
腕時計の一大ブランドとして広く親しまれている「G-SHOCK」。新モデルとして、「GA-V01」が4月(中国での先行販売は2月)、「MTG-B4000」が6月に発売されている。
「GA-V01」は、これまでのG-SHOCKシリーズとは一味違うデザインコンセプトを搭載した、奇抜ともいえる製品。MTG-B4000は、AIによるシミュレーションを重ねて開発された、革新的な製品となる。
GA-V01のデザインを担当した濱上朋宙氏、MTG-B4000の商品企画担当である泉潤一氏それぞれにインタビューを行わせていただいたので、本記事では、開発コンセプトや製品に込めた思いについて紹介していく。
G-SHOCK「GA-V01」が目指す「新しい発想」と幅広いターゲット層
GA-V01は、比較的手頃な価格帯に位置づけられながらも、単なるアップデートに留まらない、意欲的なコンセプトを掲げて開発されている。その最大の目的は、G-SHOCKの既存ファンに加え、若年層などこれまでG-SHOCKに馴染みがなかった層にも興味を持ってもらい、「つけてみたい」と思わせるような商品を開発することだという。
■40年以上の歴史を持つG-SHOCKのDNAを受け継ぐデザイン
ほかに類を見ない、独創的なデザインをG-SHOCKに落とし込んだGA-V01。まずは、印象的なデザインに至るまでのストーリーを尋ねた。
「G-SHOCKというブランドには、40年以上の歴史があります。ブランドは幅広いものになっていて、1万円台のモデルから、100万円に近いモデル、限定モデルなどもあります。
このモデルは、比較的手に取りやすい価格帯になっています。この価格帯は、定期的にアップデートしながら、ラインアップしていますが、今までのG-SHOCKファンの皆さまに加えて、G-SHOCKをあまりご存知でない方々にも、興味を持ってもらえるような商品を開発したいという思いからスタートしています。
そのため、ターゲットユーザーは非常に幅広くなっています。G-SHOCKに詳しい方だと、『こういうデザイン』というイメージがあると思いますが、そこに捉われない、新しい発想はできないかという切り口で、商品デザインを進めていきました。
G-SHOCKブランドとして守らなければならないストーリーや品質がある。プラスして、既存のG-SHOCKとは明らかに違う何かを探すのが、非常に苦労しました。その中で、初代G-SHOCKを開発した伊部菊雄氏は、耐久性の実験で時計をソフトボール大のゴムのようなものに包み、衝撃を与える実験を行っていました。
その発想に着目し『G-SHOCKオリジナルの試作機が、そのまま時計になった形状は、どのようなものか』という発想に行きつき、球体っぽいデザインのまま、耐衝撃を表現できないかというデザインコンセプトに辿り着きました。」
世に出た製品を見てもわかるように、GA-V01には、一見「本当にG-SHOCKなの?」と興味をそそられるデザインが採用されている。実際、デザイン段階では「これで大丈夫か」「本当に売れるのか」と、懐疑的な意見が大半だったようで、濱上氏も「大変でした」と声を漏らしていた。
ただ、新しいものが生まれる商品会議は、大抵、懐疑的な意見が出るという。一方で、驚くような発想がある時の方が、魅力的な商品になりやすいという経験則もあり、企画を進めていくうちに、「これくらいやらないと足りない」と、徐々にチームが一丸になっていったという。
ちなみに、GA-V01には、1つの腕時計としては珍しく、プロモーションキャラクターも用意されており、コンセプトムービーが公式YouTubeチャンネルで公開されている。異例の策をとったプロモーションの狙いについて、濱上氏は次のように話した。
「腕時計は、だんだん必需品ではなくなっているという背景があると思います。スマホやPCがある中で、時間を見るだけのプロダクトではなく、それ以上に身につけたくなる価値、ブランドに対する愛着を感じていただいて、その上でG-SHOCKを着けたいと思い立っていただけるように、トータルのコミュニケーションを意識していたら、キャラクターに行きつきました。」
■内部構成にも革新的な構造を採用
デザインに目を引かれがちなGA-V01だが、内部にも革新的な構造が採用されている。中でも濱上氏の一押しポイントが、針をシャフトに固定せず、磁石の力で取り付ける、「マグネティックホールディング構造」というものだ。
「マグネットを使った針は、G-SHOCKシリーズとして初めて採用されています。G-SHOCKは、衝撃に耐えるため、大きい針を採用しにくかった。針の長さ、太さに限界がある中で、大きな針、ユニークな針を付けられるようにしていきたいというのは、このモデルだけでなく、G-SHOCKの起草研究で、常々エンジニアが考えている。
