日本を代表する自動車メーカー・日産自動車。
グローバルに事業を展開する同社は、世界のグループ会社で、従業員主体のERG(Employee Resource Group /従業員コミュニティ)活動を15年以上も支援してきました。
一般的にERGとは、企業の中で同じ志を持つ人や、共通の特性がある人同士が繋がるコミュニティのことを言います。日産のERG活動は、共通の特性や価値観をもとにネットワークを形成し、知識や経験を共有・習得し、主体的にアクションを起こすことで、従業員の一体感/職場における安心感・帰属感向上に繋がることを目的としています。
ここでは、日本のERG活動のひとつの『Comm Lab (以下・コミュ・ラボ)』について紹介します。コミュ・ラボは、キャリア開発や良質なコミュニケーションを探求し、個人の幸せと組織のパフォーマンスの向上を目指したコミュニティ。
これを立ち上げ、運営している大川将史さんにお話を伺いました。前半では立ち上げの背景を、ここでは誰もが実践できるメソッドを中心に紹介していきます。
競争から共創へ!日産「コミュ・ラボ」が拓く心理的安全性の未来
日本を代表する自動車メーカー・日産自動車。グローバルに事業を展開する同社は、世界のグループ会社で、従業員主体のERG(Employee Resource Gro…
コミュニケーションの活性化が、ウェルビーイングに直結
――前編で、大川さんはうつによる休職で、コミュニケーションや関係性を重視した組織作りの必要性に気づきます。それが、社内ERG活動の一環である『Comm Lab (以下・コミュラボ)』につながっていきました。
大川将史さん(以下・大川):コミュ・ラボは、キャリア開発やワークショップの開催、キャリアカウンセリング・コーチング・ファシリテーションに興味がある人や資格を活かしたい人が集まり、「楽しく、どんどん試す」というコンセプトのもと、ワークショップなどの活動をしています。これを通じてキャリア開発やコミュニケーション手法の学びを深める場づくりを企画中です。
目指しているのは、その人の内なるパワーを余すところなく発揮できるようにサポートしたり、遊びながら学んだりすること。その結果として、個人の幸せと組織のパフォーマンスを高めると同時に、自分たちのスキル向上を目指しています。
現在、オンラインや対面の場で月2~3回程度の場を設定し、「テーマに興味がある人は参加する」というスタンスで運営しています。約80人のメンバーの属性はまちまち。大きな組織で、さまざまな仕事をしている仲間がどのように働いているかを互いに知ることができる場でもあるのです。
最近、実施したのは、『ワールドカフェ』というディスカッション形式のワークショップです。これは、Google、Apple、NASAなどの研究機関などでも採用されている有名なプログラムで、問いについて自由に対話しながらアイデアや気づきを深めています。
大切なのは、カフェにいるように、リラックスしながら話し合うこと。ファシリテーターも過度に誘導せず、参加者同士が多様な意見を受け入れ共創を促されるような場になることを重視しています。テーマの例は、「いいチームとは何か」とか「利他の心の重要性」など、参加した人が元気になるようなトピックスが多いです。
他には、「共感トランプ」とも呼ばれるNVC(Non Violent Communication)カードを使ったコミュニケーション、ゲストスピーカーの講演、ストーリーテリングのワークショップなど多様な企画を実施しています。キャリア開発に有効な『金の糸』というボードゲームを行ったこともありました。
コミュ・ラボの活動により、従業員同士の横のつながりができ、仕事と関係なくフラットに相談や意見交換ができるようになりました。部署を横断して、アイディアの壁打ちをしたり、対話が生まれることもあり、心理的安全性の確保にも寄与していると思います。また、社内のサードプレイス(利害関係のない人々が交流する場所)としての役割も果たしています。
また、コミュ・ラボはじめERG の活動にはKPI(Key Performance Indicator /重要業績評価指標)や数値目標は設定されていません。これは日産自動車の、従業員主体の活動を応援するという社風が現れています。その現れが、従業員に「勤務時間内の月何時間まで活動してよい」と認め、役員もERGを応援してくれるスポンサーになってくれています。
こういった背景もあり、参加者が徐々に増えている状況です。
自分軸がある幸せな人を増やしたい
――コミュ・ラボの活動について伺っていると、個人を尊重する時代になっているのだと感じます。
大川:かつては会社という大船に乗り、そこに乗って仕事をしていれば、多少の不自由さはあっても、安定した生活が保証されていました。
