
「全方位可動ヒンジ」が上下左右にしなやかに可動し、外部からの衝撃を逃がす「JINS 360°(ジンズ サンロクマル)」。“壊れにくさ”と“使いやすさ”を備えた革新的なメガネは発売直後から大きな注目を集め、全事業計画比120%を超える大ヒットとなっている。
今回は、株式会社ジンズのデザイナー北垣内康文さん、MD内海允斗さん、PR本田絢乃さんにに、開発の背景や苦労した点、今後の展望についてお話を伺った。
*本稿はVoicyで配信中の音声コンテンツ「DIMEヒット商品総研」から一部の内容を要約、抜粋したものです。全内容はVoicyから聴くことができます。
「壊れにくさ」の原点は“使いやすさ”にあった
JINS 360°の開発背景について、内海さんと北垣内さんは次のように話す。
「開発の出発点は、身体に不自由のある方でも片手で簡単に眼鏡を着け外しできるよう、柔軟で使いやすい設計を目指したことでした。一方で、商品の特徴である『耐久性』に改めて目を向けたとき、多くの方が抱える『眼鏡を壊してしまう』という悩みにも応えられる可能性が見えてきたんです。そこで、当初の『着け外しのしやすさ』から『壊れにくさ』へ価値を再構築し、企画をスタートさせました」(内海さん)
「自分の体験も開発のきっかけになっています。枕元に置いた眼鏡がいつの間にか足元に落ちていて、朝、何も見えない状態で踏んでしまうことがあって。私のような人でも、いつもきれいな状態を維持できる眼鏡があったらいいなと考えました」(北垣内さん)
「日本全国500を超える店舗を通じて、お客さまの声を直接商品企画に反映できるのが強み」と内海さんは話す。
「当商品の開発にあたって市場調査を行ったところ、メガネを使用している90%以上の方が『眼鏡の破損』に関する悩みを抱えていることがわかりました。ほとんどの方が、過去に何らかの理由で眼鏡を壊してしまった経験がある。そう考えると、『壊れにくさ』は、ほぼすべてのメガネユーザーの悩みに寄り添える価値だと確信したんです」(内海さん)
JINS 360°は、薄型非球面レンズ代込みで税込1万2,900円。「スクエア型」「ウェリントン型(2種)」「ボストン型」のベーシックな4型を揃え、“誰でも手に取りやすいメガネ”を叶えている。
「男性からは顔の輪郭をシャープに見せる『スクエア型』が人気で、女性からはやさしい印象の『ボストン型』、中でも茶系統のカラーが人気です。似合う、似合わないと皆さん気にされますが、個人的には自分の好きな色や形を楽しんでもらえたらと思っています」(内海さん)。
そもそも「壊れない」の定義ってなに? 前代未聞のメガネ開発
“壊れにくさ”を形にする道のりは、決して平坦ではなかった。
「メガネ業界には“壊れない”ことの基準が明確に存在していなかったため、まずは『壊れにくさとは何か』を定義するところから始めました。日常生活で、メガネが壊れるシーンを洗い出し、どんな力が加わるのか数値化していったんです。メガネが壊れやすい状況を想定して、設計を詰めていきました」(北垣内さん)
※1 : 円柱形の意匠において(意匠登録済)※2 : 可動域の広い丁番ですが回転運動や強い力、衝撃が加わると破損する恐れがあります。すべての衝撃に対して、無破損を保証するものではありません
約150kgの耐荷重試験をクリアし、発売に至るまでには約3年の歳月を費やした。
「技術的なハードルが想像以上に高かったです。試作品を作っては強度試験で壊れ、また作り直しては壊れる。トライ&エラーを何度も繰り返しました。発売の目標時期は決まっていたので、常に締め切りを意識した緊張感がありましたね」(北垣内さん)
「多くのメガネは一度壊れてしまうと修理が難しく、買い替えるしかありません。本商品は、丁番に不具合が生じたりパーツが外れたりした場合でも、交換や修理が可能な構造になっています。ただ壊れにくいだけでなく、『長く使える』ことに注力して設計しました」(北垣内さん)
快適に使ってもらえるよう、細かなこだわりも詰め込んだと続ける。
