
2025年の自社株買いは過去最高を更新する勢いで拡大している。本記事では、自社株買いの最新動向と活発化している要因、押さえておきたいデメリットについて整理していく。
目次
株主還元の代表的な手段として注目を集める「自社株買い」。ここ数年、日本企業による自社株買いは過去最高を更新し続けており、2025年もその勢いは衰えない。背景には、資本効率を重視する市場改革や株主からの圧力、そして経営戦略の多様化がある。
本記事では、自社株買いの仕組みや実施企業の動向を整理しつつ、なぜ今これほど活発化しているのか、経営面におけるメリットや課題について解説する。
2025年の自社株買いはどうなっている?
2025年の日本企業による自社株買いは、2024年を上回るペースで進んでおり、年間総額が再び過去最高を更新する可能性が高い。株主還元や資本効率改善を目的とした動きが広がり、市場全体に大きな影響を与えている。
■自社株買いとは株式を市場から買い戻す行為
自社株買いとは、企業が自社の発行済み株式を市場などから買い戻すことを指す。自社株買いをすると、市場に出回る株式数が減少するため、EPS(1株あたりの利益)が高まる。株価上昇につながりやすいため、株主への利益還元策として広く用いられる手法だ。言い換えれば「会社が自分の株を買い戻し、株主に間接的に利益を返す仕組み」といえる。
自社株買いの発表がもっとも多いのは、4月下旬から5月にかけて。多くの企業が本決算を公表する時期に合わせて実施を発表する傾向が強い。決算と同時に株主還元策を示すことで、投資家に対し「資本効率を高め、株主価値を重視している」という姿勢を明確に打ち出す狙いがある。近年では、単なる株主還元にとどまらず、資本効率の改善や経営戦略の一環としても注目を集めている。
■2025年は自社株買いが過去最高額を更新する可能性
上場企業による自社株買いは年々増加傾向にあり、2024年には年間の実施総額が過去最高を更新した。この活発な動きは2025年に入っても続いており、7月上旬の時点ですでに前年の同じ時期を大きく上回るペースで自社株買いが実施されている。
このままの勢いが続けば、2025年の年間総額は2024年の記録をさらに塗り替え、再び過去最高額に達する可能性が高いだろう。
■【2025年版】自社株買いをしている企業一覧
2025年にかけても、多くの企業が株主還元の一環として自社株買いを積極的に実施している。特に、各業界を代表するプライム市場の企業で動きが顕著だ。
<自社株買いをしている企業一覧>
●トヨタ自動車
●本田技研工業
●リクルートホールディングス
●三菱商事
●セブン&アイ・ホールディングス
●三菱UFJフィナンシャル・グループ
●KDDI
●三井物産
●ソニーグループ
●伊藤忠商事
●日本電信電話(NTT)
●日立製作所
●信越化学工業
●デンソー
●ソフトバンクグループ
自社株買いが活発化している理由
自社株買いがこれほど活発化しているのは、単なる株主還元の流行ではなく、制度改革や市場環境の変化が重なった結果だと考えられる。自社株買いが年々活発化している背景について、詳しく見ていこう。
■東京証券取引所によるPBR改善要請の影響
自社株買いが増加する大きな契機となったのは、2023年3月に東京証券取引所がプライム市場・スタンダード市場の上場企業に対して出した要請だ。「資本コストや株価を意識した経営の実現」に向けた対応を求めるもので、特にPBR(株価純資産倍率)が1倍を下回る企業に対し、改善策の開示と実行を強く迫った。
PBRが1倍割れとは、企業の純資産価値よりも市場での評価額(時価総額)が低い状態を指し、資本効率が悪いと見なされる状況をいう。この問題に対応するため、多くの企業が資本効率を高め株価を押し上げる有力な手段として自社株買いを選択したと考えられる。
■コーポレートガバナンス改革と株主還元の強化