しかし今は、会社に所属していても、それぞれが1人用のボートに乗って航海しているような状態です。社会の変革やAIやデジタル技術の発達もあり、会社どころか社会を構築しているシステムが、今後どう変わっていくか、誰も予想ができません。
ですから、個人を尊重する背景には、個人が力をつけて、自ら羅針盤を読みながら航海をしなければならない時代になったのだと感じます。でも、私たちは自分に興味を持ち、深める訓練をあまりしてきていませんでした。そんな状態のまま、キャリアを進めれば、遭難してしまう。まあ、これはかつての私自身ですね。
そうならないためにも、コーチングやカウンセリングやコンサルティングなどホリスティックな対人支援を通じて、自分の行きたい方向、持っている力を知ることが大切だと感じました。
これには、前編で紹介した、青山学院大学ワークショップデザイナーのプログラムや、英国の大学院『シューマッハー・カレッジ』で学んだことが生きています。特に、シューマッハー・カレッジは、競争に勝つことが大切だと、幼い頃から教えられてきた私に、意識の変革をもたらしました。_関係性に目を向け世の中をシステムで捉える視点(みんな繋がっている)、自然や人、地域が元気を取り戻し、次の世代へと豊かさを手渡せる“リジェネラティブ(再生的)な社会 を目指すことの大切さ、左脳だけでなく右脳、体、心が統合された教育、そして一人ひとりが“自分自身のGIFTを見つけサービス(奉仕)すること≒利他的であること”の大切さ_などを知ったのです。
また、ここでは、カレッジの菜園で栽培された野菜をいただきます。大量消費社会の疑問が自ずと生まれ、生まれ変わったような気持ちになりました。
世界中から来た学生と交流する中で、我が身を振り返ると、「日本の教育は、他人軸に主眼を置きすぎる」と気づいたのです。努力も結果も決められた指標で他人が評価し、達成できなければ責任が問われる。正解が分からない状況でも、自分自身を深く理解する方法を知らないため、他人の価値観を基準にして、人生に大切な選択をしてしまうことが多い。また、現代社会は価値観・文化・ライフスタイルが多様化しており、異なる背景を持つ人と共存したり、より社会を豊かにしていくためには対話によるすり合わせが必要です。対話をする際にお互いが自分軸を持っていないと本質的な違いが明らかにならず、そのすり合わせがうまくできないことも感じました。
私はこのカレッジで、創立者でありインド人思想家のサティシュ・クマール氏と実際に話し、幸せとは何か、理想とは何かを生まれて初めて深く考えたのです。
――幸せや理想は正解がないからこそ、難しい。
学校も会社も教えてくれませんからね(笑)。幸せの定義について調べていたときに、「8つの領域の現在地を知ることで、自分を客観視する」という理論に出会いました。8領域とは、「健康な心身」、信頼し受け入れ合える「人間関係」の構築、「自ら成長」を続けること、ビジョンや目的に合致した「仕事」をすること、不安がない「経済」状況、安全で居心地がいい「環境」にいること、満たされる「自由な時間」があること、社会や他者に「貢献」できていること、です。まず、この満足度を10点満点で評価します。そして、理想の状態を考えることで自分を客観視し、足りない部分を把握できたのです。
私はそれまで現状維持と、他者からの評価にばかり目を向けていたので、自分の理想をリアルに想像したことがなかった。この評価は自分について気づくきっかけになりました。
こうして振り返ると、心の病で休職していた9か月と、苦しい葛藤と深い内省があったから今がある。学びと実践を通じて、多くのことに気づくことができましたし、仲間もできました。私も大きく変わりましたし、今後も人が変わることを支援していきたいと思っています。
人は変わる。というのも、私は少し前まで頑固で傲慢で嫌な奴だったんですよ(笑)。不遇だったり苦しい時は、どうしても嫌な奴になってしまう。
でも心の病気になり、痛みを知り、何かに気づき、新しい環境に身を置くことで変わることができました。これは私のみならず、人の持つ大きな力だと感じています。でも、それには、他者の力が絶対に必要なのです。私は自らの経験と学びで得た力を、苦しい人や、もやもやを抱えている人の役に立てたい。そのことを強く感じています。
心の健康を取り戻すことができたのは、人の支えと、仲間の存在があったこと。そして、誰かに頼り、みんなに頼ることができたから。その力が生まれたのは、大川さんの中に、自分も他人も認め、信頼し、愛することができたから。この力をつけることからウェルビーイングは始まるのかもしれません。
日産自動車
経営戦略本部 コーポレートビジネス開発部
大川将史さん
大川将史 1981生まれ。新卒で入社後、購買部門、市場情報室、商品企画、組織開発、社外向けコンサルティングなどを経て現職。
取材・文/前川亜紀 撮影/黒石あみ(小学館)







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