GA-V01のデザイン開発よりも前から、マグネットを使った針は研究されています。GA-V01のタイミングで、なんとか搭載できそうだということで、今回採用されています。」
つまり、GA-V01のためだけでなく、G-SHOCK全体のデザインに幅を持たせるための機構が、今回採用されたという形になる。そのため、マグネティックホールディング構造は、今後発売される、新しいG-SHOCKにおいても、採用されていく可能性がある。
ほかにも、GA-V01のポイントとしては、約10年間の電池寿命が上げられる。これは省電力のモジュールを採用し、なるべく長く駆動するように、工夫された内部構造になっているため。また、時計のサイズをキープしながら、できるだけ寿命の長い電池を採用しているとのこと。スマートウォッチのように、毎日、毎週のように充電が必要になるデバイスと比べ、スタンドアローンで駆動する腕時計のメリットと言える。
■中国市場も視野に入れた大型の文字盤
実物を見ると、GA-V01は、腕時計としてはかなり大きな文字盤が採用されていることがわかる。これには、中国といった日本以外の国での影響も考えられているとのこと。実際、製品は中国で先行販売されたのち、日本を含めたグローバルで発売されている。
「GA-V01を開発するにあたり、日本だけでなく、グローバルで若い人たちの趣向を調査しましたが、特に若い世代は、腕時計をわざわざ着けない。時計をつけるという行為には、ブランドが好きだったり、個性を表現するようなフックがないと、愛着を持ってもらえないと考えました。
せっかく時計を着けるなら、SNSに写真をアップする際にわかるくらい大きい方がいいのではないか、今の時代に合っているのではないかと考えました。カシオは、もともと薄型、小型の設計が得意で、ほかにたくさんのラインアップがあります。
GA-V01の存在意義、役割として、自分の個性やアイデンティティを、ファッションで表現してくれるような方達に気に入ってもらえるのではないかというサイズ感になるように、チャレンジしました。大きくて買えないという人が一定数いることは想定していますが、このサイズがいいという人もいるのではないかと考え、G-SHOCKの中でも大ぶりになっています。」
濱上氏は、G-SHOCKブランドの進化の過程としては、ないものを作ってきたことが礎にあるという。今後も、ファンの方達の予想を超えるような、新しいものに挑戦していきたいし、それによって、今回のように、新規のお客様に選んでもらう循環が生んでいきたいと語った。
AIと共創して生まれた革新的デザインを持つ「MTG-B4000」
インタビューさせていただいたもう1つの製品が、MTG-B4000。「メタルツイステッドG-SHOCK」の頭文字から、MTGシリーズとされる本シリーズは、プロダクトアウトに近いシリーズとして、革新的な製品をラインアップする。
こちらは、商品企画を担当する泉潤一氏にお話を伺えたので、製品コンセプトや、AIを使った製品開発の工程について尋ねた。
■「トリプルGレジスト」を考慮しビスを減らしたMTG-B4000
まずは、MTG-B4000の開発背景について伺った。
「MTG-B4000の開発背景には、樹脂とメタルを融合させた新構造を使いながら、着けやすさを両立するという目的がありました。MTGシリーズは、バルキーというか、重厚感のあるスタイルが多いので、開発チームとしてもウィークポイントと感じており、改善を強く意識しています。
商品として特徴的なのは、サイドから見える黒いパーツに、カーボン素材を採用している点です。フレームが独特な形状になっていて、上下左右から衝撃を受けた際に、弓のようにしなることで、衝撃を吸収するようになっています。
従来の製品は、フレームをビス(ネジ)で止めることが多いのですが、独特な構造を知恵の輪のように組み合わせることで、ビスを極力使わない構造にこだわっています。ビスは、振動によって緩んでいくことがあるため、耐久性を高めるための配慮になっています。」
実際、完成品を正面から見ると、ぱっと見ではビスが見えないほど、パーツが削減されており、代わりにカーボンフレームがメタルボディに複雑に絡み合っているような印象を受ける。
また、ゴツゴツとしたデザインではあるものの、文字盤は極端に大きいわけではなく、いい意味で、必要以上に存在感を出さない。ソフトウレタンが採用されたバンドも、手首にしっかりと馴染む。
