
キリンホールディングスの飲料未来研究所とキリン中央研究所は、猛暑や干ばつによるホップの収量・品質の低下の課題に対応する、高温・乾燥耐性を後天的に付与する苗作成技術を開発したことを明らかにした。
香味品質を損なわずホップに耐性を付与できるこの技術は、持続可能なビール原料供給の実現への貢献が期待されている。
なお、この技術は、2025年6月に国際ホップ生産団体(International Hop Growers’ Convention)の科学技術会議(Scientific-Technical Commission)で発表された。
研究の背景とその目的
ホップはアサ科に属する雌雄異株のつる性の植物。毬花(まりばな)と呼ばれる雌株の花にはビールに苦みや香り、抗菌作用をもたらす多様な二次代謝産物が含まれており、ビール醸造に欠かせない原材料として使用されている。
またホップは冷涼な気候を好む植物であり、欧州や北米、豪州等の北緯・南緯35~55度の地域で主に栽培されている。
一方、地球温暖化は植物に熱ストレスとして作用して成長を阻害する(※1)ことが知られている。冷涼な気候を好むホップは、高温や乾燥下では生育不良を起こすため、世界的に収量や品質が低下しているという。
※1 植物において通常の生育温度よりも高い温度は熱ストレスとして作用する。熱ストレスに晒された植物では生育遅延の他に葉の白化といった症状が観察される
そんなホップの収量・品質低下を受け、品種改良や栽培技術など気候変動への適応に関する研究開発を加速させ、持続的な原材料調達を実現することが喫緊の課題となっている。
■研究方法について
植物にストレス耐性を付与する方法は、育種や遺伝子組換え、バイオスティミュラント(※5)の活用、環境条件の制御などさまざまな手法がある。
※5 従来の農薬、肥料、⼟壌改良資材とは異なる新たなカテゴリーの資材
本研究では香味への影響が小さいと想定される、環境条件の制御が選択された。具体的には、液体培地(培養液)でホップ苗を大量増殖する過程で、25度の環境下で6週間育てる熱処理を行なうことで高温・乾燥耐性を後天的に付与した。
なお、本研究はチェコ品種の「ザーツ」とドイツ品種の「ヘルスブルッカー」で評価を行なっている。
研究成果
■1:実験室での耐性評価
高温環境および乾燥環境(※6)下それぞれの試験において、熱処理をしたホップ苗は、未処理苗と比較して草丈・クロロフィル(葉緑素)含量がいずれも有意に高く、生育不良の改善と耐性付与を確認できた。
※6 乾燥耐性は「ザーツ」のみ実施
<高温耐性:30度の高温環境における耐性評価>

<乾燥耐性:水やりを10日間停止した後、7日間水やりを再開する灌水条件での耐性評価>

■2:国内圃場評価
岩手県江刺市と遠野市それぞれに、熱処理をした苗と未処理の苗を2023年4月に定植して2年間評価を実施した。

5月から9月の平均気温が遠野市よりも約2度高い江刺市において、熱処理をした苗の方が、未処理の苗と比較して、地上部重量が有意に大きく、毬花収量が多い傾向がみられた。江刺市よりも気温が低い遠野市では有意な差は認められなかった。
■今後の展開
今後は、苗の大量生産技術の高度化や、熱処理による生理学的変化の解明および、複数の圃場・品種への適用性検証などを進め、海外での実装化を検討しまていく。
今回の発表に際して同社では次のようにコメントしている。
「今後もキリングループは、複合的に発生し相互に関連する環境課題(生物資源・水資源・容器包装・気候変動)に統合的に取り組み、豊かな地球の恵みを将来にわたって享受し、引き継ぎたいという思いをバリューチェーンに関わるすべての人々とともにつなぐべく、自然と人に「ポジティブインパクト」を与えるさまざまな取り組みを積極的に進めていきます」
構成/清水眞希