素子の声には芯の強さや誇り高さが宿っていた

山寺 約30年前の話に戻すと、あっちゃんは明夫さんの推薦で少佐役のオーディションに参加することになったんですよね。
大塚 そうそう。同じ事務所だったし、洋画の吹き替えで共演経験もあって、何となく彼女の雰囲気と素子が合っているような気がして。もちろん俺には決定権がないし、大役を掴み取ったのは彼女自身の力。当時のあっちゃんは、まだキャリアが浅かったし、後年の作品ほど自信にあふれていたわけじゃないけど、素子の声には芯の強さや誇り高さが宿っていたよね。
山寺 僕は最初の収録からあっちゃんの声を聴いて「少佐だ!」と思った。明夫さんが言う芯の強さや誇り高さがあっちゃんの中にあったからこそ、少佐と相性が良かったのかなと。そもそも声優目線で語らせてもらうと、少佐のセリフってすごく難しいんですよ。
大塚 本当にそうだよね。
山寺 見た目が若くて美しい女性でありながら、リーダーとして屈強な男たちを従えてクールに指示を出す。その設定をナチュラルに表現するのは難しいはずなのに、声質と滑舌の良さも相まって、サラリとやっているように思える。しかも、作品特有の難しい概念を語る時も視聴者に対して噛んで含む言い方はせず、スッと届かせる。あれ、なかなかできませんよ。
大塚 生来持っている特性もありそうだけど、やっぱり台本を一生懸命読み込んだはず。『攻殻機動隊』はシリーズ全編で「人間とは?」「生命とは?」「魂とは?」といった哲学的な問いを投げかけているわけで、素子はそこに誰よりも深く向き合っている。だから、大事件の主犯格っぽい人とも心を通わせちゃうんだよね。
山寺 アオイ、クゼ、シマムラタカシ……。トグサは彼らに翻弄される立ち位置だったりするから脚本の意味を隅々まで理解する必要はないけど、少佐はそうはいかない。
大塚 演技力やテクニックだけじゃ体現できない領域ですよ。
山寺 でもね、会ったことがある人はみんなわかると思うけど、普段のあっちゃんは少佐っぽい人じゃないんです。芯の強さはあるけど、すごく柔らかくて、優しくて、おっとりしている。その部分って、少佐が表に出すことは少ないけど、ちゃんと奥底に感じられる。ただのタフでクールなリーダーじゃない。つまり、あっちゃんの「ゴースト」が少佐の中に宿っているから、みんなが少佐のことを好きになっちゃうんだと思います。
大塚 山ちゃんは知らないかもしれないけど、素子はバトーとふたりきりの時に、印象的なセリフを言うことが多いんだよ。
山寺 知ってるよ! いつもうらやましかった! 「あなたがネットにアクセスする時、私は必ずあなたのそばにいる」という名セリフも、バトーに向けられたものだったし。『攻殻機動隊』シリーズを見ると、トグサが出ていないシーンに感動することが多いです(笑)。
難しいセリフでもナチュラルに聞かせる草薙素子を演じた田中さんのすごさ

素子の話すセリフには哲学的で考えさせられる内容が多い。「私の電脳がアクセスできる膨大な情報やネットの広がり。それらすべてが〝私〟の一部であり〝私〟という意識そのものを生み出し、そして同時に〝私〟をある限界に制約しつづける」とバトーに語りかける『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』のワンシーンもそのひとつ。
山寺 近年、AIが人間の代わりにいろんなことをやりはじめて、創作物まで手掛けるようになっていますよね。だから『攻殻機動隊』が描いてきた世界に、現実がどんどん追いついてきている気がしていて。例えば『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』ではトグサを公安9課に入れた理由を、少佐がこう言うんです。「同じ規格品で構成されたシステムはどこかに致命的な欠陥を持つことになる。組織も人も特殊化の果てにあるのは、緩やかな死」だと。その意味が最近ようやくわかってきました。
大塚 移民問題とか非認可薬とか『攻殻機動隊』が描いてきた問題って、現代社会とシンクロしている部分が本当に多いよね。
山寺 だから、読者の方々には改めて各シリーズを見てほしいです。若い頃よりもネットリテラシーが上がっている今のほうが、断然味わい深い作品だと思います。
大塚 どのシリーズも劇中で使われるテクノロジーは先進的だけど、最終的には哲学的な問いが用意されている。それは明快な答えが出せない問いだからこそ、いつ見てもおもしろいんじゃないのかな。
山寺 それに加えて『攻殻機動隊』アニメは映像のクオリティーが半端ないですから。特に、フル3DCGで描かれた最新シリーズ『攻殻機動隊 SAC_2045』。『攻殻機動隊』を初見の人でも、身構えないで視聴してもらえたら嬉しいですね。
大塚 『攻殻機動隊 SAC_2045』は映像がガラッと変わったので、声優としては難しい部分もありました。俳優さんの動きをモーションキャプチャー技術で取り込んでアニメ化しているから。でも、モーションキャプチャーを担当する俳優さんが各キャラクターの特徴を研究して動いてくれていたから、ほとんど違和感がなかったです。
山寺 同感です。そういうスタッフさんの並々ならぬ努力を感じるから、我々も最高のパワーマンスで応えたくなる。昔も今も、日本のアニメって、決して効率が良いとは言えない地道な作業の積み重ねで成り立っている。本当に人間くさい文化だと思いますよ。
大塚 「そんな文化の全部をAIが担えるわけがない」って、山ちゃんのゴーストがささやいています。
山寺 たぶん明夫さんのゴーストは「そろそろトイレ行きたいな」ってささやいています。
大塚 ははは(笑)。きっと素子はどこかでこの会話を聞いているよ。めちゃくちゃあきれた顔をしているのが目に浮かぶよね。
山寺 「バカねぇ」って言ってますね。でも、その声が優しく感じるのは、あっちゃんのおかげです。
回答が得られないテーマを扱うからいつの時代に見ても攻殻はおもしろい

『S.A.C.』から続く『攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIG』では、労働力不足を補うために国外から招かれた招慰難民が九州・出島で武装蜂起する姿(第19話以降)をはじめ、テロや核といった問題についても描かれる。現実にも起こりうるような題材も多く、同作品が20年以上前のものとは思えないほど。今改めて見てみると先見性を感じずにはいられない。
1995年から続く全アニメシリーズの
〝横断展〟が2026年1月から開催!

攻殻機動隊展 史上初 全アニメシリーズ横断展覧会
2026年1月30日(金)~2026年4月5日(日)
TOKYO NODE GALLERY A/B/C(虎ノ門ヒルズステーション内)
映画『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』(1995年)から配信作品『攻殻機動隊 SAC_2045』(2020~2022年)までを振り返る同シリーズ初の〝横断展〟。2026年に放送予定の最新作についても一部情報が公開される模様だ。
取材・文/浅原 聡 撮影/干川 修 編集/田尻健二郎
©2004 士郎正宗/講談社・IG, ITNDDTD
©1995 士郎正宗/講談社・バンダイビジュアル・MANGA ENTERTAINMENT ©士郎正宗・Production I.G/講談社・攻殻機動隊製作委員会
©Shirow Masamune/Kodansha/Ghost and the Shell exhibition committee
知っているようで知らない「攻殻機動隊」入門ガイド、基本用語と世界観を解説!
SF作品の多くは、造語や示唆が多く、教養も試される。名作と名高い『攻殻機動隊』も例外ではない。設定を理解することが士郎ワールドの深淵に触れる近道だ。 すべてはコ…







DIME MAGAZINE












