 
						妊娠・出産を機に、ライフスタイルが大きく変わる女性は少なくない。仕事を辞める人もいれば、家事・育児と仕事の両立に疲弊する人もいる。もし産後もキャリアを変えることなく、自宅での家事負担がない状態で子育てができたら、心身共に穏やかでウェルビーイングな生活を送ることができるかもしれない。
「家事と育児が“ルンルン”なんて、ありえない」と言われた25年前 切り開いてきた家事代行の世界
近年は家事代行サービスやベビーシッターの派遣など、家事の負担を減らすことができるサービスが充実している。その中の1つが、クマのイラストの看板でおなじみの家事代行サービス会社・株式会社ベアーズだ。日本で早くから家事代行サービスを提供するパイオニアだ。
今回はベアーズの取締役副社長で、一般社団法人全国家事代行サービス協会会長や、一般社団法人日本ウェルビーイング推進協議会理事を務め、『ウェルビーイング・シンキング』(日経BP)の著者でもある髙橋ゆきさんに、ウェルビーイングな生き方や働き方、考え方について聞いた。
髙橋さんは夫と共に1999年、家事代行サービスを行うベアーズを創業。“新しい暮らし方の提案” “新しい雇用の創造”を行ってきた。経営者として「社員のウェルビーイング」を第一に考え、チアダンスチーム『Bears Ray』など社内3つの実業団の総監督も務めている。
髙橋さんが家事代行サービスを立ち上げるきっかけになったのが、夫婦で共働きをしていた頃に住んでいた香港での生活だ。当時、異国の地で初めての妊娠・出産を迎えた髙橋さんは、フィリピン人のメイド・スーザンに支えられた。5歳の息子を母国に残し出稼ぎに来ていたスーザンは、先輩マザーとして、そして家事育児のパートナーとして、髙橋さんの日々のあらゆる家事をサポートした。90年代といえば、日本では家事育児はまだまだ女性1人が背負うもので、出産を機に退職する女性も多かった時代。そんな中で髙橋さんは、スーザンが家事をサポートしてくれたことで、仕事をしながら子どもとの時間を過ごすことができたのだ。
――香港での体験が起業のきっかけになっています。
髙橋さん(以下、略)「私はスーザンがいなかったら、今の自分が保てていなかったと思うんです。醜い自分を経ていたかもしれない。けれど当時の私は、妊娠、出産、子育て、そして働くということが、ものすごく幸せで、明るく楽しかった。毎日ルンルン気分だったんですね。スーザンに出会った自分の原体験から、1人でも多くの人に家事代行サービスを届けたいと思うようになりました」
――90年代といえば、まだ家事育児の負担も女性が多かった時代です。当時すでに髙橋さんが家事育児と仕事の両立を笑ってできていたことに驚きました。
「当時、毎日がルンルンだったと言ったら、周囲から『頭がおかしくなったんじゃない?』『働くとか育児が明るく楽しく幸せだなんて、すごいね』『香港に行って香港マダムになっちゃったの?』みたいな言われ方もしました」
――時代的にも、日本では信じられない光景ですよね。
「そうそう。当時、私が香港に行った頃の日本で流行っていた言葉は、『玉の輿に乗る』『高収入、高身長、高学歴の3K』『(結婚までの)腰掛け』です。あと総合職と一般職という仕事の違いの言葉もありました。他人に家に入ってもらって家事を任せるということもありえない時代でした」
――そんな中で家事代行サービスを作るとなった時に、立ちはだかる壁はありませんでしたか?
「立ちはだかった壁は、『家事は自分でやるもの』『人に頼るのはよくない』といった社会の空気や価値観そのものだったと思います。長い間、家事を頼るということは特別な人だけのものとされ、頼ることにどこか後ろめたさを感じる風潮が根強くありました。
けれども、東日本大震災やコロナ禍といった大きな出来事を経て、『生きる』とは何か、 命とは何かということに皆が想いを馳せるようになり、『自分にしかできないことに力を注ごう』『自分じゃなくてもいいことは無理せず頼っていい』という考えが広がってきました。ワークライフバランスやジェンダーの課題も議論されるようになり、『人に頼る』ことが弱さではなく、自分や家族を大切にする選択肢だと受け止められるようになったのです。
こうした社会全体の意識の変化が、家事代行サービスの利用を広げていく大きな追い風になりました。自分らしさを失わずに、自分の本分や役割を果たすことができるように、社会が『人を頼ってもいい』と背中を押す風をもっと強く吹かせていく必要があると思います。私自身も、大きな変化の時にスーザンがいてくれたからこそ、自分の軸を保ちながら歩み続けることができました。」
公園や集会所でママに話しかけるところからスタート 目標は「日本に“スーザン”をいっぱい増やす」
――ベアーズを立ち上げてどのように発展させていかれたのですか。
「ベアーズは、日本に帰国して、夫と2人で公営住宅に住んで作った会社で、最初は広告費もゼロ。どうやって宣伝するかとなった時に、ジャングルジムやブランコや砂場がある公園に行って、集まっているママたちに『子育て大変ですけど、最近笑ってますか?』と話しかけたんですよ。完全に怪しいですよね。最初はびっくりされましたが、私の経験を話して、『こういうサービスがあったら使ってみたいですか?』と1人ひとりに聞いたんですよ。そしたら共感してくれて。そのうち、たくさん質問を受けるようになり、ママさんのうちの1人が『良かったらうちのマンションの集会場を使って』とか、喫茶店をやっている方が『コーヒー1杯出してくれればいいから、ゆきさん話してみませんか?』と言ってくれて、そこから始まったんですよ。
