッド』というブランドからマッサージ機器や健康・美容機器を数多く発売している。『ふくらはぎゅ』は『アテックスルルド』ブランドの商品。満を持して低価格のフットマッサージャーに参入してきた。
「正直なところ、なぜ売れるのかがわかりませんでした」
このように話すのは、『ふくらはぎゅ』の開発を担当した商品開発健康家電グループの大内聡氏。これは片脚のみの低価格フットマッサージャーの人気に火をつけたある商品に関する率直な感想だ。
ただ、この言葉の裏には、マッサージ能力を高めその商品にはない機能をプラスすれば、後から発売しても市場で受け入れられるであろうという読みがあった。
「高機能なものをつくり、お客様が買い求めやすい価格とネーミングにすれば、後から発売しても十分やっていけると判断しました」と大内氏。人気に火をつけた商品をベンチマークし開発を本格的に始動させることにした。
コストをかけたヒーターで差別化の一方、付属品はコストを削減
『ふくらはぎゅ』の価格は5940円(同社公式オンラインストア)。機能面で差別化するために採用することにしたのが、コードレス化と温熱ヒーターの搭載だった。
コードレス化については持ち運びが楽でどこでも使えることから、社内では使いやすくなるとして歓迎された。その一方で温熱ヒーターの搭載については、社内は「そこまでしなくても……」という声が聞かれるなど、微妙な反応をされた。
ただ、足元が冷える時に使いやすくなることや温めることでマッサージが気持ち良く感じられるようにするため、ヒーターの搭載にはこだわった。ヒーターの搭載について、大内氏は次のように話す。
「コストがかかり価格面で勝負にならないことを避けるために、ヒーターの搭載に否定的な見方をする向きもありました。しかし、ヒーターのコストは実はそれほど高くありません。むしろ、搭載することで大きく差別化できることの方を優先しました」
マッサージ効果については、ベンチマークした商品よりも高くできる自信を持っていたところ。エアバッグを上下に2つ配置したのは、ふくらはぎの筋肉を下から上に持ち上げるため。両手でもまれているような感覚が得られるほか、ふくらはぎ全体に高い圧力がかかり、マッサージ効果を高めることができた。
新機能を搭載したりマッサージ効果を高めたりしつつ低価格を実現するための工夫は、付属品にも及んだ。付属品は充電時に使うUSBケーブル(Type-C―Type-A)だけなのだ。大内氏は次のように話す。
「バッテリーの充電に専用のACアダプターを用意するとコストがかかってしまいますが、一般的なUSBケーブルにするとコストが抑えられます。付属品がこれだけなので、本体以外のコストは大幅に削減できることになります」
管理医療機器の認証を取得
このように仕様を決めた同社は、3つの工場にサンプル製作を依頼する。複数の工場にサンプル製作を依頼したのは、最も低コストでできたところに量産の発注をすることにしたためである。
2024年3月にサンプル製作の依頼を開始。同年6月をメドに量産の発注先を決めることにした。
各工場は期間までに1~2回、同社にサンプルを提示。大量のサンプルをつくったわけではないが、量産の発注が決まったのは期限ギリギリだった。設定された製造コストをクリアするのが困難だったためである。
「設定した製造コストをクリアするのが難しそうだったので、見直すことも考え始めました。その頃ちょうど最後のサンプルが出来上がり提示されたのですが、これが設定した製造コストをクリアすることができたので、採用することにしました」と大内氏。最後に提出されたサンプルが、現在の『ふくらはぎゅ』になっている。
できるだけトレンドに乗り遅れないよう、同社は『ふくらはぎゅ』の市場投入を急いだ。同社では毎年9月に小売店のバイヤーなどを集めて新商品を提案する商談会を実施しているが、商談会での提案を待つことなく2024年7月に1か月間、プレ商談会を実施した。
プレ商談会での小売店の反応は、「早く発売した方がいい」「価格が魅力的」「他社製品より付加価値が高い」といった好意的な声が多くを占めた。2024年8月、同社は『ふくらはぎゅ』の製造・販売を正式に決定した。
