終身雇用が変わり「ジョブ型雇用」への移行が進む中、企業の人材育成戦略は大きな岐路に立っています。「特化したスペシャリスト」を育てるべきか、「万能な何でも屋さん」を求めるべきか。この問いに悩む経営者や人事担当者は少なくありません。
本記事では、この二項対立を解き明かし、ジョブ型時代に本当に価値ある人材とその育成の最適解をお伝えします。
ジョブ型雇用の本質とスペシャリストの条件
ジョブ型雇用は、しばしば「個人のスキルを重視する制度」と誤解されがちです。しかし、その本質は「役割定義本位の制度」、すなわち各ポジションが果たすべき役割と責任を明確にすることにあります。
この核心を担うのが、職務記述書(Job Description: JD)です。JDを導入し、全社的に運用する最大のメリットは、採用基準や評価基準が明確になることだけではありません。「企業がそのポジションに求める『成果』を先に定義できる」ことこそが、最も重要な点です。
この文脈でスペシャリストを定義するならば、「特定の分野で豊富な知識と経験を持ち、その能力を発揮して定義された成果を出せる人」となります。彼らは組織の基本機能である「分業」において、実行部隊として力を発揮する重要な人材です。
しかし、企業が直面する現実として、「過去の成功体験を持つ優秀なスペシャリストを採用したにもかかわらず、自社では全く活躍できなかった」という事例は後を絶ちません。
この「スペシャリストの失敗」の真因は、本人の能力不足や企業風土とのミスマッチにあるとは限りません。多くの場合、スペシャリストを配置する企業側(経営者・人事)が、「分業のあり方」と「そのポジションで求める具体的な成果」を明確に定義できていないことにあります。
どれほど優秀な専門家でも、ゴールが曖昧なままでは力を発揮できません。スペシャリスト育成や採用の第一歩は、スキル研修やタレントハントではなく、まず経営側が組織として目指す成果を定め、それに基づいた組織図を描き、各役職に求める具体的な成果(役割)を定義することなのです。役割の明確化があってこそ、ジョブ型雇用は機能し、スペシャリストも初めて活躍できるのです。
役割が曖昧な「何でも屋さん」の弊害
一方で「様々な職がこなせる何でも屋さん」とは、ジョブ型雇用の時代においてどのような存在になるのでしょうか。
かつてのメンバーシップ型雇用においては、特定の専門性に依拠しない総合職、すなわちジェネラリストが重宝されてきました。これが、文脈上の「何でも屋さん」に相当します。彼らは社内異動を繰り返しながら、その場の状況に応じて柔軟に業務をこなし、組織の潤滑油として機能してきました。
しかし、変化が激しく、将来の予測が困難な現代において、役割が曖昧なまま「何でも」こなすことを従業員に求めるのは、経営側が「役割設定」という重要な責務を放棄しているとも言えます。
役割が曖昧であれば、評価基準も曖昧にならざるを得ません。
評価基準が曖昧になると、組織には深刻な問題が発生します。従業員は「何をすれば評価されるのか」が分からなくなり、上司の顔色をうかがうようになったり、指示がなければ動けない「指示待ち人間」と化したりします。あるいは、成果を出しているにもかかわらず正当に評価されないと感じた優秀な人材が、不公平感からモチベーションを失い、最終的に組織から流出する原因となります。
長期雇用が企業にとってリスクとなり得る現代において、曖昧な役割定義のまま、その場の雰囲気や「柔軟性」という言葉で無秩序に人材を配置することは、組織の成長を確実に阻害します。
もし「ジェネラリスト」を現代において正しく育成するのであれば、それは「役割が曖昧な何でも屋さん」ではありません。「明確に定義された役割であれば、どんな役割になっても早期にキャッチアップし、高いパフォーマンスを発揮できる人材」を育てる、ということです。その前提にもやはり、「役割の明確化」が不可欠なのです。
マネジメントは「専門職」である
「正しいスペシャリストの育成」と「正しいジェネラリストの育成」。このどちらのケースを考える上でも、絶対に欠かせない共通の要素があります。それは、彼らを育成し、活用する「正しいマネジメント能力」の存在です。
組織の基本機能には、経理や営業、開発といった「水平分業(実行)」と、監督と選手のように「考える人と実行する人が異なる分業のあり方」である「垂直分業(管理・調整)」が存在します。
組織が成長し、実行部隊であるスペシャリスト(水平分業)が増えるほど、彼らをまとめ、組織全体の目標に向かわせるための管理機能、すなわち「垂直分業」が不可欠となります。
この「垂直分業」を担うのがマネージャーです。そして私たちは、マネジメントこそが「専門職」であると断言しています。
