はじめに:ニュースでよく聞く謎の言葉
「本日の東京株式市場は、円安進行を好感して日経平均株価が大幅続伸しました」
テレビやネットの経済ニュースでこんなフレーズを耳にしたことはありませんか。「株高円安」「株安円高」という言葉は、経済ニュースの定番フレーズです。でも、なぜ円安だと株価が上がるのでしょうか。そして、なぜこの2つはセットで動くことが多いのでしょうか。
実は、この関係性を理解することは、日本経済の大きな流れを掴む最短ルートなのです。今回は、為替と株価の関係をひも解きながら、経済の仕組みをわかりやすく解説していきます。
1. そもそも「円安」「円高」って何?
■円安・円高の基本を押さえよう
まず、基本中の基本から始めましょう。「円安」「円高」とは、日本円の価値が外国通貨(主に米ドル)に対して変動することを指します。
円安とは、円の価値が下がることです。例えば、1ドル=100円だったのが1ドル=150円になったら、これは円安です。同じ1ドルを手に入れるのに、以前は100円で済んだのに、今は150円も必要になったわけですから、円の価値が下がったということになります。
円高はその逆で、円の価値が上がることです。1ドル=100円が1ドル=80円になったら円高です。同じ1ドルを手に入れるのに80円で済むようになったので、円の価値が上がったということです。
■日常生活で感じる円安・円高
この違いを身近な例で考えてみましょう。海外旅行に行くとき、円安だと現地でのお買い物が高くつきます。ハワイで100ドルのアロハシャツを買うとき、1ドル=100円なら1万円ですが、1ドル=150円なら1万5000円も払わなければなりません。
逆に円高のときは、海外旅行がお得になります。同じ100ドルのアロハシャツが、1ドル=80円なら8000円で買えるのです。
2. なぜ「株高円安」が起きるのか? 輸出企業の利益増加メカニズム
■輸出企業にとって円安は追い風
日本は自動車や電子機器などを世界中に輸出している「輸出大国」です。トヨタ、ソニー、任天堂など、日本を代表する企業の多くが海外で大きな売上を上げています。
これらの輸出企業にとって、円安は大きなメリットをもたらします。具体例で説明しましょう。
トヨタが米国で3万ドルの車を販売したとします。
• 1ドル=100円の場合:売上は300万円
• 1ドル=150円の場合:売上は450万円
同じ車を同じ価格で売っているのに、円安になるだけで日本円に換算した売上が150万円も増えるのです。これが「為替差益」と呼ばれるものです。
■円安が株価上昇につながる流れ
1. 企業の業績向上:円安により輸出企業の売上・利益が増加
2. 業績予想の上方修正:企業が今期の利益見通しを引き上げ
3. 投資家の期待上昇:「この企業は儲かりそうだ」と投資家が判断
4. 株式の買い注文増加:多くの投資家がその企業の株を買いたがる
5. 株価上昇:需要が増えて株価が上がる
特に日経平均株価を構成する225社の多くが輸出企業であるため、円安になると日経平均全体が押し上げられやすいのです。
■国際競争力も向上
円安のメリットは為替差益だけではありません。円安になると、日本製品の国際競争力も向上します。
例えば、日本製の高級炊飯器が5万円だとします。
• 1ドル=100円の場合:米国では500ドル
• 1ドル=150円の場合:米国では約333ドル
同じ製品が米国では大幅に安くなるため、中国製や韓国製の競合製品と比べて価格競争力が増します。その結果、販売数量も増え、企業の業績はさらに向上するのです。
3. 「株安円高」はなぜ起こる? リスクオフの心理
■景気不安時の投資家心理
一方、「株安円高」という逆の現象も頻繁に起こります。これを理解するには、投資家の心理を知る必要があります。
世界経済に不安が広がったとき(例:リーマンショック、コロナショック、地政学的リスクなど)、投資家は「リスクオフ」と呼ばれる行動を取ります。つまり、リスクの高い資産(株式など)を売って、より安全な資産に資金を移すのです。
■なぜ円が「安全資産」なのか
不思議なことに、日本円は世界的に「安全資産」「避難通貨」と見なされています。その理由は以下の通りです。
1. 対外純資産世界2位:日本は世界2位の債権国で、海外に多くの資産を持っています
2. 経常黒字国:貿易などで稼いだお金が、海外に支払うお金を上回っています
3. 政治的安定性:日本は政治的に安定しており、急激な政変のリスクが低い
4. 低金利通貨:普段は低金利で調達されやすいが、危機時には買い戻される
■リスクオフ時の資金の流れ
世界的な危機が起きると、次のような流れが生じます。
1. 株式市場から資金流出:投資家がリスク回避のため株を売る
2. 株価下落:売り圧力により世界中の株価が下がる
3. 円買い需要増加:安全資産である円を買う動きが強まる
4. 円高進行:円の需要増により円高が進む
5. 日本株にも売り圧力:円高で輸出企業の業績悪化が懸念され、日本株も下落
こうして「株安円高」という現象が起きるのです。2008年のリーマンショック時には、1ドル=110円台から一時75円台まで円高が進み、同時に日経平均株価は18,000円台から7,000円前後まで暴落しました。
4. 為替と株価の相関関係から読み解く日本経済
■日本経済の構造的特徴
為替と株価の関係は、日本経済の構造を如実に反映しています。
輸出依存度の高さ 日本のGDPに占める輸出の割合は約20%ですが、大企業の売上に占める海外売上比率はさらに高く、製造業では50%を超える企業も珍しくありません。トヨタの海外売上比率は約80%、ソニーは約70%に達しています。
このため、為替レートの変動が企業業績に与える影響は極めて大きく、それが株価にも直結するのです。
■円安の光と影
ただし、円安にはデメリットもあります。
メリット
• 輸出企業の業績向上
• 外国人観光客の増加(インバウンド効果)
• 海外資産の円換算価値上昇
デメリット
• 輸入物価の上昇(エネルギー、食料品など)
• 家計の負担増加
• 内需企業の収益圧迫
特に、日本はエネルギーや食料の多くを輸入に頼っているため、過度な円安は国民生活を圧迫します。ガソリン価格の上昇や、輸入食材を使った商品の値上げなどは、円安の典型的な悪影響です。
■適正な為替水準とは?
