■連載/ヒット商品開発秘話
これからの季節、温かいものを飲んだり食べたりすることが格段に増える。猫舌の人たちにとっては大変な季節到来。飲み物や料理を冷ますため、ふーふーする日々が続く。
そんな猫舌な人に代わり、熱い飲み物や料理を冷ましてくれる猫型ロボット『猫舌ふーふー』がいま話題だ。開発・製造・販売は、甘噛みするロボット『甘噛みハムハム』などユニークなロボットを生み出してきたユカイ工学。2025年7月に一般販売を開始したばかりだが、すでに累計出荷数が6000匹を突破している(クラウドファンディングの実績を含む)。
『猫舌ふーふー』はシリコン製のボディに内蔵した「ふーイングシステム」から送られる風で熱い飲み物や食事を冷ます。マグカップ、スープカップ、深めの皿、お椀など、厚さ2~6mmの食器のフチに引っ掛けることができるほか、平皿に盛りつけられた食事も座った姿勢から風を送ることができる。
東洋製罐とのコラボから実現
『猫舌ふーふー』は、『甘噛みハムハム』を企画した取締役CMOの冨永翼氏の企画。子どもに離乳食を与える時に電子レンジで温めた食事を冷ました経験が元になった。
「電子レンジで温めて熱々になったご飯は食べないので、冷ますのにふーふーしたりしていたんですが、酸欠になるぐらいふーふーしないと冷めないんです」
こう振り返る冨永氏。年1回社内で実施しているアイデア合宿『メイカソン』で『猫舌ふーふー』の企画を発表したものの、商品化するという結論に至らなかった。
『メイカソン』以外にも、商品のアイデアを出す目的から社内で毎週実施している『妄想会』で何度も提案していたが、2020年に企画が動き始める。容器開発・製造大手の東洋製罐グループホールディングスが、周年事業としてベンチャーやスタートアップと組んでユニークな商品をつくりたかったことから同社にアイデアを求めてきた際、『猫舌ふーふー』のアイデアを提案したところ興味を示した。冨永氏は次のように明かす。
「東洋製罐ではかつて、離乳食用のマグカップをつくったことがあったのですが、電子レンジで温めると熱くなりすぎたそうです。容器が溶けないようにするのは自分たちの技術でできるものの、熱くしすぎないことは課題として残ったことから、『猫舌ふーふー』の企画を面白いと感じていただけました」
東洋製罐とのコラボで同社は2020年に、初代となる『猫舌ふーふー』を開発。この時つくったものは市販しなかった。
こだわってつくり込んだ口の形状
初代『猫舌ふーふー』は現在一般販売されているものと違い、顔があり耳が動くギミックを搭載している。一般販売で顔をなくしたのは、いい商品だと思ってもらえても自分好みの顔でなかったら買ってもらえないこと、食事の近くに置くのでどんな食事や飲み物にハマるものとしては顔のない無垢なものが最適だったことからだった。また、顔がない無垢な造形物だと、企業とのコラボレーションがやりやすいといった利点もあった。
造形でこだわったのは口の形状だった。横から見ると上唇が少し突き出て下に向くようになっており、食器のフチに引っ掛けても平皿の横に置いても料理や飲み物に風が当たるようになっている。
「ただ、猫は唇がある生き物ではないので、猫らしさとの両立が図れるようにするのが大変でした。怖い感じになってしまったり口が飛び出過ぎたりしないよう、デザイナー試作をつくってもらってはチェックすることを繰り返しました」と話す冨永氏。3Dプリンターでいくつも試作をつくっては全体的な印象や風の出方を確認して、現在の形状に行き着いた。
口の形状と並び造形で特徴的なのが、尻が浮いていること。平らなところに置くと、横から見た時に尻のあたりにわずかな隙間ができることが確認できる。
尻が浮いているのは、風を送るのに必要な空気を取り込むため。置いて使えるのも、尻が浮いてできる隙間から空気が取り込めるようになっているからだ。
仕様については、送風中にときどき疲れたかのようにゼーゼー言うようにしていたものを止めたり電源を乾電池(単3電池2本)から充電池に変更をしたりするなどした。乾電池を止めたのは、電池交換の手間により使い続けてもらえなくなることが想定されたためであった。
また、「ふーイングシステム」が取り出せるのも、初代『猫舌ふーふー』とは異なる。これにより、外側が洗えるようになったほか、企業とコラボする際にまったく別の造形物を制作して内側に「ふーイングシステム」を仕込むことを可能にした。冨永氏は、「企業とコラボすることで私たちでは通常届けられない層にも商品を届けることが可能になるので、商品を自分たちが届けたいと思っている人以外にも届ける方法として外観を変更しやすくすることにしました」と話す。
猛暑によって実現したコストダウン