発売を急いだとはいえ、発売されたのは2025年2月。社内で製造・販売が決定してから時間がかかった印象が強いが、その理由は管理医療機器の認証を取得しためであった。管理医療機器は申請してから認証が取得できるまでに4~5か月程度かかる。認証が取得できてから工場に発注する流れになることから、製造・販売の正式決定から発売開始までに時間を要することになった。
売れ行きの波に合わせ小ロット生産を繰り返し実施
『ふくらはぎゅ』は発売後、同社の想定を上回るペースで売れていった。初回生産は1万数千台だったが、その後の発注は1回につき1万台に満たない。売れ行きが良くても小ロット生産を繰り返し、工場に何度も発注をかけているのが特徴だ。
小ロット生産を繰り返し、工場に何度も発注をかけるようにしている背景には、マッサージ機器は売れ行きの波が激しいことがある。マッサージ機器の需要変動について、大内氏はこう解説する。
「マッサージ機器は毎年、4月から5月が需要期になり、母の日付近でピークを迎えます。その後は8月頃まで落ち着きますが、9月あたりから徐々に需要が回復し敬老の日を過ぎると再び落ち着きます。そして12月のクリスマスが近づくにつれて、需要が回復します。1年間で3回、ピークを迎えるだけではなく、ピーク時と底まで落ち込んだ時の差も激しいのが特徴です」
狭い売場にも置きやすいスリムな什器を用意
『ふくらはぎゅ』が発売された時、低価格のフットマッサージャーはベンチマークしていた商品だけではなくすでに複数登場していた。後発ゆえに、限られた店頭のスペースに並べてもらえるかどうかは不透明。店頭に並べてもらうには、何かしらの工夫が必要だった。
同社が着目したのは、商品を店頭に並べる時に使う什器。狭いスペースに置くことができるスリムな什器を用意することにした。幅が従来の什器より3分の2程度しかないという。
また、後発であることから店頭で目立つ施策も重要。華やかさを演出するためにイメージキャクターにデヴィ夫人を起用した。女性のファンが多く若い世代にもよく知られていること、健康かつ美容意識が高いことなどから起用する運びになった。
夫人の画像は什器にも使われているが、店舗によっては什器に特定の人物の画像が使われることを好まないところもある。こういう場合のことを想定し、『ふくらはぎゅ』の什器は夫人の画像を印刷ではなくシールとした。
特定の人物画像が使われることを好まないところは什器に夫人のシールを貼らずに使えばよく、夫人の画像を使いたいところはシールを貼ればいいようにした。
取材からわかった『ふくらはぎゅ』のヒット要因3
1.高いコストパフォーマンス
競合品と同様に税込6000円を下回る低価格でありながら、コードレス化や温熱ヒーターの搭載と機能が充実している。コストパフォーマンスが高くなり、生活者から見たら魅力的に映った。
2.マッサージ師の施術を受けたかのような効果
マッサージ機器である以上、何よりも重視されるのがマッサージ効果。2つのエアバッグを上下に配置して高い圧力をかけ、マッサージ師が両手でもむような手もみ感が得られるようにした。終わった後は脚の血行が促進される。
3. ブランドが持つ「らしさ」を踏襲し市場の期待を裏切らない
『アテックスルルド』ブランドは、求めやすい価格でありながらユーザーが価値を感じる機能を備えている、ギフトとしても選びやすいパッケージ、生活空間になじむ商品デザインを特徴としている。『ふくらはぎゅ』も同様の特徴を踏襲。ブランドイメージ通りの商品であり、市場の期待を裏切ることがなかった。
安い上にいつでも、どこでも使え、マッサージ師の施術で得られるような効果が感じられるのであれば、飛ぶように売れるのは納得いくところだろう。同社は今後、『ふくらはぎゅ』と同様のコンセプトを採用した、ふくらはぎ以外の部位をマッサージするマッサージ機器を開発・販売したい考え。コストパフォーマンスの高いマッサージ機器は、ふくらはぎ以外にも広がりそうだ。
製品情報
https://www.atex-net.co.jp/products/lourdes/AX-HJ360/
取材・文/大沢裕司







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