駅、コンビニ、街角――気づけば当たり前のように設置され、日常の“困った”を静かに解決しているモバイルバッテリーシェア。その代表格が、INFORICHの『CHARGESPOT』だ。
だが、このサービスは決して最初から完成形だったわけではない。
異国で見た一瞬の光景から始まった着想、常識を疑うピボット、深夜の現場、文化の衝突、そして爆速の意思決定──。
本記事では、『CHARGESPOT』を社会インフラへと押し上げた4人の挑戦者たちの足跡をたどりながら、「速さ」と「現場」に賭けたスタートアップのリアルに迫る。

インフォリッチ『チャージスポット』
コンビニや駅など、国内に約5万5000台設置されたモバイルバッテリーのシェアリングサービス。レンタル料金は30分未満165円~。アプリをダウンロードして、決済方法を登録。アプリ内のマップでバッテリースタンドを探し、掲示されているQRコードをスキャンすれば、バッテリーを引き抜くことができる。全国のバッテリースタンドで返却可能。

北條貴頌(ほうじょう・たかのぶ/右)
マーケティングSM。コンビニをはじめ大手企業相手にバッテリースタンドの設置を交渉、大きな成果を収める。
広瀬卓哉(ひろせ・たくや/中央右)
Group CPO・執行役員。プロダクトの責任者を務め、様々なアイデアを実現可能な形に落とし込んだ。
高橋朋伯(たかはし・とものり/中央左)
取締役兼執行役員・Japan COO。香港で見た未来を日本で実現するため、仲間と資金を集め、超高速で事業を推進。
李 同輝(り・どうき/左)
Group CTO・執行役員。その人望で精鋭技術者を集め、海外発のサービスを「日本品質」へと昇華させた凄腕技術者。
異次元スピードのピボット戦術
2017年、INFORICHは『PICSPOT』というサービスを手掛けていた。様々な場所に設置されたプリンターでスマホの写真を手軽に印刷できるものだった。いわゆる「タイムマシンビジネス」──海外で普及したビジネスは必ず日本にも入ってくるから先手を打って実施しよう、という事業だった。
しかし中国で見た景色が彼らを変えた。人々が飲食店や駅に設置された機械から、ごく自然にモバイルバッテリーを借りていく。
彼らは「これだ!」と考えた。
「私たちは自社の事業を〝写真の現像〟だと捉えてはいませんでした。世界中の様々な場所を網羅したプラットフォームを築き、これにテクノロジーを掛け合わせ、新たなビジネスを生み出しつづけようとしていたんです」(高橋)
大きな世界観を描いていたからこそ、すぐ事業を別のものにピボットすることができたのだ。スピード感はまさに異次元。すぐ投資家から資金を集め、香港のこの事業を買収、バッテリーを日本の安全基準に合わせ、4か月後には「SHIBUYA 109」にてモバイルバッテリーのシェアリングサービス『CHARGESPOT』をデビューさせた。高橋はこう振り返る。
「完璧なものを作ってから出すのでは遅い。まず市場に出して、ユーザーの声を聞き、そこから学んで改善していく。そのスピードこそがスタートアップの生命線だと信じていました」
COOとCPOが揃って、深夜のコンビニ巡回!
その言葉通り、彼らのビジネスはローンチからが課題山積みだった。交渉に行っても「そんなの使われるの?」とあしらわれる。カラオケチェーンや居酒屋などと交渉し、インセンティブを支払う契約等で徐々に設置台数を増やしていったが、メンテナンスの窓口は高橋の携帯電話。そんな中、彼らは次々とサービスを改善していく。
「当初、香港のモデルに倣い、バッテリーの未返却を防ぐためのデポジット制度を設けていました。しかし日本のユーザーは『返すのになぜお金を取られるの?』という感覚をお持ちだったのですぐに廃止しています」(高橋)
同時に、彼らは設置したバッテリースタンドを〝総とっかえ〟していた。
「最初はユーザーがバッテリーを使う時、〝ウィーン〟とモーターで出るものでした。しかしこの仕組みは、何万台も設置するには高価だったのです。そこですでに設置したものをすべて回収し、新型に入れ替えました」(高橋)
走りながら考えるからこそ引き返す場面もあるのだ。この頃、仲間に加わったメンバーが北條だった。彼は大企業に勤務していた経歴を買われ、このビジネスの成否を占うコンビニ担当を任された。

どうやって設置してもらおう?
「当然コンビニに『CHARGESPOT』を置くスペースはありません。同時に、コンビニは店員さんのオペレーションが増えることを最も嫌います。ポイントは、先方が断る理由をすべて潰していくことでした」(北條)
例えば当時の企業体力では時期尚早という意見もあったが、24時間365日のサポート体制を築いた。設置場所は各店舗を回り、自分たちで考えた。高橋が話す。
「同じ時期に鉄道会社にも設置依頼をしたのですが、この時は全駅を巡ってコンセントの位置を調査し、資料をつくって伺いました」
USB Cケーブルも搭載し、ほぼすべてのスマホに対応。抗菌・抗ウイルス加工も。
北條らの「オペレーションは一切発生させません」「コンセントと場所をお借りするだけでビジネスになります」といった必死のお願いが奏功し、大手コンビニチェーンの1社が一部店舗への設置を認めてくれた。祝杯を挙げたか問うと、高橋は笑顔でこう口にした。
「そんな暇、なかったですよ(笑)」
この頃仲間に加わったのが様々な企業のシステム担当を経験してきた広瀬だった。彼がジョイン直後の思い出を語る。

「あるチェーン店に設置した後、システム変更のため、全台を再起動させる必要が生じたんです。決して残業が推奨されているわけではないのですが、すぐ対処すべき問題だったので、夜、私が車を運転し、東京中を走り回って助手席に乗った高橋がお店に行ってコンセントを抜いて、挿して……と繰り返したことを覚えています(笑)」
広瀬は本業のシステム作りでも活躍した。彼がアプリのローカライズを依頼していたのは、中国・広州の開発チーム。今こそグループ会社だが、当時は別会社だった。
「この時、なぜ日本でその機能が必要なのか、背景や文化を伝えるのが難しかったんです。『これを実装すれば、貴社の利益にも繋がるんですよ』と、ロジカルに説明を尽くすのですが、なかなか」
広瀬は中国出張時、現地のメンバーと遊園地に行った。そこにバンジージャンプがあった。これを飛べばウケるかもしれない。「俺、行くよ。本当に行くよ」と周囲を笑わせ、「ああああー」と身を躍らせた。高橋が話す。
「広瀬のダイブを見て中国の仲間が爆笑する動画が残ってますよ」
この会社の特徴なのだろうか、広瀬も楽しそうに話を継ぐ。
「人間、理屈で通じない部分は、感情に訴えるしかないんです(笑)。
でもそれ以来、中国の仲間は『広瀬が言うならやるか』という雰囲気になってくれましたよ」







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