
多くの企業がSNSマーケティングに苦戦する中、芸能事務所のノウハウを武器に企業や自治体のSNS運用を成功に導いている会社がある。ホリプロデジタルエンターテインメントは、タレントのSNS運用で培った手法を活用し、コンサルティングを行う富士急ハイランドのTikTok再生数を500倍に伸ばし、葛飾区のTikTok動画では240万回再生を達成するなど、圧倒的な成果を上げている。その成功の秘訣について、執行役員兼マーケティング事業部部長の久保山裕さんと、同事業部クリエイティブ室の小島歩友さんに聞いた。
タレントのSNS運用で培ったノウハウを企業へ
ホリプログループは芸能事務所として65年の長い歴史を持つが、デジタル領域の新たな挑戦として、2018年にホリプロデジタルエンターテインメントを設立した。同社はSNSを軸に、タレント事業、マーケティング事業、eスポーツ事業、自治体・行政支援事業の4つを展開している。
中でも注目すべきは、タレントのSNS運用で培ったノウハウを企業に提供するSNSマーケティング支援だ。このビジネスが生まれた背景について、執行役員の久保山さんはこう語る。
「タレントキャスティングの商談で、企業の方から『タレントさんのSNSは伸びていてうらやましい。うちは全然伸びないんです』という相談をよく受けました。私たちはタレントのSNSアカウントで様々な検証を重ね、伸ばし方のノウハウを蓄積していたので、それを企業向けに展開し始めたのがきっかけです」
現在、クリエイティブ室の小島さんが担当しているアクセサリーメーカーのSNS運用が、同社の最初の案件だった。その後、支援領域は急速に拡大し、現在ではCM制作や広告配信、LP制作、LINE公式アカウントの構築まで幅広く対応している。驚くべきは、これだけの業務をマーケティング事業部7名で運営していることである。
クリエイティブ室がコンテンツの企画・制作を担当し、ソリューション室がクライアント対応と戦略立案を行う。一般的に同様の支援を行う場合、少なくとも20~30人規模になることを考えれば、異例の少数精鋭体制と言える。
240万回再生!葛飾区のたわし動画が自治体日本一に
同社の実力を証明したのが、葛飾区のTikTok運用だ。「TikTok Awards Japan」2024「Public Sector of the Year」の最優秀賞を受賞し、自治体・行政の中で日本一となった。
話題となったのは「たわしの作り方」の動画である。葛飾区の伝統工芸品をどのようにPRするか、制作にあたり、企業企画や撮影現場で様々な工夫を重ねた。
「棕櫚(しゅろ)たわしは葛飾区の伝統工芸品です。皆さん小学校で使った記憶はあっても、どうやって作られているかはあまり知らないですよね。そこで製作工程を紹介しました。ただ、それだけではエンタメ性に欠けるので、企画をブラッシュアップする中で人気コンテンツの「ASMR」と組み合わせることにしたんです」
この動画、実は撮影現場でも工夫が加えられていた。動画の冒頭、職人さんが画面に向かってたわしを投げる印象的なシーンがあるのだが、実は企画段階では構想にないシーンだったという。「当日撮影をさせていただく中で『完成したたわしをカゴに投げ入れるシーンがかっこいいな』と気づきました。そこで急遽カゴの中にスマホを入れて、投げてもらうシーンを撮り、動画の冒頭に使用したんです。結果的にインパクトのある画で視聴者を引き付けて、非常に高い視聴維持率を記録することができましたし、240万回以上の再生数につながりました」(久保山さん)
最優秀賞を受賞したTikTok Awards Japanの審査では「動画のクオリティが高い」「冒頭のたわしを投げ入れるシーンが決め手でした」など賞賛の言葉が相次いだという。同社の高い企画力や現場の対応力があったからこその成果といえる。
「たわし作りの心地いい音に焦点を当ててTikTokに投稿したところ、240万回以上再生されました。TikTok Awards Japanの審査でも「動画のクオリティが高い」と評価され、最優秀賞受賞につながりました」(久保山さん)