では、日本経済にとって最適な為替レートはどの程度なのでしょうか。これは非常に難しい問題ですが、多くのエコノミストは1ドル=110~120円程度を「居心地の良い水準」と考えています。
この水準なら:
• 輸出企業が適正な利益を確保できる
• 輸入物価の上昇も許容範囲内
• 企業の海外投資も活発化しやすい
ただし、急激な変動は企業の経営計画を狂わせるため、安定性も重要です。
5. 投資家として為替と株価をどう読むか
■基本的な投資戦略
個人投資家として、この関係性をどう活用すればよいのでしょうか。
円安局面での戦略
• 輸出関連株(自動車、電機、機械)に注目
• インバウンド関連株(小売、ホテル、レジャー)も有望
• ただし、すでに株価に織り込まれている可能性も考慮
円高局面での戦略
• 内需関連株(通信、電力、不動産)が相対的に堅調
• 輸入企業(食品、アパレル)にメリット
• 海外M&Aを狙う企業にも注目
■為替ヘッジという考え方
為替リスクを避けたい投資家には、「為替ヘッジ」という選択肢もあります。これは、為替変動の影響を受けにくいポートフォリオを組むことです。
例えば:
• 輸出株と内需株をバランス良く組み合わせる
• 為替ヘッジ付きの投資信託を選ぶ
• 円建て資産と外貨建て資産を適切に配分する
■長期的視点の重要性
ただし、短期的な為替変動に一喜一憂するのは危険です。企業の本質的な価値は、為替レートだけで決まるものではありません。
重要なのは:
• 企業の競争力は本物か
• 為替に頼らない収益構造を持っているか
• イノベーションを生み出す力があるか
これらを見極めることが、長期的な投資成功の鍵となります。
6. これからの日本経済と為替・株価
■構造変化の兆し
近年、日本経済には大きな変化が起きています。
デジタル化の進展 IT企業やデジタルサービス企業の台頭により、為替の影響を受けにくい企業が増えています。サブスクリプションビジネスやSaaS企業などは、為替変動に左右されにくい安定した収益モデルを持っています。
国内回帰の動き サプライチェーンの見直しにより、生産拠点を国内に戻す企業も出てきています。これにより、為替の影響は複雑化しています。
新たな成長分野 半導体、EV(電気自動車)、再生可能エネルギーなど、新しい産業分野では、為替よりも技術力や市場シェアが重要になってきています。
■グローバル経済の中の日本
日本経済は、もはや単独では語れません。米国の金融政策、中国の経済成長、欧州の政治情勢など、すべてが為替と株価に影響を与えます。
特に注目すべきは:
• 米国の利上げ・利下げ:日米金利差が為替に大きく影響
• 中国経済の動向:最大の貿易相手国の景気が日本企業の業績を左右
• 地政学的リスク:紛争や対立が円高要因になることも
まとめ:経済を読み解く羅針盤として
「株高円安」「株安円高」という現象は、単なる市場の動きではありません。それは、日本経済の構造、企業の競争力、投資家の心理、そして世界経済の動向を映し出す鏡なのです。
この関係性を理解することで、私たちは以下のことが見えてきます。
1. 日本経済の実力:輸出競争力の有無
2. 企業の真の実力:為替に頼らない収益力
3. 世界経済の健全性:リスクオン・オフの状況
4. 投資機会の発見:適切なタイミングと銘柄選択
為替と株価の動きは、経済という複雑なパズルを解く重要なピースです。毎日のニュースで「円安で株高」「円高で株安」というフレーズを聞いたら、その背景にある大きな経済の流れを想像してみてください。
そうすることで、単なる数字の羅列だった経済ニュースが、生き生きとした経済のストーリーとして見えてくるはずです。そして、その理解は、賢明な投資判断や、ビジネスの意思決定、さらには日々の生活設計にも必ず役立つことでしょう。
経済は難しくありません。基本的な仕組みを理解すれば、誰でも経済の大きな流れを読み解くことができるのです。
文/鈴木林太郎 経済ライター
テックと経済の“交差点”を主戦場に、フィンテック、Web3、決済、越境EC、地域通貨などの実務に効くテーマをやさしく解説。企業・自治体の取材とデータ検証を重ね、現場の課題を言語化する記事づくりが得意。難解な制度や技術を、比喩と事例で“今日使える知識”に翻訳します。
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