東洋製罐とのコラボから一般販売までの間に5年ほど時間が空いたが、この最大の理由はコスト。モーターなどのパーツの調達コストかかり、売価が高くなるからであった。同社は必要なパーツの調達コストを見極めつつ、市販化に向けた改良の検討を進めていくことにした。
懸案だったコスト高は、思わぬビッグウェーブ到来により好転する。冨永氏は次のように話す。
「『猫舌ふーふー』にはハンディファンでできることが詰まっているのですが、猛暑の影響でハンディファンの需要が伸び大量に生産されるようになったことで、そこに使われる小型モーターや充電池の性能が向上すると同時にコストダウンが実現しました」
『猫舌ふーふー』に搭載されている小型ファンは、ハンディファンをつくっている企業と提携してつくってもらったものを使用。小さくても強い風を発生させないと熱い飲み物や料理を冷ますことができないことから、工夫を重ねて小型でも強い風が出せるファンをつくった。
風が出てカワイイだけになっていないかどうかを確かめるため、冷却性能を検証。90℃近い熱湯が入ったマグカップのフチに『猫舌ふーふー』を引っ掛け3分間送風した後に湯温を測ったところ、送風前より18℃下がっていることが確認できた。何もせず3分間放置した時に下がった温度は9℃なので、短時間で確実に冷ます効果がある。
猫舌が理解できなかった海外も高く評価
仕様を見直しコストの折り合いもついた『猫舌ふーふー』は2025年1月、アメリカで開催される電子機器の国際見本市『CES(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー)』に出品。多くの来場者や取材に訪れたメディアの目に留まって話題となり、大きな反響を呼ぶことになった。
CESでバズったことから、4月に市販化を前提に日本と海外でクラウドファンディングにチャレンジすることにした。同社はクラウドファンディングを、商品の一般販売の前にコアなファンや自ら商品の情報を発信してくれるファンを獲得するために実施しているという。
クラウドファンディングは日本/海外ともに目標を達成し、支援者数、支援金額ともに、これまで同社がチャレンジしてきたクラウドファンディングで最多を達成した。しかも、購入者の6~7割が海外と、日本よりも海外の方が盛り上がった。海外での盛り上がりを冨永氏はこう分析する。
「熱いものを食べる習慣がほぼない海外には『猫舌』を意味する言葉がありません。CESに出品した時は猫舌のことを“Heat Sensitive”と表現しました。熱いものはコーヒーぐらいしかないのですが、コーヒーが飲みたくても熱くて飲めないことから諦めて炭酸水を飲むような人が結構多く、『猫舌ふーふー』を知って日本の猫舌を理解してくれたことで多くの方に支援いただくことができました」
販売に当たっては実際に見ることができたり触ることができたりすることを重視。クラウドファンディングで蔦屋書店を展開するカルチュア・コンビニエンス・クラブ系列のGREEN FUNDINGを使ったことで、蔦屋書店でも取り扱われている。
取材からわかった『猫舌ふーふー』のヒット要因3
1.ネタではなく実用性が高い
商品名や機能から見るとネタと思われかねないが、使ってみると熱い飲み物や料理を短時間で適温に下げる効果がある。イメージとは違い実用性が高い。
2.買い求めやすい価格の実現
商品化に当たってはパーツの調達コストの折り合いがつくかどうかが最大の焦点になったが、猛暑でハンディファンが爆発的に普及したことにより調達コストが下がり、買い求めやすい価格が実現した。
3.悩みを顕在化した
熱いものを食べる習慣がない海外では猫舌は理解されにくいが、商品を見て、熱いコーヒーを飲むのが苦手なことを思い出させて猫舌を理解し、クラウドファンディングでは日本人より支援者が多かったほど。悩みが顕在化できたことが、海外での支持を獲得した。
購入者から、「熱いものが食べられない子どもが自ら、『猫舌ふーふー』を使って冷ましてくれるようになったので、冷ましている間に他のことができるようになり楽になった」などといった感謝の声が届いているという。意外なところでは、喉のやけどにより声に影響が出ないよう熱いものを食べるのを控えている声楽家や歌手などからも高く評価されている。
ユカイ工学は誰かの課題を解決するものをつくるのではなく、自分が欲しいものを高い熱量でつくる。心から欲しいと思ったものだからこそ、一見ネタとも思えるユニークなものでも共感を呼ぶのだろう。
製品情報
https://nekojitafufu.ux-xu.com/
取材・文/大沢裕司
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