帝国データバンクの調査「人手不足に対する企業の動向調査(2025年1月)」によると、正社員が「不足」と感じている企業の割合は53.4%と、コロナ禍(2020年4月)以降で最も高くなっています。
(出典:https://www.tdb.co.jp/report/economic/20250221-laborshortage202501/)
従業員の離職は企業の生産性の低下を招き、最悪の場合は倒産してしまうこともあります。こうした状況の中で、大手企業から中小企業まで人材流出を防ぐこと等を目的に「社内転職制度」を導入する企業が増えています。
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人手不足が深刻化している今、社員が進んで働きたいと思えるような職場環境を整え人材が流出しないよう引き止める必要性が高まってきている。 Thinkings(シンキ…
社内転職制度とは、同一企業内で自らの意思で部署や職種の変更ができる制度のことです。社内転職制度は2通りあります。
1つ目は、企業側が、新規プロジェクトや必要な経験やスキルがある従業員の求人募集を行い、希望する従業員は手を挙げて選考を受けることができる「社内公募制度」。
2つ目は、従業員が自ら異動を希望する部署に、直接異動の申請ができる「社内FA制度」です。
離職の防止策として広がる「社内転職制度」
富士通やソニーでも導入されており、募集部門のニーズにマッチすれば、自らのキャリア意識に基づき、自発的に新しいキャリア形成に向けたチャレンジができます。
厚生労働省が令和6年10月に公表した「新規学卒就職者の離職状況(令和3年3月卒業者)」では、就職後3年以内の離職率は新規高卒就職者 38.4%、新規大卒就職者 34.9%となっており依然として高い状況にあります。
特に若手社員は、社内転職制度がないと転職して新しいキャリア形成を目指す傾向にありますが、社内転職制度があれば「辞める」前に「異動で挑戦」という流れを作ることができます。
社内転職制度のメリット
社内転職制度を導入するメリットについて解説します。
<企業側のメリット>
●人材の流出を防止できて生産性向上につながる
社内転職制度では、従業員に対して転職を必要とせずに新しいキャリア形成の場を提供することができます。人事権の行使としての配転命令ではなく、従業員自らのキャリア意識に基づいて自発的に挑戦できる環境をつくることで、キャリア志向の優秀な従業員の成長を加速させることができ、企業全体の生産性向上につながります。
●採用コストを削減できる
リクルートが運営する就職みらい研究所の調査「就職白書2020」によると、新卒を採用する場合の1人当たりの平均採用コストは2019年で93.6万円、中途採用する場合の一人当たりの平均採用コストは103.3万円になっております。
(出典:https://shushokumirai.recruit.co.jp/white_paper_article/20200611002/)
将来の活躍を見込んで採用した新卒や即戦力を見込んで採用したキャリア人材が、短期間で離職をしてしまうとさらに採用コストがかかることになり、企業として大きなダメージを受けます。社内転職制度を導入して転職しなくてもキャリアチェンジできるような環境があれば、人材の定着につながり採用コストを削減できます。
<従業員側のメリット>
●転職のリスクをとらずにやりたいことに挑戦できる
社内転職制度を利用することで、従業員は転職のリスクをとらずに自らのキャリア意識に基づき、希望する部署や職種、プロジェクト等に挑戦できます。
転職には、未経験だったり経験年数が少ないと年収が前職より低下したり、年次有給休暇が付与されるまでの期間に対する欠勤の不安があったり、企業文化や人間関係が合わずにストレスを感じたり、前職のスキルが通用せずに短期間で評価によって賃金が下がる等といったリスクが伴います。
これまでは、外部への転職でしか叶わなかった「やりたいことへの挑戦」や「経験の積み重ね」を同一企業内で実現できることで、キャリアの選択肢を増やすことができます。
●スキルや価値観、人間関係でのミスマッチが起きにくい
社内転職制度は、事前に異動先部署でどんな業務ができるのか、どんなスキルが求められるのか等の業務実態や社内人脈を通して部署の雰囲気を把握することができます。また、同一企業内ですので企業理念や行動指針は同じのため、新しい部署の業務に慣れるまでに短期間で適応しやすいです。
社内転職制度のデメリット
一方で、社内転職制度にはデメリットもあります。
<企業側のデメリット>
●部署間で人員バランスが崩れてしまう
社内転職制度は、社員の自発的な挑戦を後押しする一方で、部署ごとの人員バランスが偏在するというリスクも伴います。
例えば、人気のある部署や上司に異動希望者が集中すると、別の部署では人手不足に陥り、結果として企業全体の生産性が低下する可能性があります。こうした状況を防ぐには、社内転職が叶う場合と叶わない場合の要件を明確にしたうえで運用することが重要です。
従業員との間で「期待値調整」ができていないと「希望したのに全く認めてくれない」と希望した従業員のモチベーション低下につながってしまいます。
●業務の引継ぎの問題が生じる
社内転職が叶った場合、今までその従業員が行っていた業務をいつまでに誰が引き継ぐのかが問題となります。異動前の他の従業員の負担が過度に増えるようだと、異動前の他の従業員は納得できないでしょうし、長時間労働から業務品質の低下やモチベーションの低下につながり、転職されるというリスクが伴います。
普段から業務が属人的にならないようにマニュアルの仕組化ができていれば比較的スムーズに異動が実現できますが、何よりも社内転職制度の設計の中に異動が叶った場合の異動前の業務引継ぎに関するルールを明確にしておくことが重要です。
<従業員側のデメリット>
●希望部署で成果が出せないリスクと評価
社内転職制度を利用することで、従業員は自らのキャリア意識に基づきやりたいことに挑戦できる一方で、異動先で成果が出せないリスクも伴います。業務によっては異動してすぐに成果を出すことが難しい場合や、成果が出せない場合にどのように評価されるか不透明な場合もあります。
当然、成果が出せない場合は、評価によって賃金が下がる可能性が考えられます。また、社内転職制度を利用して異動した場合、数年間は再度の利用を認めないルールにしている企業もありますので、そのリスクを承知の上で挑戦する覚悟が求められます。
いい意味で社内転職をしない方がいい人とは?
企業側は、自らキャリアを考えるポジティブな従業員に対して社内転職制度という環境を用意することで、優秀な従業員の離職を防止し、成長を促し、企業全体の生産性向上につなげたいと考えています。
従って、キャリアの方向性が曖昧な人は、異動目的が「なんとなくやってみたい」になりやすく異動先でのミスマッチや後悔につながりやすいです。専門分野で基礎知識を習得中の人が「この分野でやっていく自信がない」といったネガティブな理由で異動する場合も同様です。
また、人間関係の逃避目的で異動を希望する人も、やりたい業務があるわけではないので、異動先でも同じ課題に直面する可能性があります。従業員はキャリアの方向性を明確にして、そのキャリアの実現のために社内転職制度を利用することで、従業員と企業の双方にとって価値のある仕組みとなるでしょう。
文/和賀成哉
わが・なるや。社会保険労務士法人大槻経営労務管理事務所OS局局長。2007年11月に不動産業界から転職して社会保険労務士法人大槻経営労務管理事務所に入所。入所以来、主に5000名超の大企業を中心にアウトソーシングサービスに従事し、2016年1月 大規模法人アウトソーシング事業部の部長に就任。2017年3月 業務執行役員に就任。2021年4月 OS局局長に就任。人事担当者向けの労務講座の講師や管理職研修の講師も行う。
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