古くから続く日本の旅館文化。世界的にも注目されているが、近頃は「食事の部屋出し」や「仲居の完全担当制」を見かけなくなってきた。
その背景には、インバウンド(外国人観光客)が増加している影響もあるといわれる。伝統的な和食が口に合わないケースもあり、そもそも食事を用意しない旅館も出てきている。
こうした中、いまだに「食事の部屋出し」と「仲居の完全担当制」を続ける旅館の一つが、「伊豆・稲取温泉旅館 食べるお宿 浜の湯(以下、浜の湯)」だ。
その理由やこだわりについて、代表者に聞いた。
あえて「食事の部屋出し」と「仲居の完全担当制」と続ける理由

浜の湯は、伊豆七島を一望でき、現地ならではの海鮮料理と、オーシャンビューの絶景を眺めながらの温泉を堪能できる宿だ。客室5室から始まった昭和44年(1969年)以来、55年以上そのこだわりを提供し続けている。
運営元の株式会社ホテルはまのゆ 代表取締役 鈴木良成氏は、現代にいたっても、あえて「食事の部屋出し」と「仲居の完全担当制」と続ける理由について次のように語る。
【取材協力】
鈴木 良成氏
株式会社ホテルはまのゆ 代表取締役
1964年生まれ。釣り宿「浜の湯」の長男として生まれ、大学卒業後2年間、山形県の旅館で修業を積み家業に加わる。2008年、社長就任。現在は、観光サービス専門学校の講師も務めている。
伊豆・稲取温泉旅館 食べるお宿 浜の湯 https://www.izu-hamanoyu.co.jp/
「35年以上前の旅館業界において、グループ・団体客以外の個人客はほぼ仲居の担当制で、料理の部屋出しもしていました。
1泊2日にまたがり、非常に近い距離間の中で担当の仲居が接客するからこそ、お客様は心を開き、仲居の想いに惹かれファンとなります。それが昔から続く、日本の旅館文化なのです。
料理の部屋出しは、客室の和室本間に提供します。畳敷きの前室から凛とした襖の開け閉め、料理提供は膝をつく跪坐(きざ)の姿勢で上座から下座へ。
上座の後ろは通るべからずなどの和室における日本文化を大切にしています。これらは日本人ですらなじみのない和の所作・立ち居振る舞いであり、そこに価値があるのです。
インバウンドのお客様にはなおさら、価値をご提供できると考えています」
食事を出すのすらやめる旅館も……業界課題への見解
旅館文化に不慣れなインバウンドからは、「料理の匂いがついた部屋で寝たくない」「仲居が勝手に部屋に入ってくるのが嫌」という声もあるといわれる。
食事を出すのすらやめる旅館も出てきている。このような業界課題をどのように受け止めているだろうか。
「料理の匂いは、空気清浄機があれば魚を直に焼いたりしない限り、部屋には残りません。また当館のお客様で『仲居が勝手に部屋に入ってくるのが嫌』と言われる方はおりません。
インバウンドのお客様の多くが日本文化を感じたいと思っています。ですから、和食を嫌う方はほんの一部にすぎません。
多くの宿は人手が足りないから食事を提供できないのです。食事を好まないインバウンドのお客様は、ほんの一部だと思っています。旅館で食事を提供しなくなれば、ハード(施設)面だけの勝負になってしまいます。
大手の資本力のある宿だけが残るでしょう。旅館は『料理』が一番の魅力です。それに惚れ込んでもらわなければ、ほぼリピートはあり得ません」
「浜の湯」伝統の旅館文化は「インバウンドこそ」体験すべき
ところで、浜の湯では他にも伝統的な旅館文化を感じられるサービスがあるという。
●朝茶のサービス
「お目覚めのとき、ご挨拶に伺い、布団を上げ、梅干しと稲取産のトコロテンとともにお茶をご提供しています。お客様との接点をいかに多く持つかが本来の旅館の接客です」
●リピーター対応
「直接の電話予約または公式HPからのご予約で三回目以上のお客様は、チェックイン後の午後三時から夕食前の午後六時半ごろまで、そのお客様にのみバーラウンジ入り口の暗証番号をお伝えしています。バーラウンジでは白ワイン、赤ワイン、スパークリングなどが飲み放題で、プライベートラウンジ的にご利用いただけます。
サービスで料金をいただかないということであれば、どこのホテルや旅館もセルフ方式を採用して提供しています。しかし当館では必ずスタッフを常駐させます。ハードリピーターとのコミュニケーションを取る絶好の機会だからです。
ここで仕入れた顧客情報はカルテに記入され、そのお客様の滞在中またはその後の宿泊におけるパーソナルサービスにつなげています」
部屋造りのテーマは「リゾート感」
伝統を守りながらも、新しい試みも取り入れているという。
「25年前から設備投資を繰り返し、今では35タイプ以上のまったく異なる部屋タイプを持っています。一軒の宿でこれほどのタイプ数のある宿は他にないと思います。すべてはリピート客を飽きさせないためです。
リゾート感の演出の一つとして、通常は食事を和室の本間に提供しますが、気候が穏やかな時期にはお部屋のテラスに朝食をセットして、潮騒の音を聞きながら非日常を感じていただいています」
今後の展望
今後の展望について、鈴木氏は次のように語った。
「完全担当制で部屋食、という価値を宿泊産業界および一般消費者に伝えきること。この仲居制度こそが最高峰の接客であるということを知らしめること。それこそ、今後、旅館業界の存続に必要不可欠と思っています。
そのためにはもっと強い影響力を持たなければならないと考えています。2028年6月オープン予定の熱海店は、そのためのものでもあります。ここでも同じスタイルを貫き、必ず成功させます。
仮に海外に旅館を造っても、スタッフはそこに在住する外国人となるでしょう。それでは日本文化を伝えることはきません。旅館のブランドは、日本に来なければ体感できないものにすべきと考えています」
浜の湯は日本の旅館文化を守りながらも、独自のサービスをこだわりを持って提供し続けている。鈴木氏が語ったように、「インバウンドこそ」体験すべき旅館ブランドではないかと感じた。
取材・文/石原亜香利 ※画像はすべて「浜の湯」提供







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