日本と中国、2つの文化を束ねて
実はこの事業自体が壮大なダイブかもしれなかった。日本人がまだ見たこともないものを「必ずみんなの役に立つ」と確信を持って大企業にプレゼンし「上場はスタートにすぎない!」と仲間を集める。もし「彼らなら実現するだろう」という期待感――彼らを繋ぎとめる〝綱〟が切れたら、事業は真っ逆さまとなる。
しかし優秀な人間に限って、そんな本気の大冒険についてくるのかもしれない。
2020年、中国出身の李が仲間に加わった。元々技術者のコミュニティーでちょくちょく発言していた李が会社のことと自分の仕事を話し、「今、仲間を募集している」と伝えると、高橋が「そう簡単に集まらない」と舌を巻くほどの技術力を持った人物が、この人材難のご時世に10人以上加わった。
李のミッションは、日本にゼロから開発チームを作り、サービスを日本市場に最適化すること。それは、2つの国の「文化の壁」を乗り越える戦いでもあった。

「例えば中国では、ユーザーが不正をしないか、どう防ぐか、という視点でサービスの設計をしますが、日本のユーザーは丁寧な説明やサポートを強く求めます。そこで日本の方たちにとって快適なユーザー体験をゼロから設計する必要があったんです」(李)
李は中国と日本のチームを指揮し、猛スピードで改善を繰り返した。組織は健全だった。高橋は「ここも改善を」と要求するが、温厚な李は笑って受け流したという。
「2週間で区切って、その中でできること、できないことを明確にしていました。無理難題を言われても(笑)、『この2週間ではここまでです』と返す。こうして、サービスの品質とスピードとマネジメントを両立させました」(李)
日本独自の決済方法への対応、誰にでも分かりやすいアプリのUI・UXへの刷新──。しかし李と彼のチームが奮闘する中、最大のピンチが訪れていた。
爆速ボートはまだ止まらない
コロナ禍によりシェアリングサービスが大ダメージを受けたのだ。バッテリーも「知らない人が触ったものは」と言われはじめた。減る売り上げ、周囲の心配……。しかし彼らはそれすら糧に変えた。
「全バッテリーにSIAAが定める安全性と性能の基準をクリアした抗菌・抗ウイルス効果があるコーティングを施したんです。しかし回収を続けるうち、組織の能力が向上していくんですよ」(高橋)
実は大変な作業だった。バッテリーは常に動いている。回収に行くと、もうユーザーが使っていてそこにはない、ということが起きるため、作業工程は複雑だった。
「でもそれがよかったんです。こんな泥くさく、複雑なオペレーションができる企業はなかなかありません。これが将来、高い参入障壁になるんです」(高橋)
北條が首肯し話を継いだ。
「私もわかります。コンビニは、例えば不具合があった、ユーザーが使えない、といったことに厳しい。しかしご要望に応えるうち、我々のサービスレベルがどんどん向上していきましたからね」
そしてコロナ禍が明けると、再び『CHARGESPOT』は爆発的に伸びていった。元々アジアでは展開していたが、欧州、北米でも事業を開始、そして現在は日本国内に約5万5000台、海外を含めると約8万台といったインフラへと成長していった。
しかし高橋はこう話す。

「我々は〝バッテリー屋〟で満足するつもりはありません。『CHARGESPOT』を通じて我々が得た資産は、バッテリーのビジネスではなく、価値ある場所と圧倒的なユーザーなんです」
日本中、いや世界中に何かを設置し、運用するしんどいビジネスができる企業は少ない。しかし彼らはバッテリーをフックに、そのプラットフォームを生み出したのだ。今、同社は次々と新ビジネスを始めている。例えば設置型のベビーケアルーム『mamaro』、さらには『CHARGESPOT』のスタンドを使い、〝推し〟の誕生日等を祝える『CheerSPOT』……。
最後に高橋はこんな話をする。
「うちの会社を船に例えるなら、安心安全な大きい船じゃなく、とんでもない高速エンジンを積んで、穴が開いたらすぐに職人が修理するボートなんです。だからこれからも猛スピードで、誰も見たことのない景色を見に行きますよ」
今後も当分、彼らが祝杯を挙げる暇はないに違いない。
INFORICH『CHARGESPOT』ヒットをひもとく挑戦者たちの足跡
縦横無尽に動き回り、モバイルバッテリーシェア文化を全国へ浸透。成功のポイントは3つ。
POINT 1|「借りるを文化に」社会を変える新しい常識
POINT 2|「完璧より速さ」走りながら考える現場力
POINT 3|「文化を越える」異国チームによる新知見
「ロケーション」の可能性を「テクノロジー」で広げる
INFORICHが手掛けるサービスは他にも

『ShareSPOT』
『CHARGESPOT』『ドコモ・バイクシェア』など、個別のアプリが必要なシェアリングサービスを、一つのアプリで検索・利用できるプラットフォームサービス。

『CheerSPOT』
推し活応援サービス。ファンがアプリから申し込み、『CHARGESPOT』のデジタルサイネージに、応援したいアイドル等の誕生日などを祝う応援広告を掲出できる。

『mamaro』
授乳やおむつ交換ができる設置型の完全個室ベビーケアルーム。『CHARGESPOT』で培った営業網を活かし、商業施設や公共施設への設置を進めている。
取材・文/夏目幸明 撮影/高田啓矢







DIME MAGAZINE











