2025年、国内映画が豊作の一年だった。国内の実写映画では22年ぶりに興行収入100億円を超えた『国宝』、日本映画史上初となる全世界興行収入1000億円を突破した『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』、ほかにも『機動戦士Gundam GQuuuuuuX -Beginning-』、『名探偵コナン 隻眼の残像』、『劇場版 チェンソーマン レゼ篇』など話題作は後を絶たなかった。消費者インサイトを研究する電通の金沢さんに今年の消費者動向を分析してもらった。
映画しか観られない映画館が再注目
『国宝』をはじめヒット作に恵まれた2025年の映画界。『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』の興行収入は前作『無限列車編』を超える勢いで推移し、歴代1位になる見込みだ。様々なコラボグッズが発売され市場を賑わせた。T&D保険グループ 新語・流行語大賞では「国宝(観た)」がトップテンに入り、ピクシブとドワンゴの「ネット流行語100 2025」では『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』関連のワードが多くランクインをした。
映画界の盛り上がりは今年のトレンドを牽引していたことは間違いない。
電通の金沢さんは、トレンドにおけるエンタメの強さを次のように分析をする。
「物価高でガジェットやプロダクトなどが共通の娯楽になりづらい中、映画は数千円で楽しめるエンタメ体験です。配信なども含め安価で楽しめるアニメや映画といったエンタメコンテンツはトレンドの主役と言って過言ではないでしょう」
その中でも、映画を劇場で見るという体験が注目されているのには理由があるのだろうか。
「映画館は”究極のシングルタスクの場”であると、いま、世界中で映画館での鑑賞体験が注目されています。近年、映画しか観ることのできない映画館は、時代の流れとともに”タイパの悪い場所”と捉えられる風潮がありました。しかし、タイパを求めた先に一体何をすればよいのかと迷うことも少なくありません。タイパを求めた結果、自分に何も残らないと感じることもあります。我々は世の中のタイパを求める動きに揺り戻しが起こっているのではと分析しています。デジタルデトックスなどはその一つですね」
だからこそ、映画しか観られない映画館が、逆に外界から断絶された究極の嗜好体験へと評価され直した。『国宝』や『鬼滅の刃』がいずれも2時間半を超える超大作であったにもかかわらずヒットしたことは、コンテンツそのものの面白さだけでなく、体験そのものが消費者に魅力的であったと考えられる。
人々の興味は”社会”から”個”へ?
今年のヒット作には作品のテーマにおいても面白い傾向があると指摘する。
「2024年のエンタメ界は”ジャーナリスティックコンテンツ”と呼ばれるコンテンツが注目されていました。『ラストマイル』や『虎に翼』のような作品が代表的なのですが、これまであまり可視化されてこなかった社会課題がフォーカスされました。視聴者は作品を通して、大局的な視点で社会を俯瞰し、考え、学びがありました。
では、2025年はどうかと言うと、逆に”個人的な物語(インナーナラティブ)”をテーマにした作品が注目されました。視聴者は主人公の生き方に共感や自己投影など感情移入をしながら「人生の参考書」として視聴し、観客自身が“自分はどう生きるのか?”という内省的な問いに向き合いたくなる作品群です。”大個性時代”とも言われる現代において、「自分」と「他者」、様々な素材を組み合わせて自分の中に編集して「自分らしさ」を更新し続けるヒントになるコンテンツが消費者に支持されたと見ることもできますし、コンテンツに答えを求めた消費者も多かったのかもしれません」
侠の世界から歌舞伎の世界に飛び込んだ青年を主人公にした『国宝』や、平凡な女子高生が出会いをきっかけに新たな才能に目覚めていく『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』などはその代表例だろう。ある種、原点回帰した王道の物語が消費者の心を掴んだと言うのは面白い分析である。
金沢さんは今年の映画界のトレンドは来年以降、他業界にも波及するかもしれないと予想する。
「仕事においても日常生活においても効率(タイパ)を追求することが常識になった現代で、余った時間は何に消費するのかという点に注目したいですね。映画しか観ることができない映画館が受け入れられたように、もしかしたら”他のものが排除されて、音楽しか聞くことができない空間”のように限定的にすることでそれだけを楽しむスポットが登場するかもしれません。あえて”余白”を楽しむコンテンツに消費者のニーズが高まっていくと期待しています」
小説、映画、ドラマ、アニメ、ゲーム…エンタメコンテンツはいつの時代も時代を写す鏡である。
今年のエンタメを振り返ることは、今年の消費者心理を振り返ることでもある。効率を求める社会の中で、私たちはどこに「時間を使いたい」と考えているのか。2025年の映画界のヒットは、その問いに対するひとつの答えだったのかもしれない。

金沢佑希人さん
株式会社電通 第1マーケティング局/DENTSU DESIRE DESIGN CXプランナー
戦略から企画まで一貫したコミュニケーションプランニングを実践。 アニメやゲーム、ホビーなどのエンタメ領域のプランニングを得意としている。クリエイティブアワードも複数受賞。DENTSU DESIRE DESIGNにも参画。ヒットコンテンツを独自の分析手法で「深読み」し、クライアントに対して消費者インサイトやマーケティング活動のヒントを提供する「FUKAYOMIチーム」等に所属。
取材・文/峯亮佑







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