■AIはデザイナーとの「壁打ち」に活用
MTG-B4000の大きな特徴が、開発段階でAIを活用している点だ。AIを組み込んだ開発工程については、以下のようにご解説いただいた。
「どういうモデル、どういう構造にするかという初期案は、ラフスケッチのような形で、デザイナーが作成します。この初期案をもとに、AIを使って、荷重シミュレーションを行なっていき、構造上のアドバイスをもらって、改良していきます。」
AIと言われてイメージする、何かを想像、生成する作業というよりは、人間が行うと時間がかかるシミュレーションを任せ、改良点をどんどん出していく、「壁打ち」のような作業を行うという。今回使用したAIには、G-SHOCKシリーズがこれまで蓄積してきた設計、分析、耐衝撃のデータや、使用する素材の情報がインプットされているため、これらをもとに計算を肩代わりしてくれるというわけだ。
AIとの壁打ち作業が終わった後は、これまでのG-SHOCKシリーズの開発フローに戻り、設計者が物理的な試験を行い、量産フェーズに入っていくという。AIを初期プロセスに組み込んだのが、今回の新しい取り組みとなる。
AIを組み込んだ設計について、泉氏は「早い段階で、いろいろな構造、デザイン案をお試しできるのがメリットです。いろんなパターンを練ることで、デザイナーのイメージリソースをわかせることができます。」と話している。
一方で、AIはG-SHOCKシリーズのデザインマナーを持ち合わせておらず、あくまで耐荷重の観点から提案をするため、デザインをそのまま任せるというよりは、デザイナーの感性と、AIの情報をすり合わせるように活用したとのことだ。
今後のAI活用について、すべての製品でAIを使うかどうかについては「何も決まっていない」という。今回のモデルのように、新しいものづくり、革新的な造形を追求するといった目的がある場合に、AIを導入するかどうかの判断が行われる。デザイナーのアイデア出しや、初期段階でのシミュレーションに活用される可能性もあるとのことだ。
■革新性と伝統の両立
革新的な造形を目指したMTG-B4000だが、40年以上の歴史があるG-SHOCKには、従来製品の愛好家、コレクターが多数いる。新しいものづくりと、G-SHOCKシリーズの伝統を好むユーザーを大切にするという思想は、相反するようにも見えるが、共通する理念があるようだ。
「G-SHOCKは年間、平均100以上の商品を出し続けています。ファンの方が好むテイストの商品作りという観点を持ちながらも、なぜG-SHOCKを愛し続けてもらっているかが大切だと思います。
40年以上、挑戦をし続けるものづくりが、コアにあるはず。時計ブランドとして、G-SHOCKは、ただの新カラーなどではなく、新型と呼ばれる製品を最も出しているブランドだと思います。
これを続けているのは、次のG-SHOCKとしての可能性、展開性を探しながらものづくりをしているから。造形や素材の開発、プロセスにAIを入れるといった形で、いろいろなチャレンジを続けており、ファンの方々には、こういう姿勢を気に入ってもらえているのではと思います。ラインアップも豊富に揃えているので、要望に応えらえるのも大きいですね。
こういう大きい思想があるから、G-SHOCKは長く、多くの人に愛されているのだと考えています。」
泉氏自身も、物心をついた頃からG-SHOCKが好きで、生活の一部にあり続けたという。ブランドが好きという前提があり、「今の仕事はとても楽しい。究極の仕事を手に入れた」と話していた。
今回のモデルに関しても、構成、面の作り、素材の入り混じり方がG-SHOCKシリーズとしては独特な仕上がりになっており、泉氏は、「眺めながらお酒を飲んでいられる」と話すほど、製品愛に溢れている。
革新的なデザインを突き詰めるという姿勢は非常に前向きで、今後の展望について尋ねると、「今までに見たことがない、過去のモデルを超えることが、ファンの方々から出されている宿題だと思っています。3年後、5年後に発売されるモデルを検討している中で、今発売されているモデルは、もう過去のものになってしまうので、これをベンチマークして、どう超えるか、どう進化するのかを考えている。」とのこと。
多くの愛好家がいるG-SHOCKでは、愛されてきた歴史と受け継がれた伝統を守りながら、それをさらに面白いものに昇華していくチャレンジが続けられている。革新性と伝統的なデザインを両立するために、濱上氏、泉氏のような、ブランド愛を強く持つ担当者がいることが、ブランドとしての強い価値なのかもしれない。
取材・文/佐藤文彦