「鼻パッドのサイズが交換できる仕様になっています。ベーシックなMサイズに加えて、あまり鼻筋が通っていない方に向けたLサイズもご用意しました。店頭でご試着いただき、フィットしないと感じたらスタッフにご相談ください。鼻パッドのサイズ調整はJINS 360°から始めた取り組みですが、今後は他のフレームにも展開したいと考えています」(北垣内さん)
ターゲットを絞らない戦略、絞ったPR。バランスの妙
JINS 360°では、あえて年齢や性別といった属性でのターゲティングはしていないという。
「“壊れにくさ”は、特定の人だけでなく、誰もが日常的に感じるニーズだと考えたんです。“人”ではなく“状況”を軸にペルソナを描くことで、よりリアルに使われるシーンを想定しながら企画を進めました」(本田さん)
一方、PRではターゲットを絞り、大きな施策を2つ実施した。
「保育士さんにJINS 360°を現場で使っていただき、実際の声をオウンドメディアで発信する施策を行いました。印象的だったのは、メガネが壊れる不安よりも『破損によって子どもを傷つけてしまう不安』が軽減されたという声です。また、子どもからの頭突きでメガネが顔に食い込み痛みを感じていた方も、JINS 360°では、可動する鼻パッドや衝撃を逃してくれるヒンジの構造のおかげで負担が和らいだとおっしゃっていました」(本田さん)
さらに、インフルエンサーの起用も注目を集めるきっかけになった。
「子育て層から絶大な支持を得るインフルエンサー『木下ゆーきさん』を起用し、タイアップ投稿を行いました。商品の機能性を伝えるだけでなく、木下さんの視点で『子育てあるある』という共感を呼ぶ切り口でご紹介いただいたところ、約400件ものコメントが殺到したんです。投稿をきっかけに来店されるお客さまもいらっしゃり、狙ったターゲット層に商品の価値を届けられたと感じています」(本田さん)
「広告映像では“JINS史上最も壊れにくい”というメッセージのもと、150kgのプレス機で荷重をかけても破損しない様子を視覚的に訴求しました。一方、店頭ではお客さま自身がプレス機を操作し、丈夫さを体験できる場を提供しました。また、動画広告のナレーションに声優の速水奨さんを起用したところ、SNS上で『声が素敵』と話題になったんです。速水さんご本人がSNSで触れてくださったことで話題は一気に広がり、大きな注目を集める結果となりました」(本田さん)
ヒットの秘訣は「潜在ニーズの言語化」。JINSが見据える今後の展望
JINSはこれまでも多くのヒット商品を生み出している。根底にあるのは顧客の困りごとを解決する姿勢。内海さんは「お客さまの具体的な利用シーンを想像し、価値を自分ごと化していただくことがヒットの秘訣」と話す。
「たとえば、私たちが展開する『JINS HOME』は、“家でリラックスするためのメガネ”というコンセプトを打ち出しました。それまで多くの方が『昔買った古いメガネ』で済ませていた“家メガネ”に光を当て、オンとオフを切り替える新しい価値を提案したんです。お客さま自身も気づいていなかった潜在的なニーズを掘り起こし、言葉にしていく。その視点が、ヒットに繋がったのではないでしょうか」(内海さん)
JINS 360°の“壊れにくさ”を支える独自機構は、メガネだけにとどまらず、さまざまな分野で活かされ始めている。
「今年で5年目となるSnow Peakさんとのコラボでは、『JINS 360°』の機構を取り入れたサングラスを発売しました。キャンプなどタフな環境で使うアウトドアギアと、JINS 360°の特性は相性が良いんですよね」(北垣内さん)
「より多くの方にJINS 360°の価値を届けられるよう、シリーズとして育てていきたい」と、今後の展望についても語ってくれた。
「現在は4型に絞っていますが、サイズが合わないお客さまもいらっしゃいます。今回の反響で、子育て世代の声からお子さま向けモデルの可能性も見えてきました。加えて、ヒンジの耐久性をさらに高めるなど、品質向上のための技術的アップデートにも取り組んでいきたいです」(北垣内さん)
文・撮影/久我裕紀 構成/DIME編集部