2015年に策定されたコーポレートガバナンス・コードは、自社株買い増加の大きな追い風となっている。このコードは、企業に株主との建設的な対話を求めるとともに、資本効率を意識した経営を促すものだ。
改革の流れを受け、企業は株主への利益還元策を一層重視するようになった。配当の増額と並び、自社株買いは株主還元を強化するための有力な手段として定着している。
■アクティビスト(物言う株主)への対応策
近年、アクティビスト(物言う株主)の存在感が高まり、企業経営に大きな影響を及ぼしている。アクティビストは、余剰資金の有効活用や株主還元の強化、経営資源の最適化などを積極的に要求し、経営陣に対して具体的な行動を迫る。
こうした圧力に対し、企業は株主総会での対立や経営権を巡る不安定化を避けるため、先手を打って自社株買いを実施するわけだ。自社株買いは、株主全体に利益を還元する明確なメッセージとなり、アクティビストの要求に応えると同時に、経営の安定性を確保する戦略的手段としても機能している。
自社株買いのメリット
自社株買いは株主への利益還元や資本効率の改善に直結するだけでなく、企業経営の安定化や人材戦略にも寄与する多面的なメリットを持つ。ここでは、配当とは異なる柔軟性や経営防衛の側面におけるメリットを整理していこう。
■株主への柔軟な還元策
配当は一度増額すると減配が難しく、企業にとって固定的な負担になりやすい。一方、自社株買いは実施の有無や規模を柔軟に決められるため、業績や市場環境に応じて調整できる。例えば、好業績の年には大規模な自社株買いを行い、景気が不透明な時期には控えるといった対応も可能。こうした柔軟性は、株主にとっても「企業が状況に応じて最適なかたちで利益を還元している」という安心感につながる。
■敵対的買収の防止
自社株買いによって発行済株式数を減らし、経営陣や安定株主の持株比率を相対的に高めることで、外部の投資家が大量に株式を取得して経営権を握るリスクを低減できる。特に海外の投資ファンドなどによる敵対的買収の動きが懸念される中で、自社株買いは「防御策」としての役割を果たす。
■ストックオプションや従業員インセンティブへの活用
買い戻した株式は消却するだけでなく、役員や従業員へのストックオプションや株式報酬として活用できる。これにより、従業員が株価上昇の恩恵を直接受けられるようになり、モチベーションや企業へのコミットメントが高まる。自社株買いは、優秀な人材の確保・定着における基盤を支える手段の一つといえるだろう。
自社株買いの課題とデメリット

自社株買いは株主還元や資本効率改善の有力な手段である一方、短期志向に偏るリスクや財務健全性の低下、株価操作的な懸念といった課題を抱えている。したがって、企業は長期的な成長戦略とのバランスを踏まえた慎重な判断が求められる。
■資金流出による成長投資の機会損失
自社株買いには、多額の資金が必要だ。しかし、その資金は本来、研究開発や新規事業、設備投資、人材育成などに充てられるお金でもある。短期的に株価を押し上げる効果はあるものの、長期的な成長の芽を摘んでしまうリスクがあることも理解しておきたい。場合によっては「株主還元を優先しすぎて未来への投資を怠っている」と批判されることもあるだろう。
■株価操作的な側面への懸念
自社株買いは需給関係を通じて株価を押し上げる効果があるため、経営陣が「株価を一時的に高く見せるために利用しているのではないか」と疑われることがある。特に業績が伸び悩んでいる企業が自社株買いを繰り返すと、実態以上に株価を維持しているように見えてしまい、投資家からの信頼を損ないかねない。
■効果が一時的にとどまる可能性
自社株買いによってEPS(1株当たり利益)やROE(自己資本利益率)は改善するが、それは「分母を減らす」ことで得られる効果にすぎない。根本的な収益力の改善が伴わなければ、株価上昇は一時的であり、持続的な企業価値向上にはつながらないことは覚えておきたい。
※情報は万全を期していますが、正確性を保証するものではありません。
文/編集部