動画の反響や最優秀賞の効果は絶大だった。地元メディアの葛飾経済新聞やテレビなど、様々な媒体から取材が殺到し、たわし業者への問い合わせも増加。区民からも「TikTokの動画を見たよ」という反響が寄せられた。
久保山さんは前職の広告代理店での経験を踏まえてこう分析する。
「広告は基本的に、投資した金額に応じた露出量しか得られません。1000万円かければ1000万円分の広告枠が買える。でもSNSは違います。良質なコンテンツは自然に拡散され、投資額以上の成果を生み出すんです。今回のたわし動画も制作費は10~20万円程度でしたが、動画の完全視聴率が非常に高く、前述の通りメディア掲載を多数獲得。加えて最優秀賞をした事でさらに加速し、あくまで私の肌感にはなりますが、テレビ広告3~4億円程度の効果が出ているのではないかと思います。」
制作の極意!富士急ハイランドのTikTok支援で500倍の事例
民間企業での成功事例として、富士急ハイランドの動画制作がある。企業のSNSとしては立派な数字ではあるが、現地スタッフが制作した動画は1.2万回再生だったところ、同社が同アトラクションで新たに制作したものは616万回再生を記録。実に500倍もの差が生まれた。
(1)現地スタッフが制作した動画
(2)ホリプロデジタルが制作した動画
この圧倒的な差を生み出した秘訣を、久保山さんが明かす。
「視聴者を飽きさせないために、2~3秒ごとにカットを変えています。アトラクションの外観だけでなく、乗っている人の主観映像も入れる。どうしても定点撮影になる場合は、テロップで動きを出します。時には冒頭をあえて長くして視聴者を引き付けることもありますが、基本的にテンポよくカットを切り替えることが重要です」
YouTubeとTikTokでは求められる編集が異なるという。「YouTubeは定点撮影中心で、カット数も少なめで済みますが、ショート動画がメインのTikTokは編集作業が格段に複雑になります」と久保山さんは違いを説明する。
富士急グループについては、SNS運用のインハウス化を目指した支援を行っている。富士急ハイランドやPICA、岳南電車など、グループ全体で様々な事業を展開しており、毎月異なる事業に向けてサポートを実施。TikTokにあまり馴染みのない社員もいたため、まずは基礎の運用スキルからできるだけ分かりやすいレクチャーを心がけたという。
芸能事務所だからこその2つの強み
なぜ芸能事務所からスタートした会社がSNSマーケティングで成功できるのか。同社には明確な強みが2つある。
第一に、撮影における圧倒的な現場力だ。小島さんは現場での経験をこう語る。
「例えば、俳優の方など、SNSでの動画撮影に不慣れな方には、細かく撮影指示を出し、参加のハードルを少しでも下げるよう心がけました。
一方で、芸人の方は“間”や“流れ”の中で持ち味を発揮する方が多いため、細かい指示は控えます。大まかな方向性だけを共有し、あとは自由にアドリブや笑いを織り交ぜてもらうことで、面白さを自然に引き出します。
タレントごとの特性に合わせた柔軟なアプローチで、楽しく自然体で取り組める環境を整えること、これが撮影における大切なポイントです」
タレントの特性を熟知した上での演出は、芸能事務所の機能を持つ同社ならではの強みといえる。
第二に、タレントのSNSを実際に運用してきた実績があること。「他社は広告主のアカウントを中心に支援することも多いですが、私たちは実際にタレントのSNSも成長させています。実体験に基づく生きたノウハウがあるのが強みです」と久保山さんは強調する。
加えて、芸能事務所としてのリスクマネジメント経験も強みだ。「SNS運用では炎上リスクは避けられません。企業や自治体のアカウントが炎上して閉鎖に追い込まれることもあります。でも私たちは日頃からタレントの活動においてリスクマネジメントを徹底しています。そのため、危機管理能力には自信があります」(久保山さん)