東京都は2022年、育児休業の愛称を公募によって「育業」と決定。育児を「休み」ではなく「大切な仕事」と捉え、育業を社会全体で応援し、望む人誰もが育業できる社会を目指している。
東京都の調査によると、2024年度における都内男性の育業取得率は過去最高の54.8%に達し、育業期間も長くなる傾向が見えてきた。社会全体で「育業」を後押しする動きが広がる中、育業する社員を現場ではどのように支えているのか――。
その答えを探るため、働き方改革の専門家で、800社以上を支援してきた越川慎司さんをファシリテーターに迎え、育業を推進している「大日本印刷(DNP)」の社員による座談会を行った。
DNPの育業
総合印刷会社である「DNP」は、男性の育業取得率が54.3%だった2020年度に「男性社員の育業取得率を100%にすること」をトップのコミットメントとして掲げ、「子供が2歳になるまで何回でも分割し育業することができる制度の整備」や、「男性社員の育業体験談とともに疑問点に応える支援サイトの開設」等により育業を推進してきた。
その結果、2024年度には男性の育業取得率が96.4%となり、平均育業期間も2020年度の13.2日から2024年度は27.6日へと伸びている。また、2024年度に行った「会社がD&Iに取り組んでいると思うか」という社内アンケートでも、9割以上が「思う」と回答しており、これまでの取組や発信が社内に浸透してきていることが窺える。
一方、育業する社員が増え、期間も長期化したことで、業務をどのように回していくかなど、新たな課題が生じていることも事実だ。
社員らはこうした課題をどのように乗り越えてきたのか――。
その時、何を思い、どう行動した?育業を支える同僚・上司のホンネ座談会
■Part 1「同僚の育業は喜び!育業を支える経験は、チーム力向上や、業務の見直し、キャリア形成にも好影響」
越川 慎司さん
営業部門は数字という明確な目標に対する達成感がある一方で、数字責任がある。「育業します」と言われた時の気持ちから聞かせてください。
石川 裕之さん
まずは喜びが大きかったです。ただ当時は2人の社員が産休を取るタイミングと1人の社員が育業するタイミングが重なり、人手が足りず……。マネジメントとしては非常に苦しかったですね。でも振り返ってみると、育業した方をチームで支えたことで、メンバーの仕事に対する視野が広がったと感じます。
冨田 祐司さん
チームから3人いなくなり、「どうするんだ」という気持ちがありましたが、育業をきっかけに部外の人たちも含めて協力関係ができ、やりきれたことはすごくいい経験になったと思いますね。
越川 慎司さん
管理職である石川さん、河野さん、育業によりメンバーが一時的に抜けるというある種の〝逆境〟がチーム力に結びついたのはなぜだと思います?
石川 裕之さん
チーム内のメンバー、一人ひとりに「新しい業務を覚えられるチャンスで、自分の成長にもつながる」という話を丁寧にしました。あとは「俺もやるから」って。
河野 祐輔さん
管理職も一緒に汗をかくって大事ですよね。
越川 慎司さん
人事・採用部門の状況も聞いてみたいと思います。同僚が育業すると聞いたチームの反応はどうでしたか?
古賀 理恵さん
部署の中でもすでに男性育業の実績があり、育業は当然だという雰囲気がありました。私だけではなく、チームメンバー全員がフォローしようという気持ちだったと思いますし、育業するメンバーもきちんと引継ぎをしてくれたので、その後もスムーズに仕事を進めることができました。
川原 千里さん
私のチームも同じ。ただそうはいっても業務が増えて全部を抱えるのは無理なので、やめる業務を決めました。
越川 慎司さん
いま生成AIを活用する企業もありますが、それよりやめることを決めるほうが、圧倒的に業務効率がいいですよ。やめた業務は何ですか?
川原 千里さん
例えば会議です。惰性で出ていたものを、これを機にやめるメンバーもいました。
越川 慎司さん
育業を支えることで、何とか業務を効率化しなければならない状況が、無駄をやめるいいきっかけになるんですね。他に変化は?
川原 千里さん
〝その人頼み〟な状態は作らないように、周りは何をしているのか、どういう状況なのかを常に気にしておこうという共通認識が芽生えました。
古賀 理恵さん
採用チームも1つの業務を2人以上で担当して、1人で抱え込まないようにしています。育業する方が出た場合は別のメンバーをアサインして、アサインされたメンバーがその業務について未経験なら、教えるということももちろんします。
越川 慎司さん
教える側も、自分の仕事にプラスになりますよね。
古賀 理恵さん
教えることで、知識が自分のものになっていく感覚はありますね。また、その業務が未経験の方にとってもプラスになると思います。育業する、しないに関わらず、全員がある程度いろいろな業務ができるということは大切ですね。
越川 慎司さん
チームに育業する人がいると、ただ忙しくなるのではなく、チーム力が上がって個人のキャリアも伸びる、非常にいいチャンス。キャリアとして伸びた実感はありますか。
中田 俊史さん
育業する方から引き継いだ仕事内容はそれまでやったことがない業務だったので、初めは少し悩みました。しかし、これからは、その仕事を引き受けることができるのでキャリア形成に繋がったと思います。
冨田 祐司さん
私も引き継いだデジタルマーケティングという業務はそれまで経験のないものでした。例えば、ホームページを工夫したり、展示会に出展したり、営業以外の部分で勉強になることが多かったです。実際、関係者の方からの問い合わせもあり、営業成績にもつながっていく非常に面白い仕事でしたね。
越川 慎司さん
育業する人がいると、挑戦できる業務範囲が広がり、技術も上がって、チーム力も結集する。非常にいいチャンスですね。
■Part 2「日頃からの業務の平準化と見える化が、スムーズな引継ぎのカギ」
越川 慎司さん
制作チームは納期というずらせないゴールがあり、スケジュールが過密な場合もあると思います。育業しやすい雰囲気作りはしていますか?