私はスーザンに出会って支えられたので、日本で優秀な家事代行者を増やしたかったんですね。だから『サービスを受けられる人を増やす』ということは、イコール、『この日本に優秀な家事代行者をいっぱい増やす』ということ。だからサービスを利用してくださるお客さまを見つけながら、同時に、家事代行の職業地位を向上したいと思って、まずは自分が家事研究家になったんですね」
――まずは自分が家事の専門家になったと。
「そうです。そうしたら当時、TBSの『はなまるマーケット』さんが声をかけてくれて、『家事研究家』という肩書でテレビに出演させていただけるようになりました。その後も雑誌のお仕事依頼があって、表に出るようになりました。家事研究家として世の中に出で、テレビや雑誌を通して、『家事代行は世の中の人を役に立つ仕事ですよ』と言っているうちに、『働きたい!』と言ってくれる人がどんどん集まってきたんです。当時、“頑張る女性を応援する”というスローガンを掲げていたので、『1人じゃできなかったけど、ベアーズに所属して働く方法もあるんだ』と、たくさん集まってくれたんですよね」
――スーザン(優秀な家事代行者)が増えていったのですね。
「私の使命は、家事代行の職業地位を向上して、誇りを持ってこの仕事に携わる担い手をたくさん増やして、愛の循環を広げていくこと。ここで言う“愛の循環”とは、自分自身の人生や家事・育児の経験をまるごと生かして、目の前にいる『誰かの暮らしを支えたい』という想いが、家事のサポートという形になって届けられ、その想いを受け取った人がまた誰かに優しさを返していく――そんな温かいつながりが社会の中で連鎖していくことです。『問題がなければいい』という感覚で安易に作業をこなすのではなく、『誰かの役に立ちたい』という志を持った人が増えれば、その気持ちは必ず家庭の中にも届きます。そうして支える人も支えられる人も愛に満たされる。その輪が広がっていくことこそが、私がずっと目指してきた“愛の循環”であり、そして私たちのサービスや品質の根っこにある『レシピの正体』なのです。創業期から今日まで、その想いだけは変わらず胸に抱き続けています」
ウェルビーイング経営の根底は「人の心を孤独にしない」
――髙橋さんの著書『ウェルビーイング・シンキング』にも、「愛」や「感謝」という言葉がたくさん登場します。これまでの人生の中で、ご自身が愛を受け取っていると実感されているから「愛」という言葉が溢れているのでしょうか。
「こういうことを書くと思想家と思われがちですが(笑)、『Start With Love』『愛からはじめる』というのが一番伝えたいことです。『愛って何ですか?』と聞かれることも多いのですが、答えがないと思うんです。『愛って何だろう』と思いながら生きて行くことが愛なんだと思うんですよ。『自分を大切にしよう』と思う心さえあれば、また次の愛も芽生える。愛する心が循環していくイメージです。ベアーズの社員教育でも、『(お客さまを)自分の最も大切な人だと思ってください』というのを伝えています。自分の妻、母、娘、逆もしかりですが、そういう人たちに対して思う気持ちと同じです」
――ベアーズが社員のウェルビーイング向上のために意識していることはありますか。
「そうですね。やはり心を孤独にしないことだと思います。働いている時間ってすごく長いから、同じ釜の飯を食べている仲間のことは、私は大家族と思いたい。仕事で出会った人たちもチームだと思えば、途端に他人ではなくなります。単に仕事をもらう・与えるという“雇用”ではなくて、『チームとこの作品を創り上げる!』と思った途端に意識が変わると思うんですよね。だから私は、ウェルビーイング施策の一番の根底として、『人の心を孤独にしない。寂しんぼにしない。ぼっちにしない』という精神が、経営者にとても求められると思います」
――2022年に一般社団法人日本ウェルビーイング推進協議会を立ち上げました。
「私はライフワークとしても、仲間3人ともう1つ会社を運営しています。それが株式会社YeeY(イエイ)です。ツインソウルとも言うべき、親友の島田由香と矢澤祐史と3人で、『世の中がイエイ! ってなることだけをやろう』と始めました。実はこの3人で、日本でのウェルビーイングの普及活動をしていました。でも『ウェルビーイングは3人だけでやるものではなく、みんなでやることが大事』と思い、ウェルビーイング推進協議会を創りました」
――どのような活動をしているのですか。
「一番の特徴は、ウェルビーイングを体験していただくこと。もちろんオンラインでの講義などもありますが、世の中に『Chief Wellbeing Officer/チーフ・ウェルビーイング・オフィサー(CWO)』をたくさん創ったらいいのではないかと思い、人事周りの皆さんたちだけでなく、いろいろな企業のリーダーたちにCWOになってもらえるような研修もしています。それからウェルビーイングリトリートのような形で、和歌山県や福島県などに実際に他府県から集まっていただいて、リトリートを体験していただくコンテンツも展開しています」
――最後に、髙橋さんがウェルビーイングで目指す未来を教えてください。
「ウェルビーイングは最近よく聞く言葉ですが、私は8年前ぐらいからウェルビーイングに着目をしてきました。私がやっていることは、お茶の間の幸福度数を上げること。家族・家庭という最小単位だけれども、その最小単位が幸せであることで、人は生きる勇気を得ることができるし、素直になれる。そして自分を解放して、許してあげることができると思うんです。家事代行サービス産業は、ある意味、そのための手段というかツールなんですよね。私が本当にやりたいのは、愛の循環社会を作ること。人との繋がり、支え合いです」
取材・文/コティマム
 
						








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