先に述べた「何でも屋さん」が現代的な価値を持つとしたら、それは「垂直分業のスペシャリスト=マネージャー」として再定義された場合のみです。マネジメントが、個人の感覚やセンス、人間力といった曖昧なものではなく、「専門職」である根拠は、以下の四点に集約されます。
(1)スキル習得の専門性
部下を管理し、目標を達成させる能力は、天性の「カリスマ性」や「人間力」といった感覚的なものではありません。目標設定、進捗管理、評価、フィードバックといった、理論の学習と実務の積み重ねによって習得する体系的なスキルです。これは、プログラミングや経理と同様の、後天的に習得可能な専門技術です。
(2)代替不可能性
マネジメント職は、「チームの成果(数字)の責任を負う」唯一の職種です。自らが実行するのではなく、「部下を動かして成果を出す」という役割は、他のどの職種にも代替できない固有の高度な能力を必要とします。
(3)市場横断性(ポータブルスキル)
「部下を管理し、成果を出す」という高度なマネジメントスキルは、特定の業界や職種に縛られません。正しい目標設定や公正な評価、ロジカルな進捗管理の手法は、市場を横断して通用する「ポータブルスキル」です。その労働市場における価値は、他の専門職と同等、あるいはそれ以上です。
(4)理論の存在
マネジメントが「感覚」ではなく「理論」に基づいた専門職であることは、すでに多くの実績が証明しています。再現性のある理論に基づいているからこそ、多くの企業で導入され、成果を上げているのです。
したがって、「スペシャリストか、何でも屋さんか」という問いの前に、「マネジメントという専門職」を育てるべきかという問いには、明確に「Yes」と答えることができます。
マネージャー=専門家を機能させる専門家
最終的に、企業は「水平分業のスペシャリスト(実行者)」と「垂直分業のスペシャリスト(マネージャー)」のどちらを優先して育成すべきでしょうか。
結論から言えば、「どちらも必要である」となります。企業という組織は、実行部隊と管理部隊という異なる職種が組み合わさって初めて機能するからです。サッカーチームに、優れたフォワード(実行者)と優れた監督(管理者)の両方が必要なのと同じです。
しかし、「どちらも必要」ではありますが、「今こそ、専門職としてのマネジメント力」を戦略的に鍛えることが重要であると言えるのではないでしょうか。
その最大の理由は、マネジメント能力の「習得機会の希少性」にあります。
プログラミングや経理、マーケティングといった専門的なスキルは、極端に言えば、必要になれば外部の研修や書籍、オンライン学習を通じて、個人が後からでも比較的容易に身につけることができます。
一方で、マネジメント能力、すなわち「部下を管理し、チームの数字に責任を持つ」という経験は、実際に管理職のポジションが空き、その機会が与えられなければ、決して積むことができません。本を読んだだけで優れたマネージャーになれないのは、このためです。
組織が成長するにつれて、まずは実行者である水平分業のスペシャリストが求められます。しかし、実行者が増えれば、必ず彼らを「調整」し、組織全体の目標へ向かわせる「垂直分業」の機能が不可欠となります。
このマネジメントという専門職は、他の専門職(スペシャリスト)群を「リソース」として扱い、彼らの生産性を最大化させ、組織の目標を達成させる「スペシャリストを機能させるためのスペシャリスト」なのです。
したがって、企業は「スペシャリスト」と「何でも屋さん」という曖昧な二項対立に陥るのではなく、「水平分業のスペシャリスト(実行者)」と「垂直分業のスペシャリスト(マネージャー)」という明確な二軸で人材を定義し、育成していくこと。これこそが、ジョブ型雇用時代における最適解と言えます。
まとめ
ジョブ型雇用への移行が進む中、「スペシャリスト」と「何でも屋さん(ジェネラリスト)」のどちらを育成すべきか、という問いについて解説しました。
本記事の結論は、この二項対立そのものが現代の組織運営に即しておらず、人材を「実行を担う・水平分業のスペシャリスト」と「管理を担う・垂直分業のスペシャリスト(マネージャー)」という二軸で定義し直すことが不可欠である、というものです。
特にマネジメントは、個人の感覚やセンスではなく、理論に基づいてスキル習得が可能な「専門職」です。そのスキルは業界を問わず通用するポータブルなものであり、組織の成果を最大化する鍵となります。
しかし、その能力は、実際にそのポジションに就かなければ習得できない「希少な機会」を必要とします。だからこそ、企業は戦略的にマネージャーを育成する仕組みを構築しなければなりません。
本記事を読まれた経営者・人事担当者の皆様は、まず自社の「マネジメント」を「専門職」として再定義し、その育成に戦略的に取り組むことから始めてみてはいかがでしょうか。
文/識学コンサルタント 長島
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