河野 祐輔さん
日頃からチームで仕事を進めており、誰かが忙しくなると誰かがフォローに入る関係性が築けています。会社として男性社員の育業を推進していることも大きいと思います。
越川 慎司さん
とはいえ、忙しい中「育業します」と言われたら?
中田 俊史さん
プロジェクトを途中から引き継ぐと、積み上がったタスクや課題をイチから把握して、回していかなければなりません。だから、ホンネを言えば「ウッ……」(笑)。
越川 慎司さん
いや、これがリアル!お客様に「育業する人がいるから納期が遅れます」とは言えないですよね。
河野 祐輔さん
引き継ぐ側は自分のプロジェクトがある中で、業務がプラスされることになります。そのため、引き継いでもらうメンバーには、上司としてしっかりと話をしながら調整していくことが大事だと思います。
越川 慎司さん
メンバーとしてはいかがですか。
中田 俊史さん
やるしかないって感じですね(笑)。ただ、そもそもやるものだと思っているので。とにかくプロジェクトをどう進めたらいいかを考えながらやっています。
越川 慎司さん
この責任感。他の方はどうですか。
川原 千里さん
人事部も周りのメンバーでやらなきゃいけない、やろうっていう感じがありましたね。そこに不満はなかったので、それが弊社の風土なのかなと聞きながら思っていました。
古賀 理恵さん
育業するのは男女関係なく当然の権利だと思っているので、育業するメンバーの仕事をどう調整しようかと前向きに考えていましたね。
越川 慎司さん
素敵な会社じゃないですか。ところで社内のコミュニケーションツールはチャットだそうですね。テクノロジーを使いこなして業務を効率化していることも、育業の推進には良かったかもしれないですね。
河野 祐輔さん
過去の記録を遡れることは大きいです。さらに育業する方が、日頃からドキュメントの整理をしながらプロジェクトを進めていると、業務を受け取りやすいです。
越川 慎司さん
業務に必要なものを誰でも探せる状態にしておくことは大事ですよね。ちなみに育業する人は引き継ぎ書を作りますか?
冨田 祐司さん
作ります。ただ、育業するからと急に引き継ぎ書を作るのは大変だと思います。引き継ぎの準備をスムーズに行うためにも、いかに日頃から業務を平準化し、整理しているかが大事だと感じます。
■Part3「育業を支える側が感じる、必要な取組って?」
越川 慎司さん
では最後に、育業を支える側として「こんな制度や取組があればいいな、この制度や取組があってよかったな」と思うものはありますか?
石川 裕之さん
一度、産休を取得した社員が、会社に赤ちゃんを連れてきてくれたのですが、同僚みんなが喜んで祝福していました。そういうことがあると、育業を支える側が「頑張ったかいがあったな」と感じられるかもしれません。
河野 祐輔さん
チームのメンバーが早めに育業することを相談してくれたので、業務のバックアップをすることができました。制度ではないですが、育業を予定している社員が相談しやすい風土や環境づくりは大事だと感じています。
冨田 祐司さん
僕も同じで、早期に気軽に相談できる環境があって、同僚や上司が育業を素直に応援できる風土づくりが大切だと思います。
古賀 理恵さん
在宅勤務やフレックスタイム制度など、社員一人一人のライフスタイルに合わせた柔軟な働き方ができることも、育業を応援する雰囲気づくりにつながっていると思います。
中田 俊史さん
育業する方は、同僚に申し訳ないとか、復職時の不安などもあると思います。これまで育業した社員が、業務引継や復職の際にどのように対応したかを参考にできる場があると、業務を効率的に引き継げるなど、育業を支える側にとってもいいのではないかと思いました。あとは、プロジェクトを引き継いだ人を評価する制度があればいいですね。
越川 慎司さん
他社の例では、「育業当事者へのサポートを人事評価に反映する仕組み」を設けているところもありますね。
育業を推進した先に、誰もが働きやすい職場が生まれる~個人も組織も成長するチャンス~
社員の育業により業務の見直しを行ったことが、全ての社員が働きやすい職場環境をつくることにもつながっていく。
「やめる業務を決める」「〝その人頼み〟な状態は作らないようする」「全員が様々な業務をできるようにする」など、育業する人がいたからこそ掴んだヒントが、今後に生かされていくに違いない。
社員たちのホンネを引き出した越川さんは、こう締めくくる。
越川 慎司さん
育業は、当事者にとってもチャレンジですが、支える側にもチャレンジ。育業を個人と組織の成長に繋がるいいチャンスと捉えることが、誰にとっても働きやすい環境を生むはずです。
こうした組織風土も追い風に「DNP」は男性育業取得率100%、平均育業期間の更なる長期化を目指していく。
「育業」とは?
東京都が2022年に公募し、選定した育児休業の愛称。東京都では育児を「休み」ではなく「大切な仕事」と捉え、育業を社会全体で応援する気運醸成に取り組んでいる。
取材・文/ニイミユカ 撮影/洞澤佐智子







DIME MAGAZINE











